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制裁下 意外に持ち堪えたロシア経済

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【ロシアと世界を見る眼】中長期的には〝ボディブロー〟がじわり

公開日: 2023/01/09 (ワールド)

習・プーチン、オンライン会談(2022年12月30日)=Reuters 習・プーチン、オンライン会談(2022年12月30日)=Reuters

 ウクライナ戦争は二正面で展開されている。一つはウクライナの戦場での実戦。もう一つは世界各地を舞台とする経済戦争だ。

 昨年2月24日の侵攻開始以来、日本を含め西側諸国は対ロ制裁を圧倒的に強化、これにロシアは必死に対抗、意外に強靱性を発揮してきた。だが、制裁はボディブローのように徐々に効いてくるに違いない。経済分野の昨年の〝戦い〟を点検するとともに中長期の視点で今後を展望してみたい。

▽余裕を装うプーチン大統領

 ウラジーミル・プーチン大統領は大晦日、国民に新年のメッセージを発表、その中で、西側諸国が「全面的な制裁戦争」を仕掛け、ロシアの産業、金融、輸送システムを二度と立ち上がれないようにしようと企てていると述べた。続けて「しかし、そうならなかった。我々は(経済分野での)安全を担保できるだけの余裕を確保することができた」と強調した。

 ロシア経済がプーチン大統領の発言にあるように安泰だったとは思えないが、大方の予想以上に健闘してきたことは確かだ。

 ロシア政府によると、2022年のGDP(国内総生産)はマイナス2.9%(正確には推計)。これはロシア内外のエコノミストや経済関係機関が侵攻開始直後に示したマイナス幅を大きく下回っている。

 ロシア銀行(中銀)が昨年3月、ロシアのエコノミスト18人に聞き取りした結果では、22年のGDPはマイナス8%になると予測された。IMF(国際通貨基金)は4月にマイナス8.5%になると言っていた。IMFはその後、7月にマイナス6%、10月にマイナス3.4%へと上方修正してきた。

 22年のインフレ率は12%前後、失業率も年末で3%台に収まったようである。インフレ率12%は高そうではあるが、イタリアやドイツなどの数字とそう変わらない。バルト三国など20%前後だ。

 ロシアの通貨ルーブルの対ドル相場は現在、1ドル=70ルーブル台。侵攻開始前とほぼ同じ水準。3月には135ルーブルまで下落したが、その後回復、落ち着きを取り戻した。

 戦時下、国家財政は火の車だったのかというと、そうでもなさそうだ。22年予算(ロシアの財政年度は暦年と同じ)は1兆3300億ルーブルの黒字を見込んでいたが、政府見通しによると、1兆3200億ルーブルの赤字に転落した。戦費がかさみ歳出が増えたと推定される。

 その一方で、ロシア経済を支える石油(原油と石油製品)と天然ガスの価格が堅調だったお蔭で歳入が増えた。その結果、22年予算の赤字幅はGDP比0.9%にとどまった。他国との比較では優秀な数字ではある。

 さすがに株価の下げは顕著だった。モスクワ証券取引所の代表指数「MOEXロシア指数」は22年初に3800台だったが、侵攻開始後に急落、最近は2100台と低迷している。

 22年のロシア経済を一言で表わすなら、GDPマイナス2.9%という数字に代表されるように、苦闘の連続だったことは間違いない。しかし、多くの専門家が予測したほどにはひどくなかったということだ。

 ▽石油輸出を維持

 その最大の要因は、石油(原油と石油製品)と天然ガスの輸出を維持できたことにある。中でも石油の輸出が堅調だった。

 ロシア経済にとって石油と天然ガスは命綱だ。ロシアの輸出全体に占める石油と天然ガスの割合は近年、5割前後を占め、石炭を加えると化石燃料の比率は6割近かった。これら化石燃料産業への採掘税や輸出関税といった課税で得られる税収は国家予算の3~5割を占めてきた。

 ロシア経済はエネルギー部門の動向によって大きく左右される。その生産、輸出、価格の動きを診断することが極めて重要だ。

 先月5日、プーチン大統領は23年(~25年)予算法に署名した(ロシアの国家予算は一応3年間分が一括承認される)。その中に22年に石油・天然ガス産業への課税で得た歳入が明記されている。

 それによると、昨年のこの分野からの歳入は21年の実績比29%増の11兆7000億ルーブル。この数字から石油と天然ガス産業が国家財政におおいに貢献したことがわかる。中でも石油輸出が好調だった。その最大の要因は春から夏にかけての価格上昇であろう。

 ロシアのエネルギー担当、アレクサンドル・ノバク副首相は先月23日に、22年の原油生産量は5億3500万トン(1070万b/d)で21年比2.1%増、石油製品は同5%増になると明らかにした。

 23年に入っての原油と石油製品、および天然ガスの輸出額のデータは、ロシア当局が公表を控えていると思われ入手できなかったが、原油については、ロシアはEU(欧州共同体)向けを大幅に減らす一方で、インド、中国、トルコなど新規市場を開拓できた。

 ロンドン証券取引所の関連経済情報会社、リフィニティブによると、特にインドが購入を増やしており、11月、12月と2カ月連続でロシアの代表油種のウラル原油(正確にはユラルス原油)の最大の買い手はインドだった。

 インドなどがなぜロシア原油を積極的に買っているかというと、安いからだ。

 ウクライナ侵攻前のウラル原油の価格は、国際的代表油種の北海ブレントに比べ1バレルあたり1ドル程度安いだけだったが、侵攻後は米国や英国が直ちに輸入を止めたことが影響して、徐々にその格差が大きくなり、最近ではブレントを30ドル近く下回っている。それでも原油の絶対価格が維持されたことで歳入増に貢献した。

 ▽天然ガス輸出は大幅減

 一方、天然ガスの事情は厳しかった。ノバク副首相は先月、22年の天然ガス生産量が6710億㎥で、21年比18~20%減になる見通しだと明らかにした。当然、輸出減を反映している。

 ロシアの天然ガスの海外の第一のお得意さんはEU諸国だった。21年にはロシアの天然ガス輸出のほぼ3分の2がEU諸国向けだった。

 ところが、天然ガスを輸出している国営企業、ガスプロムは、ガス代金をルーブルで支払えというロシア政府の方針を守らなかったなどの理由で、昨年4月末にヤマル・欧州ガスパイプラインを通じたブルガリアやポーランドへのガス供給を止めた。

 8月末にはロシアはバルト海底を通ってドイツに通じる大パイプライン「ノルトストリーム(ノルトストリーム1と表記する場合もある)」を止めた。制裁のせいでタービンの手当てがうまくいかなかったという技術的問題が表向きの理由だ。

 その後、9月26日には8月末まで稼働していたノルトストリーム、およびそれに平行して建設され稼働可能の状態だが未稼働の別のパイプライン「ノルトストリーム2」が爆破され、使いものにならなくなった(修復は技術的には可能とされる。だれの仕業かいまだに不明)。

 こうして現時点では欧州へは、黒海を通りトルコと結び、その先、欧州へ延びるパイプライン「トルコストリーム」と、ウクライナ経由のパイプラインだけが稼働している。ウクライナ経由のパイプラインは戦火の下でも動いているが、ウクライナが輸送量を従来の半分に減らしている。

 ガスプロムは、天然ガスの輸出について旧ソ連諸国9カ国で構成するCIS(独立国家共同体)向けとそれ以外の国向けとに分けて発表しているが、アレクセイ・ミレルCEO(最高経営責任者)は12月29日の会見で、22年のCIS諸国以外への輸出が1009億㎥になる見通しだと明らかにした。これは21年比45%減。「CIS諸国以外」には中国も含まれるが、22年の対中輸出は1割程度と推定されるので、輸出減の最大の理由はEU向けの大幅減で、4割以上減ったのだろう。

 天然ガスの大半はパイプラインで輸出されており、原油と違って欧州への輸出減を短期間でほかの国に回すことはできない。新たなパイプラインをすぐに建設できるわけではない。LNG(液化天然ガス)に加工しタンカーに載せれば世界のどこにでも運べるのだが、現有の液化能力は高くないし、運搬するためのLNG船も必要だ。購入する国も受け入れ施設を整備しなければならない。

 こうして天然ガスの輸出収入は相当に制約されたことがうかがえる。それでも主力輸出品としてロシア経済を下支えしたとは言えるだろう。

▽国民福祉基金の活用と国債発行

 22年のロシア経済が予想以上に善戦した理由として国民福祉基金(国富基金とも訳されることもある)の活用を挙げることができる。

 国民福祉基金は原油と石油製品、そして天然ガスの輸出価格が一定の価格を上回った場合に徴収する関税収入と基金の運用益で構成される「まさかの時のための準備金」だ。エネルギー価格が上昇し税収が増えても、それを使い込まずにしっかり貯めこみ、年金財政逼迫の際など国民福祉のため使うため作られた。

 財務省によるとこの基金は12月1日現在、11兆4000億ルーブルある。GDP比8.5%。全額がすぐに使える状態にあるわけではないが、相当な額だ。アントン・シルアノフ財務相が先月27日明らかにしたところでは、この基金から22年は2兆ルーブル超を一般会計に流用した。22年の国家予算の歳出は30兆ルーブルだったというから、その7%を賄ったことになる。戦費に充て、予算の赤字を抑えたと考えられる。

 なお、この基金への税収の組み入れ方式は23年から変わる。石油・天然ガス部門からの税収を毎年の予算に8000億ルーブルを歳入として確保、それを超えた税収を基金に回すという。ただし、ウクライナ戦争が続く限り戦費がかさみ、8000億ルーブルを超えた税収もすべて一般会計に組み入れられる。

 22年の財政をなんとかやり繰りできたもう一つの理由は、国債の発行だ。ロシアは従来、国債発行にあまり頼らずに予算を編成、執行してきた。このため政府には国債を増発できる余裕があり、財務省は秋に新規国債を発行した。米欧市場では売れないので、主に国内の銀行が引き受けたようだ。国債を増発してもロシアの国家債務残高は23兆ルーブル程度で、GDP比16%という。事情が異なるので単純比較はできないが、日本のGDP比260%に比べ極端に低い。

▽ナビウリナ中銀総裁の手際の良さ

 最後にエルビラ・ナビリウナ・ロシア銀行(中銀)総裁の手腕に対する評価が高いことを指摘しておきたい。

 彼女は侵攻開始直後の2月28日、大幅利上げ、為替規制、資本取引規制と大胆な対応を相次いで打ち出した。政策金利を9.5%から一気に20%に引き上げ、銀行への取り付け騒ぎを阻止。さらにルーブル防衛のため、輸出で得られる外貨収入の80%を通貨ルーブルに強制転換させるなどの措置を打ち出した。財務省と連携し、外国企業にエネルギー代金をルーブル建てで支払わせる義務も課した。

 その後中銀はルーブルへの強制転換の比率を50%に引き下げ、政策金利も現在、7.5%と侵攻前より低い水準に設定している。資本取引規制が残っているし、ルーブルを取り巻く環境、制度が大きく変わり、国際的なルーブルへの評価が侵攻前に戻ったわけではないが、ロシアとしてはとりあえず金融面での防衛策が奏功したと判断していると思われる。

▽副首相は「最悪期を脱した」

 戦争を引き起こした国の指導者が、自国経済の先行きを「悪くなる」と繰り返したくないだろう。それは当然かもしれないが、ロシアのアンドレイ・ベロウソフ第一副首相は年末に一歩踏み込んで、ロシア経済は既に「最悪期を脱した」と公言した。

 昨年12月に決定された23年予算では、23年のGDPはマイナス0.8%とされている。22年はマイナス2.9%だったから、落ち込みの幅は縮小している。ベロウソフ副首相はこの公式見通しよりも更に改善し、今年はゼロ成長くらいに戻る可能性もあると述べた。果たして今年のロシア経済はこの希望的観測通りになるのか、23年予算でさえ楽観的すぎるのではないのか。

 IMFが昨年10月に発表した予測では、ロシアの23年のGDPはマイナス2.3%だ。ロイター通信が12月2日に報じた15人のロシア人エコノミストに対する調査では、平均マイナス2.5%だった。

 昨年の侵攻開始直後のロシア内外の経済見通しは指摘したように悲観的過ぎた。従って厳しく見ればよいというわけではないが、ロシア経済を攪乱する要因がたくさん待ち構えていることは間違いない。

 ▽国防費と治安対策費が大幅増

 まずは戦費の重荷である。ロシアの予算には国防費のほか治安対策・警備費という項目がある。国防費は国防省向けの予算、治安対策・警備費は警察、検察、情報機関のほか、国境警備や大統領直属の国家親衛隊(かつての内務省軍)など国防費に近い支出も含まれる。

 国防費は22年に前年比31%増と大幅増となり、23年はそれに6.5%増の5兆ルーブルを計上した。GDP比では3.3%だ。治安対策・警備費は22年に19%増となり、23年はなんと58%増。GDP比3%。内務省所管の職員を92万2000人に増やすという。戦時中だから国内治安維持を怠らないということだろう。

 これら国防費と治安対策・警備費を合わせると23年予算の歳出の32%を占める。ざっと歳出の3分の1が事実上の防衛予算ということになる。

 プーチン大統領は昨年12月21日、国防省幹部を集めた会議で、「兵士には最新の装備を提供しなければならない。皆さんには資金面での制約は何もない。国と政府は軍が求めるものはすべて与える」と強調した。そのうち国家予算の半分近くを戦争に費やすことになるのかもしれない。

 増える国防費と治安対策・警備費を何で賄うかというと、23年も基本的には石油と天然ガス企業からの税収だ。それが歳入全体に占める比率は34%とされる。21年は36%、22年は42%だった。石油と天然ガスの販売先が細ることを考慮すると、この比率の低下は現実的とも思えるが、やり繰りが大変になってきていることも物語る。

 税収を左右するロシアの原油価格は12月初めには1バレル=50ドルを下回った。23年予算の前提は70.1ドル。早くもこの設定は楽観すぎるとの指摘も出ている。

 また、23年もまさかの時のための準備金、国家福祉基金を一般会計に組み入れ、さらに国債発行を増やすだろう。

 制裁強化下の石油とガス産業の苦闘

 すでに指摘したように22年の原油生産量は前年比2.1%増だった。ノバク副首相は12月23日の「ロシア24」というテレビ局の番組で、今年はじめには5~7%減産になるとの見通しを示した。その主な理由として、石油の価格キャップ制参加国には売らないからだと説明した。

 石油の価格キャップ制とは主要7カ国(G7)、EU諸国、さらにオーストラリアが12月2日に合意、同5日から実施している対ロ制裁。タンカーで運ばれるロシアの原油をFOB(本船渡し条件)価格で1バレル60ドル以上では売らせない。それは制裁を科す側の海運会社や保険会社に60ドルを超えるロシア原油の輸送に対するサービス提供を禁止することで実現する。

 まず原油について実施、新年2月5日からはロシア産の石油製品に対しても導入する。製品の価格上限は未定。

 これに反発したプーチン大統領は12月27日、石油キャップ制に参加する国には今年2月1日から7月1日までの5カ月間、原油と石油製品の輸出を禁止するとの大統領令に署名した。石油の輸出が減っても敵対国には売らないという誇りを示したのだろう。

 この石油価格キャップ制がどのくらい効き目を発揮するかだが、まずこの制度は60ドルを上回る海上輸送の石油に適用されることを確認しておきたい。原油の場合、60ドルを下回るなら買ってもよいし、海上輸送でなくパイプライン輸送の原油なら制度は適用されないと解釈される。

 ロイター通信社によると、黒海のノボロシースク港から運ばれるロシア原油ユラルスのFOB価格は12月中旬の時点で50ドルを下回っている。

 プーチン大統領は12月9日、キルギスタンのビシケクでのEAEU(ユーラシア経済同盟)の会合の際、現状価格が60ドルを下回っており、ロシアに損失を与えないので、「ロシアには重要な決定ではない」と付け加えた。

 インドや中国などは60ドル以上になろうともロシア原油を買い付けられる。しかし、昨年6月まで、ロシアの海上輸送の原油の3分の2は価格キャップ制実施国の海運会社や保険会社がサービスを提供して運ばれていたとも言われる。

 そのためロシア原油はインドなどにもますます売りにくくなり、ブレントなど他の原油の価格との差が一段と広がる可能性がある。専門家の間では、少なくとも現状の割引価格を継続させる効果があるともいう。そうなれば、ロシアの石油輸出収入は抑えられる。「ロシアには重要な決定ではない」と高をくくっていられるか。

 なお、日本はサハリン2事業で生産される原油を輸入しているが、日本政府の説明では、この原油は価格キャップ制の対象外とすることで制裁国の中では合意が得られている。ただし、プーチン大統領は参加国には原油を売らないと言っており、ロシアも日本を例外扱いするのかどうかは不透明な部分もある。

 価格キャップ制の導入はロシアの石油の輸出に影響を与える動きではあるが、米国と英国は侵攻開始直後にロシアの石油の全面禁輸を打ち出し、EUは12月5日から価格キャップ制導入と同日に価格がいくらであろうと海上輸送の原油を輸入しないことを決定している。EUが輸入してきたロシア原油の3分の2は海上輸送だった。EUはパイプラインを通じた輸入を続けるが、EUがロシアの石油の購入を減らすことは間違いない。

 こうした制裁が重なり、いかにインド、中国などが買いを増やしても、ノバク副首相が言うように減産は必至だ。しかも価格が下がるとなれば、減産幅以上に輸出収入が減るだろう。

 一方、ロシアの天然ガスの生産は昨年18~20%減った。ノバク副首相はガスの生産見通しについて特に発言しなかったが、欧州という大市場の多くを失い、今年生産が増えるとは思えない。

 21年にロシアのガス輸出の約3分の2は欧州に向かった。その欧州が石油に続いて天然ガスについても価格キャップ制を導入することを12月19日に決めた。実施は23年2月15日から。EUは石油、石炭も含め2030年までにロシアからの輸入をゼロにするとの目標を掲げている。

 ロシアのエネルギー産業には米欧企業の撤退が中長期的に大きな影響を与えそうだ。

 英シェル、英BP、米エクソンモービルといった米欧の石油大手がロシアから撤退しているし、米国のハリバートン、シュルンベルジェといった油田サービス大手も追随している。これらの会社が持つ探鉱、採掘技術がなければ、新規油田開発は難しいという。

 天然ガスの分野ではフランスのトタールが昨年12月、ロシアのノバテクとの資本関係を打ち切り、役員の引き揚げを決めた。トタールは、ノバテクが運営し日本の企業も出資している「北極圏LNG2」事業のオペレーターで、専門家の間には、トタールの撤収でこのプロジェクトは早晩破綻するとの見方も出ている。

 23年以降もロシア経済は、石油、特に原油、そして天然ガスの生産、輸出、価格がどうなるかにかかっている。

▽半導体や部品の手当てに四苦八苦

 欧米日のハイテク分野の産業の撤退はロシアの製造業さらには防衛産業にも今後、一段と打撃を与えることが考えられる。

 既に自動車、航空機、鉄道車両などの生産減が表面化している。製造業はハイテクを駆使した工作機械、半導体などの部品、ソフトウエアがそろわなければ世界で競争力を持たない。

 半導体の輸入は前年比激減しているとの情報があり、食器洗い機や冷蔵庫から半導体を取り出し兵器の生産部門に回していると言ったうそのような話も出回っている。

 どこまで正確かわからないが、米国の国家情報長官オフィスは昨年10月にロシアの防衛産業が一時的に操業を停止しているとか、ベアリング不足で戦車、航空機、潜水艦の生産に支障が出ているとの情報を明らかにした。

 ロシア企業は「平行輸入」という名の非正規ルートを通じた部品の入手に努力しているが、従来のように大量に長期間安定供給されることは益々難しくなる。

 侵攻が始まってからロシアを出国する人たちが増え、その中にはハイテク分野の有望な人材が多く含まれるという。そうであれば、ロシアの産業力に影響する。

 出国は特にプーチン大統領が9月21日に動員令を出して加速がついたようだ。これは一種の徴兵忌避である。そうした出国者の数は2月末から8月までに15万人とも80万人とも言い、数字にばらつきがある。単なる出張者や観光目的の渡航者もいるから、正確な数字は把握できないようだ。

▽対ロ制裁の例外

 この記事の冒頭で米欧日による対ロ制裁は圧倒的だと表現したが、それは経済全面封鎖とは異なることも付け加えておきたい。

 日本はG7の一員ではあるが、ロシアから原油とLNGをほぼ従来通り輸入を継続している。すでに指摘したようにEU諸国も原油のタンカーでの輸入を止めたが、パイプラインを通じた輸入は続け、天然ガスも大幅に量を減らしたものの、輸入している。

 フランス、ハンガリー、スロバキア、フィンランドはロシアから核燃料を輸入し続けている。欧州には現在、ロシア製原子炉が18基あり、核燃料と関連サービスをロシアに依存している。ハンガリーにいたっては昨年8月、ロシアの原子力企業、ロスアトムによる2基の原子炉の建設を承認した。

 一方、ベルギーはロシアのダイヤモンド原石を輸入し続けている。ベルギー第二の都市、アントワープには世界のダイヤモンド原石の9割弱が集まり、研磨されているが、21年にはその4分の1がロシア産だった。22年も影響を受けてなかったようだ。

 ▽プーチン支持率は高水準を維持

 戦時下のロシア経済の様々な変調を点検し、今後抱える不安要因をあれこれ列挙してきた。こうした事態を受けてロシア国民の間には戦争の旗を降ろそうとしないプーチン大統領への不満が高まっても不思議ではないように思われる。

 ところが、プーチン支持率は一貫して高い。政府系、民間双方の世論調査機関ともプーチン支持率は80%前後を維持している。少なくとも世論調査でみる限り、プーチン大統領は安泰だと言わざるを得ない。過去10カ月余りの経緯からは、経済が少しくらい変調をきたしても今後もプーチン支持率は高いままだろうと推察される。

 それでもロシア国民のウクライナ戦争に対する意識には微妙な変化が生まれつつあるとの興味深い世論調査結果もある。

 大統領府の指示で連邦警護庁が11月に、ウクライナとの和平交渉に賛成するか、それとも戦争を続けるべきかについて聞いた。その結果は公表されていないが、独立メディアの「メドゥーザ」が入手、報じた。それによると、交渉に賛成が55%、戦争継続に賛成が25%だった。

 大統領府は実は7月にも調査、その時は交渉に賛成が30%だったというから、交渉賛成者が増えている。

 ロシア国民の間にも徐々に厭戦気分が広がっているようにも思える。ただし、その動きを受けてウクライナとの停戦あるいは和平の交渉を始めようという気配はまったく感じられない。

 プーチン大統領は、「我々は交渉の用意がある」と繰り返しのべている。しかし、勝手に併合を宣言したクリミアとウクライナ東部4州には交渉の対象にしないと明言している。これでは交渉など成立するわけがない。交渉拒否と同じだ。

 一方、ウクライナのウォロジミル・ゼレンスキー大統領は昨年10月4日、プーチン大統領を交渉相手としないとの大統領令に署名している。

 年が明けてもウクライナ戦争終結の兆しは皆無だ。双方に犠牲者が増え続ける。

小田 健 (ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)

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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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