中央アジアの大国、カザフスタンで年明け早々、突如、暴動が発生、多数の死傷者が出ている。8日のカザフスタン内務省の発表では、当局側と抗議運動参加者合わせて44人が死亡、4000人以上を逮捕した。
カザフスタンは1991年のソ連崩壊で独立し、それ以来2019年に大統領職を辞するまでヌルスルタン・ナザルバエフが準権威主義体制を確立、政治は安定しているかのように見えた。ところがそうではなかった。カザフスタンを知る人はほぼ全員が今回の大規模、かつ過激な騒乱に驚いているだろう。
きっかけは安価で多くの人が利用する自動車燃料のLPG(液化石油ガス)の急激な値上がりだとされる。まず2日にカザフスタン西部の石油産業の町、ジャナオゼンで平和的な抗議デモが起きた。
ところがそれが各地に飛び火、特に同国最大の都市、アルマトイでは6日、治安部隊・警官隊とデモ隊が激しく衝突した。カシム・ジョマルト・トカエフ大統領の7日の国民向け演説では、アルマトイでは2万人が暴徒化したという。
自動車燃料の値上がりへの不満が引き金となって、所得格差の拡大を含め生活が苦しいことへの抗議運動が盛り上がることはありうる。だが、それが一気に、これほど過激化するとも思えない。
何か組織的な背景があると思われ、様々な疑問、憶測が飛び交い始めた。その中で注目すべき手がかりが、トカエフ大統領の7日の演説の中にあった。
トカエフ大統領は「武装し訓練された内外の暴徒」あるいは「テロリスト」と戦っていると強調、彼らを訓練し指導する「1つの指令機関」が存在すると指摘した。それ以上、具体的には説明しなかった。
また、国の治安機関が「眠りこくって」武装勢力の存在に気づかず、テロ攻撃を許してしまったと述べた。なぜそんなことになったのか把握することが重要だと指摘した。
▽クーデターの試みという説
大統領発言のこの下りに何か重要な意味が込められているのかもしれないと思っていたら、8日になって、ナザルバエフ政権で保安機関の長を務め「影の枢機卿」と言われ、隠然たる力を持っていたカリム・マシモフが国家反逆罪で逮捕されたとのニュースが入ってきた。
トカエフ大統領は5日にマシモフを国家保安委員会委員長から解任していた。この時は騒乱の責任を彼に取らせたのだろうと思われたのだが、話はそれほど単純ではなかった。
ナザルバエフ前大統領の側近だったイエルムハメト・イエルトイズバエフは7日のカザフスタン国営のテレビ局のインタビューに答え、騒乱は「クーデターの試み」のような「武装反乱」だったと述べ、その首謀者がマシモフである可能性があると指摘した。
その証拠の一つとして、アルマトイ国際空港が5日に暴徒に占拠される40分前に空港を警備していた部隊が撤収を命じられたことを挙げ、治安機関の上層部からの指示がなければありえないと述べた。
こうなると政権内部での反乱、権力争いの発露が暴動だったということになる。しかもその抗争が、ナザルバエフ派とトカエフ派の間で進行しているとの説も飛び出している。
しかし、このあたりの諸説は真偽見定めにくい。ナザルバエフは暴動発生直後に娘たちと国外に出たとの情報もあったが、彼の報道官は8日、前大統領は国内にいて、トカエフ大統領と連絡を取り合っているとツイッターで明らかにした。
そうだとすると、ナザルバエフ派対トカエフ派の対立という構図は成り立たないようにも思える。ナザルバエフは5日、強大な権力を有する国家安保会議議長の座から降りた。これが解任だったのか、自ら申し出ての辞任だったのか、不明だ。
▽トカエフ大統領、ロシアに〝借り〟
今回の騒乱が有する地政学的意味に目を向けることも重要だ。ナザルバエフ前大統領も今のトカエフ大統領もロシア、中国、米欧諸国とのそれぞれの関係に配慮したバランス外交を展開してきた。この三者のいずれにもあまり偏らないという対応だ。
これが今後、ロシア重視に比重が動く可能性がある。トカエフ大統領は、ロシアを中心に旧ソ連6カ国で組織されている軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」の部隊派遣を要請し、ロシア軍を中心に約2500人の「平和維持部隊」がカザフスタンに入った。
CSTOは一国内の紛争には関与しないのが原則だが、今回は、外国からの介入もあったとの理由付けて部隊を派遣した。いわば、特例扱いだろう。
これで、トカエフ大統領はロシアに一つ、言わば借りができた。ロシアの影響力が増すと考えられる。トカエフ大統領は7日の演説で、ウラジーミル・プーチン大統領の対応に特別に感謝すると述べた。
ロシアとカザフスタンの関係は従来から基本的には良好だった。だが、ロシアにはいろいろ不満もあるようだ。
カザフスタンの人口は約1900万人で、そのうち民族としてのロシア人が350万人を占める。それなのに、キリル文字(ロシア語の文字)からラテン文字(ローマ字)への切り替えや、ロシア語による教育への規制を強める動きがある。ロシア人は差別されているという人たちもいる。
それにカザフスタンのバランス外交は、必ずしもロシアを特別扱いしないことも意味していた。
カーネギー・モスクワ・センターのドミトリー・トレーニン所長は、ナザルバエフもトカエフも決してモスクワの言いなりになるような人物ではないが、その政権が倒れると、極端なナショナリズム勢力やイスラム過激派が出てくるとモスクワは考えたと指摘、だからトカエフを救わなければならなかったと分析している。
トカエフ大統領がロシアの協力を得たことでロシアの影響力が高まると思われるのだが、ロシアがカザフスタンを属国扱いするように動き回れば、カザフ人の反ロ感情に火が付く。
CSTOのロシア部隊は直接街頭に出ず、ロシアが利用しているバイコヌール宇宙基地などの一部重要施設の警備にあたるという。カザフスタンの市民感情に配慮しているのだろう。
ロシアの部隊派遣が、カザフスタンの民主革命を弾圧するための「軍事介入」だとか、カザフスタン指導部をクレムリンの傀儡にする意図を持つといった言説もあるようだ。しかし、そもそも2500人程度ではそれは無理だろう。
トカエフ大統領は情勢が一定程度落ち着けば、CSTO部隊の撤収を求め、部隊はそれに応じて撤収すると思われる。トカエフ大統領も「短い期間」の派遣だと述べている。
トカエフ大統領は7日の演説で、プーチン大統領に特別な感謝を表する一方で、習近平国家主席に対しても謝意を明らかにしている。ただし、それはウズベキスタン、トルコの大統領と並列しての謝意にとどまっている。
それでもバランス外交への配慮が見える。習主席は2013年にカザフスタンのナザルバエフ大学で、一帯一路構想を発表している。中国の対外経済政策の重要な国として位置づけている。カザフスタンでは、中国の経済進出を警戒し、反中デモも起きたことがあるが、トカエフ政権が今後継続するとして、中国離れが起きることもなさそうだ。
カザフスタン騒乱 マシモフ国家保安委員長の反乱? |
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【ロシアと世界を見る眼】部隊派遣でロシアに借り
公開日:
(ワールド)
焦点のナザルバエフ前大統領=Reuters
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小田 健(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。国際教養大学元客員教授。
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