FBI(連邦捜査局)、司法省特別検察官、同省監察総監、さらには議会が疑惑の解明に長い時間と人員を動員して捜査、既に共謀など存在しないことがわかり、狂騒は過去のものとなったかに思われた。
ところがここへ来て俄然、ロシアゲートを取り巻く状況は新たな展開をみせ始めた。トランプとロシアの共謀疑惑が改めて深まったというのではない。逆に、何とクリントン陣営、あるいは民主党が積極的にロシアゲートを工作した可能性が出てきたのだ。
その可能性を示す最近の新たな展開は2件ある。今年9月のクリントン陣営の弁護士の起訴、そして11月の民主党系シンクタンク「ブルッキングズ」の元研究員の起訴だ。
いずれも起訴に持ち込んだのは司法省のジョン・ダーム特別検察官。彼はトランプ政権時代の2019年4月、当時のウィリアム・バー司法長官によって、FBIのロシアゲート捜査に問題はなかったかどうかを調べるため任命された。
以来、2年半ほどほとんど鳴りを潜め、その存在すら忘れられていたが、今秋、突如、「成果」を示し始めた。ただしその成果とは、FBIの問題点ではなく、クリントン陣営、あるいは民主党関係者の問題点を暴くことだった。
▽クリントン陣営弁護士の起訴
連邦大陪審は9月16日、クリントン陣営(選挙対策本部)が顧問契約していたパーキンズ・クーイー法律事務所の弁護士、マイケル・サスマンを起訴した。容疑はFBIに対する虚偽の供述。
起訴状によると、サスマンは選挙運動期間中、自ら申し出て2016年9月19日にワシントンDCのFBI本部でFBI幹部のジェームズ・ベーカー法務担当責任者と面会した。その際彼は、トランプ系企業を統轄する組織であるトランプ・オーガニゼーションとロシアの大手銀行、アルファ銀行の間に秘密の連絡網があると伝え、資料を提供、捜査を促した。
ベーカーは面会の中でサスマンに特定の依頼人、あるいは政治団体のために情報を提供するのかどうか聞いたところ、サスマンはそうではないと答えた。
ところが、サスマンはクリントン陣営の一員として動いていた。起訴状によると、彼はこの面会にかかった費用をクリントン陣営に請求していた。またサスマンはパーキンズ・クーイー法律事務所所属の弁護士でもあった。この法律事務所はクリントン陣営と契約、クリントン陣営の顧問だった。
サスマンは加えて民主党の全国組織である民主党全国委員会(DNC)の仕事も請け負っていた。ロシアゲートのきっかけの一つにDNCへのサイバー攻撃事件があるが、このサイバー攻撃の調査を民間のサイバーセキュリティ会社、クラウドストライクに依頼したのはサスマンだ。
そのクラウドストライクが、DNCへのサイバー攻撃はロシアの情報機関の仕業だとの結論を出し、大統領選へのロシアの介入疑惑が生じた。
サスマンはFBIにあたかも善良な一米国市民として情報を提供するかのように装ったのだが、クリントンの応援部隊の重要な一員だったということだ。
サスマンが指摘したアルファ銀行は、ロシアの大物財界人のミハイル・フリドマンが経営、フリドマンはウラジーミル・プーチン大統領に近いとも言われる。サスマンはトランプ陣営とこの銀行が秘密の連絡ルートを使ってプーチン周辺とやり取りしているという疑いをFBIに植え付け、トランプ陣営を捜査対象にしたかったのだろう。
サスマンはこの情報をFBIだけでなく、メディアにも伝えた。実際、一部メディアは、11月8日の投票日を約1週間後に控えた時点で、サスマンの情報に基づいて記事を流し、クリントンはこの記事を引用して、「トランプはロシアとの関係についての重大な疑惑に答えるべきだ」とツイートし、攻撃した。
サスマンは秘密の連絡ルートがあるとの情報を知り合いのIT企業役員から得た。FBIはサスマンからの情報提供を受け、実際に捜査した。ところが、そんな秘密の連絡ルートは存在しなかった。IT企業役員らの分析が間違っていた。
こうしてサスマン起訴は、単に彼がFBIに虚偽の供述をしたという話では終わらない。サスマンの地位を考慮すると、FBIやメディアへの働き掛けにクリントン陣営、あるいは民主党がどう関与したのかが問われなければならない。
▽在米ロシア人の起訴
ダーム特別検察官によるもう1件の起訴もロシアゲートの様相を大きく変える可能性を孕んでいる。
連邦大陪審は11月4日、元ブルッキングズ研究員で在米ロシア人のイーゴリ・ダンチェンコを起訴した。容疑は彼の場合もFBIへの虚偽の供述で、5件ウソを言ったとされる。
こちらも話が入り込んでいるが、できるだけ簡略化して説明したい。
ロシアゲートの核心であるトランプとロシアの共謀説を世の中に広めるきっかけになったのは、2017年1月の「スティール文書」の暴露だ。米国のインターネット・ニュースサイトのバズフィードが報じると、米政界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
スティール文書は、英国の元MI6ロシア担当のクリストファー・スティールが2016年6月~12月に順次作成し発注主のクリントン陣営に送った報告の総称。トランプ個人やトランプ陣営のスキャンダル情報をあれこれ記述している。その核心はトランプ陣営とロシア指導部が共謀しているとの情報だ。
そのスティール文書の作成に協力したのがダンチェンコだ。共謀情報もダンチェンコが提供した。
スティール文書の中には有名な「ゴールデン・シャワー・ショー(放尿ショー)」の話が登場する。トランプが2013年11月にモスクワを訪問、リッツ・カールトン・ホテルの最高級スイートに宿泊した。このスイートはバラク・オバマ大統領夫妻が2009年に訪ロした際に泊まった部屋で、トランプは売春婦を呼んで、ベッドの上に立たせ放尿させたという。その模様をロシア情報機関がカメラで記録していたとスティールは書いた。これもダンチェンコがスティールに伝えた。
FBIは当然、スティール文書にある指摘の真偽を確かめるため捜査、ダンチェンコの存在を把握し、2017年1月から同11月にかけ何度か彼に話を聞いた。
今回の起訴状によると、ダンチェンコはその際、FBIに対し、民主党の支持者でクリントン陣営とも関わりのあるPR会社の役員と接触、情報を得ていたにもかかわらず、それを否定した。
また、トランプとロシアの共謀の話を「米ロ商議所」の会頭からの電話で知らされたとFBIに述べた。だが、実際にはそんな電話などなかった。2人の間にいっさい接触はなかった。そのことが今回の起訴で明らかになった。
米ロ商議所会頭からの接触が架空の話であったと判明したことの意義は大きい。スティール文書がいい加減なシロモノであることは、既に2019年から2020年にかけてロバート・モラー特別検察官や議会の捜査などで明らかになっていたが、スティール文書の根幹部分が完全に吹き飛んだからだ。
ダンチェンコは1978年ウクライナ生まれの在米ロシア人。ロシアでの高校生時代に米議会図書館のプログラムで留学、その後、ケンタッキー州ルイビル大やジョージタウン大で勉強した。

フィオナ・ヒル=cc
ダンチェンコはこの間、ロシア大使館関係者と接触、FBIは2009年から2011年までダンチェンコをロシアのエージェントの疑いがあるとみて捜査したことがある。しかし、断定するまでには至らなかった。
実はそのダンチェンコをスティールに紹介したのはブルッキングズのヒルだ。2010年、ヒルからダンチェンコを紹介されてスティールは彼から協力を得始めた。
だが、ダンチェンコは基本的には米国で仕事をする一介の研究者で、クレムリンに深く食い込んでいたわけではない。したがってダンチェンコが提供した情報は風説の類いが多く、明らかな作り話も含まれていた。ダンチェンコは自分でもそのことを認識、スティールには噂として伝えた情報も多いが、スティールは真実として記した。
ダンチェンコがあれこれ情報を探し回るなかで、知り合いの米国人でPR会社の役員のチャック・ドーランから得た情報は貴重だった。ドーランは、2006年から2014年にかけてロシア政府や国営企業ガスプロムの広報戦略を請け負った米国のPR会社で仕事をし、ロシアと関係が深い人物。そのドーランをブルッキングズのヒルがダンチェンコに紹介した。
そのドーランがどんな人物かと言うと、彼は1992年と1996年の大統領選でビル・クリントン陣営に参加、2016年にはヒラリーの運動を自主的に支援した。かつて民主党知事協会の専務理事を務めたこともあり、ばりばりの民主党支持者だ。
こうしてドーラン→ダンチェンコ→スティールという情報の流れが浮かびあがる。起訴状からは、先に指摘したゴールデン・シャワー・ショーの話もドーランが発信源として関与し、ダンチェンコを経由してスティールに流れた可能性を読み取ることができる。
サスマン、そしてダンチェンコを被告とする裁判はこれからだが、その過程で、ロシアゲート絡みの情報がさらに明らかになるだろう。
焦点はサスマンによるFBIやメディアに対する工作、ドーランとダンチェンコによるスティール文書への関与に、クリントン自身、クリントン陣営、あるいは民主党がどう関与していたかだ。
その際、ヒルの役割にも関心が向けられるだろう。ヒルはロシアの専門家として米欧で知らない人はいないくらいの人物。彼女はスティールと知り合いで、彼女がダンチェンコをスティールに紹介した。また彼女がドーランとダンチェンコを引き合わせていた。
米政界は稀代の珍事件ロシアゲートの呪縛からなかなか抜け出せない。