ロシアは、核による脅しを外交の主要な手口にしている。ではロシアの核兵器はどれほどのものか。
ロシアの軍事専門家、米国タフツ大学フレッチャー・スクール客員研究員のパベル・ルジンが、『ノーヴァヤ・ガゼータ・ヨーロッパ』のインタビューに答え、戦略核兵器について詳細を説明する。
今回は抄訳の第1回。大陸間弾道ミサイル(ICBM)、特に「サタン」とその改良型「サルマート」について。
聞き手は反プーチンの立場で有名なジャーナリストのユリア・ラティーニナ。
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原文ロシア語
https://novayagazeta.eu/articles/2023/03/23/medvedev-i-satana
(質問)ロシア軍は本当に1500発もの戦略核弾頭を配備しているのか?それとも紙にそう書いてあるだけか?核兵器の耐用年数は何年か?
(訳注:米露間の新START(戦略兵器削減条約)(2010年署名、2011年発効)では、配備できる戦略核弾頭数を米露それぞれ1550発までとした。但し、プーチンは、2023年2月、新STARTの履行停止を表明した。)
(ルジン)ソ連時代の核弾頭は、12〜13年ごとに工場で再組み立てをしないといけなかった。
長期間保存していても弾頭のプルトニウムには何も起きない。それは長寿命であり、半減期は長い。
ブースター、ヒューズ、弾頭を爆発させる電気システムなどの他の部品は、時の経過で劣化する。ソ連時代はそのサイクルは12~13年だった。
(冷戦終結後の)1990年代にロシアの核兵器はそのまま保管されていた。
沢山の核弾頭の保守作業は、6万人を雇用している産軍複合体にとってもそれなりの負担だ。
1991年に最初のSTART(戦略兵器削減条約)が締結されたとき、核弾頭(戦略核弾頭以外のものも含めて)は2万発以上あった。結局、核兵器制限の条約の目的は、単なる善意の表明だけではなかった。多数の核弾頭が、保有者にとっても重荷となったので、条約は必要だった。
(質問)プーチンが言う通りの核弾頭を保有し、かつ正常な状態に維持しているとしよう。その上で、次に運搬手段の三本柱について話したい。最も重要なのは大陸間弾道ミサイル(ICBM)だ。プーチンは、彼が言うほどのICBMを持っているのか?
(訳注:戦略核兵器の三本柱とは、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、潜水艦発射ミサイル(SLBM)、長距離重爆撃機である。新STARTでは、戦略核兵器の運搬手段(以上の三つ)の合計の上限を、配備数で700基機、保有数で800基機(配備済みと未配備の合計)とした。「基」はミサイルの数を、「機」は爆撃機の数を示す。)
(ルジン)米国務省によると、ロシアの運搬手段(以上の三つの合計)数は、配備済みが540基機、保有数(配備済みと未配備の合計)が759基機だ。
配備済みとは、戦闘任務中にあるものだ。
未配備とは、保有しているが、何らかの問題があるため任務に就いていない。たとえば、潜水艦が修理中の場合、潜水艦のミサイルは配備されていないと見なされる。
(質問)未配備ミサイルは、つまり鉄くずということか?
(ルジン)それは言い過ぎだ。
ロシアで配備された戦略核兵器運搬手段の数は以前は約490基機から515~520基機の範囲だった。その数を540基機にするため、ロシアは努力した。
次の要因もある。新しいミサイルが配備されたが、古いミサイルが撤去されなかったので、(配備された)運搬手段の数が増えた。
しかし実際には、この数は必然的に減少する。(訳注:耐用年数を超えるものが退役するため。)
たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM)を見てみよう。
『ミリタリーバランス2023』によると、ロシアには339基のICBMがある。(訳注:『ミリタリーバランス』は、英国の国際戦略研究所(IISS)による世界の軍事情勢に関する年次報告書であり、世界的な権威がある。)
内訳は(古い型のミサイルとして)「トーポリM」60基、「トーポリ」9基、移動型「トーポリM」18基、「ヴォエヴォダ」(別名「サタン」、RS-18とR-36M2)約40基。(以上合計で127基)
つまり、339基のICBMの内の127基は古い型であり、既に耐用年数をはるかに超えている。(訳注:これらの旧式のミサイルは実際には使い物にならないというのが、ルジンの見方である。)
(質問)「サタン」、別名「ヴォエヴォダ」ミサイルについて教えてほしい。新型の「サルマート」は、「サタン」とどう違うのか。なぜ「サタン」は時代遅れなのか? 私の知る限り、これはプーチンが持っている最も強力なロケットではないのか。同じ型が、宇宙ロケットとしても使われている。
(ルジン)「サタン」の民間仕様が宇宙ロケットとして使われている。それが最後に打ち上げられたのは、私が記憶では、2015年だった。
それは200トンもある重いロケットだ。
「サタン」ミサイルには、10発の核弾頭が搭載される。
また、約40もの偽の標的(囮となる「デコイ」)を搭載している。これらは単なる反射器ではなく、レーダーで弾頭として見えるが実際はそうではない鉄の塊だ。
これは、液体燃料ロケットだ。ロケットが発射場に置かれると燃料を注入し、発射場から取り出されると燃料を取り出す。
燃料はミサイル内部で腐食を引き起こし、また一定の寿命があるため、ミサイル内部に入れたままにはできない。
「サタン」の目的は、米国との核の同等性を確保することだ。
10発の核弾頭と40発のデコイを搭載しているため、ミサイル防衛をいくら開発しても、対処するのは無理だ。
ソ連邦崩壊後も、これらのミサイルはソ連時代に製造されたまま存在し続け、新しいミサイルは製造されなかった。
(質問)「サタン」ミサイルは1970年代に配備された。当時ドネプロペトロフスクと呼ばれていたドニプロ市(ウクライナ)のユージュノエ設計局で製造された。そのため今日プーチン大統領は、このユージュノエ設計局にミサイルを提供するような依頼はできない。そのような理解で正しいか。
(ルジン)「サタン」の改造型であるR-36M2が現在配備されているが、これは1970年代後半に開発された。これはソ連軍産複合体が最後に達成したものだった。
「サタン」ミサイルは配備されて35年は経つが、配備当初には耐用年数は15年とされていた。
もちろん、それは延長された。しかし通常は、試射をして延長がなされる。
民生用のロケットは打ち上げられているので、それが正常に機能するのならば、(軍用の)ミサイルの耐用年数も更に1年から3年延長できるだろう。
前回は、2019年まで「サタン」の耐用年数が延長された。
しかし近年、試射はない。
(訳注:「サタン」の最後の試射は2013年で、2027年までに退役するのではないかとの見方あり。)
私の理解では、これらのミサイルは、35年間、定期的な燃料の注入と排出が繰り返されており、部品の老朽化が進んでいる。そのため戦闘任務にあるとリストには記載されているが、実際にはその配備は名目的だと言える。
さらに、ジャイロスコープ、電子機器などにもそれぞれ寿命がある。
客観的には、これらのミサイルはずっと以前にリストから削除されるべきだったが、リストを維持するために削除されていない。
「サルマート」の状況は、次のとおりだ。
(訳注:「サルマート」は、「サタン」を改良したものであり「サタン2」とも呼ばれる。2017年に最初のサイロ射出実験が、2022年に初の飛行実験が行われた。配備は2022年からと言われていたが遅れている模様。)
一方では、クレムリンは本当に「サタン」に代わる新しい液体燃料ミサイルを望んでいた。しかし状況はかんばしくない。
クレムリンは、チェリャビンスク地域のマケエフ国家ロケット・センター(GRC)、クラスノヤルススク機械製造工場(略称「クラスマシュ」)、ペルミのプロトンPM工場の3つの工場をどうしたらよいか分らなかった。
(訳注:3工場ともロシアの軍需産業の拠点であり、所在する3都市はウラル山脈より東、シベリアにある。)
「サルマート」プロジェクトは、現在何も有用な活動をしていないマケエフGRCを生き延びさせるためにのみ存在する。
同様に何も有用な活動をしていないクラスノヤルスク機械製造工場を生き延びさせるためには、潜水艦発射弾道ミサイルを製造している。
今後それらは他の場所で生産されているので、彼らはあまり関係ない。そしてクラスノヤルスク機械製造工場で生産している冷蔵庫「ビリュサ」はロシア国内で人気は無い。
ペルミでも、大規模な工場にミサイル「アンガラ」の生産のための設備がある。
(訳注:「アンガラ」はソ連時代に開発された地対空ミサイル。最大射程は70km以上と言われる。西側はSA-5「ガモン」と呼ぶ。)
工場は巨大だが、何もしていない。それでしばらくの間「サルマート」のために液体エンジンを生産するだろう。
(質問)「サルマート」は「サタン」と同じものか?何か新しいものがあるのか?
(ルジン)ジャイロスコープはおそらく電子化された。電子機器、おそらくそして制御システムはより近代的になった。エンジンもおそらく最適化されただろう。パワーを何とか増強した。
つまり、行なわれたのは最小限の改善だ。
米国もミサイルで同じことをしている。現在使用されている最後の弾道ミサイルは1977年に製造された。彼らは改良しているのであり、「私たちは新しいミサイルを生産した」と言わない。
米国はやっと今になって、新しい弾道ミサイルの開発と生産を始めようとしている。
(質問)「サルマート」の話を要約すると、プーチンはウクライナで生産された「サタン」をリバース・エンジニアリングしようとしたと言えるのか?しかし彼はそれをうまくできなかったということか?
(ルジン)はい、原則としてそういうことだ。
(質問)ロシアには別のICBM「ヤルス」があるのに、なぜ「サルマート」も作るのか?
(ルジン)私は、「サルマート」は、マケエバGRC、クラスノヤルスク機械製造工場、プロトンPM工場の3つの工場の生存のためだけに作られていると思っている。
「サルマート」がなければ、これらの工場は閉鎖することになる。
(続く。次回はICBM「トーポリ」系列ミサイルと、その改良型「ヤルス」について説明する。)
2023年3月24日発表(翻訳:村木洸太郎)
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