米大統領選でのジョー・バイデンの当確をロシア政界は失望も期待もせず淡々と受け止めていると思われる。この点は中国と共通するのかもしれない。
米ロ関係は2014年のロシアによるクリミア併合以来、冷戦終了後最悪の状態に陥り、ドナルド・トランプ政権下でもほとんど変化はなかった。一般的に政権交代は対外関係改善のきっかけになることもあるが、今、ロシアにも、そして米国にもそんな雰囲気は感じられない。
ロシアが米大統領選にしらけていた理由をいくつか指摘できる。
まず、今回は前回と違って一方の候補が対ロ関係の改善を訴え、もう一方がそれに反論するということがなかった。選挙戦で対ロ関係が争点になることはなかったし、ロシアに聞こえてくることと言えば、相も変わらず選挙への介入があったとか、ロシアの反体制運動家、アレクセイ・ナヴァルヌイを狙った毒殺未遂事件が起きたといったロシアにとっては否定的な話が多かった。
前回、対ロ関係改善に意欲を示したトランプ大統領も関係改善の提唱はむしろ票を減らすと判断したかのようだった。
もう一つ、さらに重要な理由がある。それは、バイデン、トランプのどちらが勝っても米国の対ロ姿勢は基本的に変わらないだろうという認識が広く浸透していたことだ。
ロシアの独立世論調査会社、レバダセンターの先月21日の発表によると、トランプとバイデンのどちらの勝利がロシアにはよいかとの質問に対し、トランプと答えた人が16%、バイデンが9%、そしてどちらが勝っても同じという回答が65%だった。つまり3分の2の人たちは、米ロ関係は変わらないとみていた。
その認識はロシアを代表する国際問題評論家のヒョードル・ルキヤノフにもアンドレイ・コルトゥノフにも共通する。
こうした冷めた見方の背景として、トランプ政権への期待が大きく裏切られたことを挙げられるだろう。
ちょうど4年前、トランプが勝利したとの報がロシア下院に伝わると、議員の間から「よかった」と拍手が起きた。有力野党で右派政党の自由民主党のウラジーミル・ジリノフスキー党首などは同僚議員とシャンペンで祝杯をあげたほどだ。トランプが選挙戦で対ロ関係の改善を訴えていたからだ。
だが、期待は裏切られた。トランプ大統領は何度かウラジーミル・プーチン大統領を立派な指導者だなどと個人的に持ち上げたものの、対ロ制裁を緩和するどころか強化した。核軍縮の分野では冷戦終了を象徴するINF(中距離核戦力)廃止条約を破棄、シリア、リビアなどでの地域戦争をめぐってもロシアと対立を続けた。
「トランプはロシアにとっていいことを何一つやらなかった」とはジリノフスキーの回想だ。
では、ロシアはバイデン次期大統領にまったく期待していないのか。
米国の政界はここ4年、プーチン政権が2016年にトランプ陣営と共謀してクリントン打倒を画策し選挙に介入したとの疑惑、いわゆる「ロシアゲート」事件で大きく揺れてきた。ロシアは共謀も介入ももちろん否定したが、今回の選挙では、プーチン大統領はいわば言質を取られないように、どちらが勝っても「お前が足を引っ張った」と言われないように慎重だった。
それでも、プーチン大統領は先月初め、国営テレビで、バイデンが米ロの戦略核兵器制限条約である新STARTの延長に賛成していることを高く評価、同時にバイデンには「反ロ的言辞」が目立つと指摘した。
バイデンは2011年に副大統領として訪ロし、当時のドミトリー・メドベージェフ大統領のほか、プーチン首相とも会った。その際、プーチンに対し、「あなたの目をよく見つめたが、あなたには心soulがない」と言った。バイデン自身が紹介するよく知られた逸話だ。プーチンは笑いながら、「お互いよく理解しあっている」と応じたという。どっちもどっちだということだろう。以来、バイデンがプーチンと個人的に親しくなろうとしたことはない。
バイデンは2014年から2016年にかけてオバマ政権のウクライナ政策を所管、対ロ制裁強化を支持した。また、一貫してプーチン政権の人権政策を批判、トランプ大統領が軽視した北大西洋条約機構(NATO)の強化を主張してきた。
今回の大統領選期間中には、ロシアが選挙に介入していることが判明したら、経済的代償を払わせると一段の制裁強化をちらつかせた。
ナヴァルヌイ毒殺未遂事件が発生した直後には「プーチンが市民社会とジャーナリストに圧力を加えている。ドナルド・トランプはそのロシアにすり寄っている」とツイートし、さらにプーチンを「専制主義者an autocrat」と断定した。
さらに先月25日には、米CBSの報道番組「60分 / 60 Minutes」で、ロシアが米国の安全保障にとっての「最大の脅威 the biggest threat」だと述べた。この時、中国については、「最大の競争相手the biggest competitor」と指摘しており、この発言から判断する限り、バイデンの対ロ認識は対中認識よりも厳しい。
プーチン大統領が「反ロ的言辞」と評価するのも納得できる。
ではバイデン政権下の米ロ関係は完全にお先真っ暗かというと、かならずしもそうではない。指摘したようにプーチン大統領は、バイデンが新STARTの延長に賛成していることを評価している。ここに一筋の光りがあるように思える。
新STARTは、地上配備の戦略核弾頭をそれぞれ1550発以下に制限するなど、核弾頭、ミサイル・ローンチャー、重爆撃機の配備数を制限した条約。来年2月に期限切れを迎える。そこで米ロがそれ以降どうするかについて交渉しているのだが、結論は出ていない。
これまでの交渉を簡単にまとめると、ロシアは更新を求めているのに対し、トランプ政権は様々な条件を設け、折り合わない。先月下旬には歩み寄りが見られたかに思われたが、そうではなさそうだ。
米ロは昨年8月、INF全廃条約を解消しており、新STARTは今、米ロ間に残る唯一の核兵器制限条約。それもなくなると、核軍拡競争に火がつきかねない。核軍縮は核兵器の9割以上を保有する米ロ両国が人類に対して負う最重要責務だ。
バイデンはプーチン大統領が指摘するように、延長に賛成すると言ってきた。今年1月、外交専門誌、フォーリンアフェアズへの寄稿では、「私は新STARTの延長を追求する」と明言した。
バイデン次期大統領がプーチン大統領をいかに厳しく批判し、対ロ制裁を強化しようとも、新STARTを延長するか、新START以上に厳しく核兵器を制限する後継条約を作り上げられれば、それでバイデン政権下の米ロ関係は御の字、つまり最良であろう。
バイデン当確 ロシアは過度な期待せず |
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【ロシアと世界を見る目】新START延長に期待、反ロ発言には警戒感も
公開日:
(ワールド)
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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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