ゲオルギー・クナッゼ元ロシア外務次官が『ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』に、プーチン政権を批判する文章を寄せた。ロシア外務省を批判し、またプーチン大統領の名前こそ出さないものの、同大統領を厳しく批判した。良識ある知識人、そして公僕の気概を、覚悟をもって示したということだろう。
クナッゼは、研究者、ロシアの元外交官。東京のソ連大使館勤務経験もある知日派。エリツィン大統領時代の1991年3月(ソ連邦解体の前から)から1993年12月までロシア外務次官を務め、北方領土問題の解決にも努めた。韓国駐在ロシア大使、ロシア人権弁務官事務所副所長を歴任。
クナッゼは74歳。ジョージア人で、現在の居住地は不明。もしロシア国内にいれば、この文章へのロシア当局からの譴責や処罰も排除されない。おそらくそれも覚悟の上なのだろう(最後に、覚悟の表明と受け取られる一文がある)。
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(以下はクナッゼの寄稿文(原文ロシア語)の抄訳である。)
https://novayagazeta.eu/articles/2022/12/30/rekviem-po-diplomatii
ロシア外交への鎮魂曲
▼ ひどいことが始まった
ロシア外交は、ウクライナでの特別な軍事的冒険を認めない国々とのやりきれない罵りに、また巻き込まれたくない国から無関心という“理解”を得るための不毛な試みに成り下がった。
実際、ロシアには外国と話し合うべき他の議題はない。
1939年にヨーロッパの大国が小さな国を攻撃し、その国を解体し奴隷にしようとした。そのために何でもありだった。戦争犯罪、莫大な損失、完全な孤立、世界の他の国々からの前代未聞の軽蔑。これが最初だった。
私のいとこの妻は、いとこの死後、もう長い間キエフに住んでいる。彼女は活発な人間だ。2013年11月以来、彼女はキエフの独立広場に立って、抗議者のために食べ物を用意し、彼らに応急処置を施した。今日、彼女は病気がちな年金生活者だ。
彼女のアパートは、電気節約のために、エレベーターを止めている。彼女は10階から避難シェルターに行こうにも、時間的に間に合わない。彼女はミサイル攻撃が通り過ぎるのを待って、ただ冷たいアパートで座っている。
電気があれば、彼女はインターネット上のニュースをフォローし、時々私に電話をかけてくる。彼女は、ロシアが彼女の国に何をしているのかについて、無味乾燥な口ぶりで話してくれる。それは、中世のあり様に、現代の破壊手段の怪物が掛け合わされた、恐ろしい代物である。
モスクワではまだ停電はないが、殆どのソーシャルネットへのアクセスがブロックされており、テレビは終わりの無い憎悪のトークショー、ばかげた番組を放送している。
テレビでは、シャンパン・グラスを手にしたロシアの大統領のような男が発言している。彼は自分の国がウクライナの市民インフラを故意に破壊し、飢えと寒さで人々を飢えさせていることを認めている。
「私たちはこれをやっている」と男は嫌悪感を催させる笑みを浮かべて言う。「しかし、誰が最初にそれを始めたのか?」それを始めたのは貴方、「大統領」様だ。そしてそれをもう長い間している。それが貴方の対外政策なのだ。
▼「大統領に、彼が間違っていると伝えてくれないか?」
ロシアが今日行っている対外政策は異常だ。それを始め執行している者は、運がよければ彼らのポストから退くだけで済むが、場合により彼らの国家の崩壊を導き、国民を道徳的に苦しませることになる。
(2001年以来の米露関係を振り返った後、)2007年2月のミュンヘン安全保障会議でのロシア大統領の露骨なデマゴーグとしての演説は、ロシアが米国との対立に戻ったことを示した。
ロシアの専門家、西洋文化を知っていて愛し、西側で働いたことのある高学歴の人々は、ここ数年何をしてきたのか? 彼らはロシア大統領と彼の側近に、対立の無益さと有害さを説明したのか? 全然しなかったのだ! ロシアの対外政策は否定的なものだった。
ロシアによるウクライナ攻撃の前夜のロシア安全保障会議の模様を伝えたテレビ中継を今でも思い出す。最高指導者からの質問に対して「正しい」答えを推測しようとする高官達は、小学生のように言葉につまずき、混乱していた。そして最高指導者は勝ち誇ったように、彼特有の笑顔で輝いていた。すべての決定が迅速に下された。
▼プロフェッショナリズムとの別れ
ウクライナでのロシアの「特別な」軍事的冒険に対するほぼ満場一致の国際的な非難に対し、ロシアの外交官は何をすべきか? 状況は絶望的だ。
私はそのような状況を体験したことがある。1983年9月1日にオホーツク海上空でソ連の迎撃機は大韓航空機007便を撃墜した。その1か月後に私は東京のソ連大使館に赴任した。約1年半の間、東京のソ連大使館と私たち全員を取り巻いていた厳しい敵対的雰囲気をよく覚えている。
ロシア軍による主権国家ウクライナへの侵略をどうやって「正当」化するのか? それとも、事情を知っていながら、領土のかなりの部分を違法に占拠し続けるのか?
ウクライナの民間インフラに対するロシアのミサイルによる絨毯攻撃が「合法的」な戦争の手段であり、他方ロシアの軍事目標に対するウクライナの散発的な報復攻撃が「テロ行為」だと、どうやって説明できるのか?
1994年12月5日のブダペスト覚書(ウクライナに対し、核放棄の代わりに米露英3カ国が安全を保証した)に記された合意の枠組みの中で、かつてウクライナから受け取った核兵器も含め、ロシアが核兵器を使用するかもしれないとの脅迫を、どのように正当化できるのか?
ロシアの外交官はこれらすべてにどう取り組むのか? 彼らは教育もあり、賢明で、すべてをよく理解している。しかし、家族、住宅ローン、高齢の両親、突出したくないという生来の性向など、誰もが夫々の事情を持っている。いつか来るより良い時を期待して沈黙する人もいる。
他方、無節操な出世主義者もいる。マリア・ザハロワ・ロシア外務省報道官は、猛烈に活躍している。彼らにとって、ロシアの現在の恥ずかしい状況が、新しいキャリアの展望を開く。
上級外交官は最も苦労している。彼らが更に上に登るほど、沈黙を保つのは難しい。キャリアのはしごの一番上に到達した人々には戻る方法がない。ロシアの政権が崩壊すれば、ラブロフ外務大臣、ネベンジャ国連大使、リャブコフ外務次官と彼らの同類は職場から追放されるだろう。
運が良ければ、彼らはハーグ(での戦犯裁判)を避けることができる。私は彼らに同情しない。神が彼らの裁判官である。私については、既に自分に判決を下した。
2022年12月30日発表(翻訳:村木洸太郎)
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