ロシアの下院選挙で政権党の統一ロシアが議席の3分の2を確保、大勝した。ロシア国民の安定志向が改めて浮き彫りとなった。2024年に任期切れを迎えるウラジーミル・プーチン大統領が再出馬するかどうかは不透明だが、自らの統治の正当性が確認されたと受け止め、ご満悦だろう。
だが、ロシアの選挙は自由でも公正でもないと批判されている。確かに今回は特に反体制派への締め付けが強く、「疑似民主選挙」と呼ばれても仕方あるまい。
投票日が17~19日の3日間に及んだ下院選(450議席、任期5年)の最大の焦点は、統一ロシアが憲法改正に必要な3分の2以上の議席を維持できるかどうかだった。今、憲法改正が議事日程に上っているわけではないが、統一ロシアがこの絶対多数を掌握できているかどうかは、プーチン政権の安定感を示す尺度でもある。
下院選は450議席の半分ずつを比例代表選挙(全国1区)と小選挙区選挙(各区1人)で行われ、統一ロシアは今回、比例で約50%を得票、126議席を確保、加えて小選挙区選挙で198議席を得て、合計324議席を取った。
前回2016年の選挙では、統一ロシアは比例で54%の得票で140議席、小選挙区で203議席を得て合計343議席だったから今回、19議席減った。この減少をどうみるかだが、これも政権党側にとっては予想の範囲の中での最善に近い結果だろう。
ロシアの事前の各種世論調査によると、統一ロシアの支持率は2016年には40%前後だったが、今回は30%程度と下がっていた。従って、統一ロシアの議席減は予想されたが、3分の2の300議席を悠々上回ることができた。
統一ロシアの支持率が低迷してきたのは、3年前の年金支給開始年齢の引き上げ、物価上昇(特に食料品の値上がりが激しく、8月は前年同月比8.5%上昇)、実質所得の減少といった経済要因が影響していると考えられる。それに2014年のクリミア併合で盛り上がったナショナリズムが一段落したことも挙げられるだろう。
今回は共産党の健闘も特筆に値する。共産党の支持率は1990年代半ばから凋落傾向が続いていた。2016年選挙では比例で13%を得て35議席、小選挙区で7議席の計42議席を得たが、今回は比例で19%の得票で48議席、小選挙区でも9議席の計57議席を確保した。
逆に不振だったのが、極右といわれるロシア自由民主党で、前回の39議席をほぼ半分の21議席に減らした。
そのほか目を引くのは、今回初参戦の穏健リベラル政党「新しい人々」が比例で議席確保に必要な5%の敷居を乗り越え、13人を当選させたこと、そして小選挙区でロージナ(祖国)、成長党、市民プラットフォームといった政党が1議席ずつ獲得したことだろう。リベラル政党のヤーブロコは議席を得られなかった。
今回の選挙では、反体制派指導者で現在収監中のアレクセイ・ナヴァリヌイが主導する「賢い投票」運動がどこまで効果を上げるかも注目された。
「賢い投票」とはナヴァリヌイと彼を支持する団体が法律で「過激派」の指定を受け、出馬を禁止されたため、彼らが窮余の策として始めた運動。政権党の統一ロシアの議席をできるだけ減らすことをめざし、小選挙区で統一ロシアに勝つ可能性が最も高い政党の候補に投票しようと呼びかけた。その運動はロシアのサーチ・エンジンを使えないため、アップルやグーグルのアプリを使って進められた。
ナヴァリヌイのチームは投票日直前の15日、下院選と地方議会選(今回は知事選や地方議会選も同時に実施された)で投票すべき候補1234人を発表した。その半分以上が共産党の候補だ。
共産党の得票が今回伸びたのはこの「賢い投票」運動の成果なのかどうか。その可能性もあるが、そうでないという分析もある。正直分からないというところではないか。
それにしても当局は今回、ナヴァリヌイ支持派を徹底的に排除した。ロシア国民の間にはナヴァリヌイの政治活動を支持する人は少数にとどまり、プーチン大統領の支持率は6割と高いのだが、当局は必要以上に彼らを取り締まった。ナヴァリヌイの組織をつぶし、活動を支えてきた側近らは国外に出てしまった。
当局はそのほか国際選挙監視団の受け入れに難癖をつけてその人数を事実上制限、国内の監視団体に「外国エージェント」のレッテルを貼り、さらには国営メディアでは統一ロシアを優遇して報道した。ただし、まだ独立系メディアは存在するし、ソーシャル・メディアでの意思疎通にも基本的に問題がないことは付け加えておきたい。
プーチン大統領は8月、年金生活者や兵士などへの一時現金給付策を決めた。これは統一ロシアへのテコ入れを狙った事実上の選挙「買収」の色合いが濃い。
それに今回も不正投票の指摘がいくつかの選挙区で出ている。
こうした行動が選挙結果を大きく変えたとは思えないが、疑似民主選挙との批判を受けても仕方あるまい。
中国では一般有権者による選挙が事実上存在しないから論外としても、今、中国当局が香港でごり押ししている多数の民主派の排除、弾圧に似通ってくるかどうか、注視する必要がある。
ナヴァリヌイ徹底排除、与党・統一ロシアが圧勝 |
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【ロシアと世界を見る眼】反体制派排除は、香港での中国に似てきた?
公開日:
(ワールド)
プーチン大統領=Reuters
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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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