ロシアは9日、第二次世界大戦でのナチス・ドイツへの勝利を祝う戦勝記念日を迎え、モスクワの赤の広場で恒例の大軍事パレートが行われた。
今年はウクライナで戦争が進行中でウラジーミル・プーチン大統領が演説で何を言うか、例年になく注目された。しかし、彼はほとんど新しいことは何も言わなかった。
ウクライナ侵攻を「不可避だった」と述べ、それを正当化する理由をいくつか並べ立てたが、戦闘の成果を華々しく語ることはなかった。今後めざすべき目標も口にしなかった。作戦が計画通り進んでいないことをうかがわせる。
ただし、ウクライナ軍が勝利しロシア軍が敗北するという単純な結論を出すことはできない。現時点では戦闘は長引くとみるべきであり、その結末も見通せない。
9日のプーチン演説で最も注目されたのは、宣戦布告と総動員令を発令するかどうかだった。英国のベン・ウォレス国防相が4月28日、英LBCラジオでのインタビューで、発令を予測したからだ。英国の国防相が言うのだから間違いなさそうだと、米欧そしてわが日本でもメディアは相当の真実味を持たせてこの情報を流した。
しかし、結果は〝空振り〟。米欧でもロシアでも戦争といった緊迫した情勢の下では、こうしたガセ情報が流れやすい。英国防相がそう言ったこと自体は事実だが、メディアは双方で情報戦が繰り広げられていることを念頭に、米欧情報であっても少しは疑念を抱いて検証する努力が求められる。
総動員令の予測が外れると、今度は、総動員を出した場合にはロシア国内でプーチン支持率が下がるかもしれないから思いとどまったのだという解説が登場している。そうであるなら、最初から英国防相の発言に少しは疑義を呈しておくべきだったろう。
9日のプーチン演説で注目すべきは、作戦が計画通り進んでいると言わなかったことだ。これまではそう発言していた。例えば4月12日のベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領との共同会見の場での発言を指摘できる。
そのルカシェンコ大統領は5月5日、米APとの会見で、ウクライナでの戦闘が予想外に長引いていると述べ、計画通りという見方に異論を唱えた。プーチン大統領が個人的にルカシェンコ大統領をどう思っているかはよく分からないが、建前上、ルカシェンコはプーチンの盟友であるはずで、この見解には驚かされた。
しかし、これは当然の見方だろう。ロシア軍は当初、ウクライナの首都キーフに向かって進軍したが、ウクライナ軍の抵抗でキーフ制圧を諦め、いまは東部ドンバス地方に戦力を集中している。しかしここでも作戦は思うように進んでいないようだ。
米国防省高官は2日の記者団向けのブリーフィングで、ロシア軍の作戦について「力強さに欠けるanemic」と表現した。ロシア軍はまず目標に向かって進軍し、制圧を宣言するが、その後、撤収し、ウクライナ軍に奪回されるといった状態が見られるという。
この高官は、指揮統制の混乱、多くの部隊での士気の低下、さらに兵站が十分整っていないことがロシア軍の当初からの課題で、それが今も修正されていないとの見方を示した。
プーチン大統領は4月に、残忍な戦術を取るという噂のアレクサンドル・ドボルニコフ陸軍上級大将を、ウクライナ戦争を統轄する司令官に任命したが、その後もあまり成果はあがっていないようだ。
ウクライナ軍参謀本部の発表では、ロシア軍はこれまでに2万4500人以上の戦死者を出した。米欧の軍当局の推定でも1万5000人を超える。ロシア軍当局は3月25日に1351人と発表、それ以降の発表はない。
仮に1万5000人だとして、ソ連軍が1980年代のアフガニスタン介入で出した戦死者数に既に並んでしまう。
こうしてロシア軍の作戦が計画通りに進んでいないことはわかる。しかし、ロシア軍が負けているわけではないことには留意すべきだ。米国防省には、ロシア軍は予想外に多い戦死者と兵器の損失を考慮し、成果を焦らず、一歩一歩前進しているとの見方もある。
米国のマイケル・カーペンターOSCE(欧州安保協力機構)大使は2日、ロシアが今月中旬に「ルハンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」を併合する可能性があると指摘した。
ロシアは戦闘以外の分野でも次々と攻勢をかけてくることは十分考えられる。ウクライナ戦争が今後、こうした政治分野の動きを含め、どのような経緯をたどるのか、どのような形でいつ終焉を迎えるのかは見通せない。
ロシア戦勝記念日 〝迫力〟に欠けたプーチン演説 |
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【ロシアと世界を見る眼】ウクライナ作戦は「計画通り」とは言わず
公開日:
(ワールド)
Reuters
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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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