ソマリアのテロ組織であるアルシャバブによる攻撃が頻発しているケニア北東部でうれしい出来事があった。今月(2015年12月)にアルシャバブがバスを攻撃したが、イスラム教徒の乗客がキリスト教徒の乗客と引き離されないよう抵抗したのだ。
アルシャバブは通常、イスラム教徒とキリスト教徒を分離し、異教徒である後者を殺害する。彼らはコーランの一節を唱えさせて、両教徒を区別・隔離する。今年4月に発生し、150人近くの学生などが犠牲となったガリッサ大学への襲撃でも同じことが行われた。
こうした企てに対し、襲われたバスのイスラム教徒乗客は果敢にも「自分達も殺すか、全員を見逃すか?」とテロリストに言ったそうである。ただ、残念ながら2人が犠牲となってしまった。しかし、もしイスラム教徒の乗客が勇気を振り絞ってキリスト教徒の乗客との連帯を表明しなければ、犠牲者はさらに多かったであろう。
ケニアに対するテロの危険性は相変わらずである。筆者が日常的に利用しているショッピングセンターもテロの標的の一つであると言われている。そして、他国と同様、「ホームグロウンテロリスト(自国内でテロを起こす者)」やその予備軍が多くいる。
アルシャバブによる犯行といえ、必ずしもソマリア人によるものと限らず、ケニア人が実行した事件も多い。ガリッサ大学襲撃犯の1人がケニア最高学府と言われるナイロビ大学卒業生だったことに表れているように、従来もたれていたテロリストは貧困に苦しみ、教育に恵まれなかった者であるとの常識が覆されている。
ホームグロウンテロを根絶するには若者の社会に対する不満を解消していかねばならない。しかし、これを行うための壁は厚い。ケニアでも貧富の格差が大きく、政府は汚職にまみれており、警察も同様の状況にある半面、疑わしい若者を容易に拘束し、殺している。
ケニアでは拘束できない容疑者は殺しても構わないとの”Zero Tolerance(忍耐なし)”という方針を取っており、市民が警察によって銃殺される比率は犯罪によってそうされることの5倍であると言われている。こうした政府・警察の状況・対応が若者の不信・不満を増幅させ、警察がさらに対応困難となって若者を傷つけるという悪循環が生じている。先進国における移民青年に対する扱いも似たようなものだろう。
他方、テロ組織として興隆したイスラム国(IS)はロシア航空機爆破・パリでの大規模テロを受けた欧米を中心とした有志連合とロシアの空爆、イラク軍の進撃によって弱体化しているが、世界中の多くの若者にとっての魅力は衰えたのだろうか。
アルシャバブ内ではISに忠誠を誓う者達の分派の動きが出ており、中堅以上の者は従来通り、アルカイダの傘下に留まることを望んでいる半面、若者の多くはISに惹かれているという見方もある。そして、ISが窮地に追い詰められている現状で、こうした若者によるホームグロウンテロの危険性が高まっているとの指摘も存在する。
日本のメディアは9月にISの機関誌「ダービック」11号で日本の外交使節も標的として挙げられたと報道したが、すでに2月に発行した7号の前書きで2ページにわたって殺害される前の後藤健二さんと湯川遥菜さんの写真を掲載して、日本を名指しして警告している。日本でホームグロウンテロが起こる可能性は著しく低いであろうが、それがまったくないとは言い切れない。
非常に凡庸な結論で迂遠な手段であるが、テロの根を摘み取るには一人でも多くの人々が社会の格差・偏見・不公正に対する認識を高め、連帯し、これらを正すよう訴えかけていくことが重要だ。バスが襲われたときにイスラム教徒乗客がキリスト教徒乗客に対して示した勇気ある連帯にあらためて敬意を表したい。そして、ケニアにも人々がすぐに立ち上がって意思表示する動きがしばしば見られる。日本にも草の根レベルで地道に努力されている人々が多くいるし、さまざまな連帯が以前に増して活発になっている。このような尽力があたかも地中の根のようにさらに強く太く広がっていかないと、社会(土)を崩そうとする隙間がいくつもじわじわと増え、大きくなっていく。
襲われた乗客「自分たちも殺すか、全員見逃すか」と迫る |
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【ナイロビから見えるもの】イスラム教徒がキリスト教徒に連帯
公開日:
(ワールド)
ケニアを訪問したオバマ大統領=Reuters
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中嶋 秀昭(国際NGO職員)
1970年兵庫県生まれ。日経新聞記者を経て、国際NGO職員として紛争後国・地域を含むアジア・アフリカの10ヶ国以上にて保健・平和構築分野等の支援に従事。現在はバングラデシュでのロヒンギャ難民支援に携わっている
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