ロシアは新型コロナウイルスに対するワクチン開発の先進国だ。ロシア政府は昨年8月、世界に先駆けてワクチン「スプートニクV」*を承認し、その後の開発努力もあって、現在、計4種ものワクチンが接種可能だ。ところが、摂取率は人口の一桁台にとどまる。なぜこんなことになっているのか。ロシアは強権国家と言われるが、それでもこのウイルスには手をこまぬいている。
世界のワクチンの接種状況について統計を取っている「Our World in Data」の14日の発表によると、ロシアで少なくとも1回、ワクチンの接種を受けた人は約1360万人、人口の9.3%だ(タチアナ・ゴリコワ副首相は12日、1400万人超と発表した)。
さすがに日本の3.04%を上まわるのはもちろんだが、ほかのワクチン開発先進国、英国の52.62%、米国の46.04%にはるかに及ばない。
ロシアの世論調査機関、レバダセンターは12日、ワクチン接種への態度についての最新の結果を発表した。スプートニクVの接種を受ける用意があるか、ないかとの質問に対し、その用意がないという人、つまり接種をうけるつもりがないという人が62%、用意があるいう人は26%にとどまった。
なぜロシア人は接種を渋っているのか。米国やフランスなどにも接触を忌避する人が多いが、ロシアでも副作用への懸念が第一の理由のようだ。ロシアの場合、特にスプートニクVが治験不十分のままに承認されたとの情報がロシア国内でも出回り、その影響が大きいとみられている。
レバダセンターは、「性急に承認されたので5年後にどんな副作用がでるかわからない」といった類いの声が多いと指摘する。
英国の権威ある医学専門誌「ザ・ランセット」に今年2月、スプートニクVの第三相の治験の予備結果が発表され、副作用がなく安全で、有効率は91.6%であるとの論文が掲載されたが、それでも不信感は払拭されないようだ。
それにロシア人は伝統的にワクチンに対する不信感が強いとも言われる。
感染がある程度拡大し、既に免疫を獲得した人が増えたので、たいして危機感を持たない人もいるという。
ワクチンが不足しているとか、接種場所の確保が難しいといった物理的な問題は基本的になさそうだ。
モスクワではショッピングモールなどに接種会場が置かれ、予約なしに買物のついでに無料で接種を受けることが可能だ。ただし、地方では予約が必要。
赤の広場に面するショッピングモール「グム」の2階にも接種会場が設けられ、開設直後は行列もできていたが、今は行列はなく、時間帯によっては閑散としているという。
政府はなんとか接種を広げようと苦労している。
ウラジーミル・プーチン大統領は4月21日の年次の議会向け演説で、「接種を受けよう」と繰り返し呼びかけ、うまく行けば今年秋には集団免疫を獲得できると強調した(専門家の見方では無理なようだ)。
今月6日には、オーストリアのウイルス専門家の発言を引用して、ロシアのワクチンは世界に誇る自動小銃「カラシニコフ」のように信頼が置けると訴えた。彼は3月に1回目、4月に2回目の接種を終えている。
ロシア政府は4種類のワクチンを承認している。スプートニクV、エピヴァクコロナEpiVacCorona、コヴィヴァクKoviVak、そして先日承認されたスプートニク・ライトだ。スプートニク・ライトは1回の接種で済むという。
ロシア政府、そしてスプートニクVの開発に資金を提供した政府系ファンド「ロシア直接投資基金(RDIV)」は国内ばかりでなく、海外での普及にも熱心だ。
スプートニクVは生産費が1回分約10㌦と安く、ほぼ室温で保管できるという利点があるとされる。
すでに中央アジア諸国やアルゼンチンなど60カ国以上で承認され、インド、韓国など複数の国に生産拠点を構えている。
今注目されているのは欧州連合(EU)が承認するかどうかだ。ロシア直接投資基金は今年3月に欧州医薬品庁(EMA)に承認申請を出した。以来、長い審査が続いている。今月中には結論を出すとも言われる。なお、EMAが承認を出さなくても、EU加盟国は自分の判断で、ワクチンを選択でき、現時点ではハンガリーだけだが、スプートニクVを使用している。
ロシアでは4月末に第三波の感染拡大が始まったとの情報が出回った。政府は否定しているが、感染状況が厳しいことに変わりはない。
12日に政府の「対策センター」が発表したところでは、それまでの24時間の新規感染者が約8200人で、感染者の累計は490万人になった。死者は355人で累計11万4000人。人口が日本を10%強上まわる国にしては、多いと思うが、現在、政府は特に緊急事態宣言といった非常措置を取っていない。新規感染者のピークは昨年12月末で1日に3万人弱だった。
*スプートニクV
ロシア語でスプートニクはもともと旅行の同伴者を意味する。ソ連が1957年に打ち上げに成功した人工衛星にも命名された。なお「V」はvictoryの頭文字。ローマ数字のVではない。またロシア語のアルファベットにVの文字はない。
ワクチン先進国ロシア 接種わずかに1ケタ台 |
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【ロシアと世界をみる眼】世界に先駆け昨年夏には承認したのに、強権国家も苦慮
公開日:
(ワールド)
スプートニクV=ccbyMos.ru
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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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