ロシア軍がウクライナに軍事侵攻してから24日でちょうど半年が経つ。当初はロシア軍がウクライナの首都キーウめざし攻勢をかけ、戦争は短期に終わるのかとも思われたが、作戦をしくじったのか、キーウを陥落させられなかった。
ロシア軍は態勢を立て直し、東部と南部で戦果を上げてきたが、このところ進軍の勢いは鈍っている。日本のメディアではウクライナ軍がロシア軍を苦しめている報道が目立ち、確かにウクライナ軍が米欧から新兵器の供与を受けて抵抗を強めている。
しかし、戦況を全体的にみると、ロシア軍が敗走しているわけではない。今もむしろ支配地域を少しずつ広げている。ロシア軍が有利に戦闘を展開している。
この間、両軍の犠牲は増え、ウクライナでは民間人も多数死傷、多くの人が家を追われ難民となっている。住宅、生活インフラも破壊された。
しかし、停戦を模索する動きはまったく見られない。ウクライナ、ロシア双方とも相手を全面的な敗北に追いやることができると信じているようだ。
米欧日は前代未聞の厳しい対ロ経済制裁を科しているが、ロシア経済は予想外にうまく制裁の影響をやり過ごし、経済面の締め付けにロシアが根を上げ和平を求めるといった雰囲気は感じられない。一方、ウクライナ経済は今年の国内総生産(GDP)がマイナス40%と壊滅的な打撃を受ける見通しだが、西側諸国の財政支援もあり、こちらも強気だ。
戦争がいつまで続くか、年内一杯か、それとも終わりは数年先か。今言えるのは、長期の消耗戦が続くということだけだろう
戦争が長期化すると不測の事態が起きる可能性がある。今、ウクライナ南部のザポリージャ州にある欧州最大の原発の周辺が砲撃され、大規模な放射能漏れが発生することが懸念されている。さらに戦争の長期化は、核戦争の可能性も高める。
最も懸念されるのは、地域限定の通常戦争が地域限定の核戦争、さらに第三次世界大戦、はたまた米ロ全面核戦争に発展するかどうかだ。今はそんな危険が間近に迫っているとは感じられないし、あってはいけないことだが、そうのほほんとしているわけにもいかない。
戦争の行方はウクライナを支援する米国の意向によっても大きく左右される。米ロ間の接触はこの半年、ほとんどなくなったように見える。米ロが秘密裏でよいから接触の場を保持し続けることが求められる。
▼緒戦を物にできなかったロシア軍
これまでの戦闘は大きく2期に分けられよう。まずロシア軍が2月24日、ウクライナの首都キーウめがけて押し寄せた。キエフの近郊に迫ったが、攻めあぐね、結局、3月に撤収した。これが第1期。
その後、キエフ制圧を諦めたロシア軍は部隊を再編して今度は東部のドンバス地方と南部で攻勢をかけ始めた。これが第2期で今に続く。ドンバス地方はルハンスク州とドネツク州からなり、ロシア軍はこのうちルハンスク州全域を7月初めまでに制圧した。ドンバス地方で残るはドネツク州の一部だ。またロシア軍は南部のザポリージャ州などでもかなりの地域を支配下に置いた。
ロシアは侵攻する前、既に2014年のウクライナでの政変を機にクリミア半島を併合、ルハンスク州とドネツク州の一部に親ロ派傀儡自治組織を作り、支配下に置いていた。これらはウクライナ領土の7%にあたる。
そして2月の侵攻後、ルハンスク州全域など新たに支配地域を追加、ロシアは現在、ウクライナの領土の約20%を掌握している。
戦線は北のハリキフ州から南のザポリージャ州まで南北に長く伸びているが、現時点では基本的にはドネツク州と南部ヘルソン州が戦場だ。しかし、今後戦線が拡大する恐れがある。
ウクライナ軍は7月に入ると南部ヘルソン州での失地回復めざし反転攻勢を始めると宣言した。さらに8月に入りクリミア半島でロシア軍施設の爆破が相次いだ。戦争は8月以降、第3期へと新たな局面を迎えつつあるのかもしれない。
▼対立する戦況分析
戦争は第3期に入りつつあるのかもしれないと言うと、すでに各地でまた激戦が展開されていると受け止められるかもしれないが、実は戦況はこのところ比較的落ち着いている。
ロシア軍は7月初めにルガンスク州全域を掌握した後、たいして進軍していない。兵士に休養を与え、次の攻勢に向け英気を養っているともいう。
ロシアはこれまでの「特別軍事作戦」が計画通りに進んできたと自信を深めている。ウラジーミル・プーチン大統領やセルゲイ・ショイグ国防相などの指導部からは意気揚々とした発言しか聞こえてこない。
ロシア外務省スポークスマンは今月11日の記者会見で、すべては目標達成に確実に前進していると強調、「解放された」地域、つまり占領地域では市民が平和な生活を取り戻しつつあり、住宅や社会的インフラの再建も始まったと述べた。
一方で、米欧の情報機関からはロシア軍は勢いを失ったとか、攻撃の限界点culminating pointを超えたとの指摘が聞こえてくる。英情報機関MI6のリチャード・ムア長官は7月初めの米アスペンでの安保フォーラムで、ロシア軍は「大失敗」をおかし、戦争が膠着状態になったと指摘した。米国防省高官は7月末の記者向け背景説明で、ロシア軍はルハンスク州を制圧したものの、多くの部隊で戦闘態勢を整えられておらず、効率的に作戦を進められないでいると説明した。
ではウクライナ軍は勢力を盛り返していると言えるのか。西側のメディアでは、ウクライナの成果を強調する報道が目立ってきた。4月には黒海艦隊の旗艦でミサイル巡洋艦の「モスクワ」がウクライナ軍のミサイル攻撃で沈没したし、今月にはクリミア半島のサキ空軍基地でミサイルによると思われる攻撃で、戦闘機が少なくとも8機破壊された。抵抗が強いことは事実だ。
しかし、実はウクライナ軍が窮状にあるとの真実味を帯びた指摘もある。日本を含め米欧ではあまり目立って報じられない分析だ。
軍事専門家がウクライナ軍の弱点として指摘するのは、訓練された兵士が少ないこと。徴兵されても多くの兵士は数日の訓練しか受けていないとか、これまでは少数の精鋭部隊でなんとか成果をあげてきたが、犠牲者が多く、疲弊しているともいう(注1)。
前線に送られる兵士のうち兵器を使ったことのある人は20%にとどまると推定されるとの指摘もある(注2)。
▼甚大な犠牲者数
これまでの攻防で両軍に相当の戦死者と負傷者が出ている。ただし、双方とも軍事機密として詳細を明らかにしていないので、正確なところはわからない。
まずウクライナ軍の死傷者数。当局が断片的に数字を明らかにしている。例えばウォロジミル・ゼレンスキー大統領は6月初め、毎日60~100人のウクライナ軍兵士が死亡し、500人が負傷していると述べた。直近の情報としては、今月9日、大統領補佐官のミハイロ・ポドリャクが「犠牲者(死者)」が毎日30~50人に減ったと明らかにしている。
死傷者の総数については大統領補佐官のオレクシー・アレストビッチが6月10日に約1万人が死亡、3万人が負傷したと述べている。
これらの発言を総合すると、ウクライナ軍兵士のこれまでの死者は1万数千人、負傷者は4万人近いと推定される。
こうしたウクライナ当局の示す数字は小さすぎるという情報も飛び交い、今月初めにはウクライナ軍の内部文書の情報として、死者5万人、負傷者14万人という数字も流れている。
一方、ロシア当局は3月25日に自軍兵士が1351人死亡したと発表して以来、固く口を閉ざしている。この数字は侵攻開始後1カ月の数字とみられ、仮にこの割合で死者が出続けているとすると、これまでに死者は8000人を超える。
エリサ・ストロキン米下院議員が7月末に米当局からのブリーフィングで、ロシア軍兵士の死傷者が7万5000人に上る可能性があると伝えられたことを明らかにした。一般的に死者と負傷者の比率は1対3というから、その公式を単純に当てはめるなら、これまでのロシア軍の死者は1万8750人、負傷者5万6250人ということになる。
ウィリアム・バーンズ米中央情報局(CIA)長官は7月20日に、アスペン安全保障フォーラムで、ロシア軍兵士の死者1万5000人、負傷者4万5000人との推定を示した。ウクライナ軍についてはそれを少し下回るとも述べた。
ロシア、ウクライナの当局、メディアは相手の死傷者数を過大に、自軍の死傷者数を過少に言う傾向があるし、第三者による情報も推計の域を出ない。
兵士の死傷者のほか、市民も多数犠牲になっている。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の今月15日に発表では、5514人が死亡、7698人が負傷した(ドンバスを含むウクライナ全域の数字)。実際にはもっと多くの死傷者が出ているようだ。子供の犠牲も多い。
こうして両軍の兵士とウクライナの民間人の死傷者を合わせると既に10万人前後に上るのかもしれない。そして犠牲者はこれからも増えていくだろう。
▼南部ヘルソン州での攻防はあるのか
ウクライナ軍は米欧諸国から多額の軍事援助を受け、ロシア軍に抵抗してきた。ジョー・バイデン米政権は今月8日、新たに10億ドルの軍事支援を決定、これで侵攻後の総額は98億ドルになった。
米国はジャベリン対戦車ミサイル、スティンガー対空ミサイル、M777榴弾砲、さらにハイテクのM142ハイマース(高機動ロケット砲システム)も提供している。このうち今、最も注目されているのが、ハイマースの効果だ。
米国はハイマースを20基提供する方針で、既に16基を提供済み。ウクライナ軍は実戦に使用している。ミサイルの射程距離が伸び、ウクライナ軍は前線の背後にあるロシア軍の指揮統制センター、弾薬庫、そのほか兵站施設への攻撃が可能になり、成果をあげているという。
一部にはハイマースが戦況の行方を変えるとの見方もあるが、今は数が不足、戦術的に戦果をあげているだけとの分析もある。
ハイマースの提供はウクライナ軍の士気を上げているようで、ウクライナ軍は7月に入って南部ヘルソン州での失地回復の目標を宣言した。7月末にはヘルソン州の州都ヘルソンにいるロシア軍への補給路を断つため、ドニエプル川にかかる橋をハイマースで攻撃した。
しかし、ウクライナの喧伝とは対照的にヘルソン州ではほかに目立った動きはなく、南部での反転攻勢が始まったとの様子はみられない。
一般的に敵の強固な陣地を攻撃し奪取するには陣地を守る部隊の3倍の歩兵が必要だという。しかしウクライナ軍にはそれだけの兵力はないとの指摘が多い。州都ヘルソンを奪回できれば、大成果だが、ウクライナ軍が本当にヘルソン州で攻勢に出るつもりがあるのかどうか、疑問が残る。
8月に入ってクリミアでウクライナ軍によると思われる爆破が相次いでいる。9日にはサキ空軍基地で戦闘機が少なくとも8機破壊された。クリミアからはSu-24やSu-30といった戦闘機が南部を空襲してきた。破壊された戦闘機にはこれらSu-24なども含まれるようで大きな成果と言えよう。
その後もクリミアの複数の箇所で軍事施設をねらった爆破が起きている。クリミアはこうした爆破が起きるまでは戦場ではなかった。一連の爆発が、ウクライナがいう南部での反転攻勢の一環であるのかどうかは、よく分からない。
▼原発攻撃という驚愕の蛮行
ウクライナ戦争で今最も懸念されているのが、南部ザポリージャ州にある原発をめぐる動きだ。水冷式原子炉が6基あり、欧州最大の原発。8月に入って周辺の関連施設への砲撃が相次いだ。現時点では原子炉は無傷で、放射能漏れは起きていないというが、冷却システムや使用済み核燃料の貯蔵施設近くに着弾しているとも言う。蛮行そのものだ。
このザポリージャ原発はロシア軍が早々と3月に支配下に置き、以来、ロシア軍兵士500人が占領、その管理下でウクライナ人職員が運転している。
例によって互いに相手が砲撃していると主張しているが、アントニオ・グテーレス国連事務総長が求めるように、ただちに原発を非武装化すべきだ。プーチン大統領は19日のエマヌエル・マクロン仏大統領との電話会談で、IAEA(国際原子力機関)による調査に同意したというから、緊張は少し弱まったのかもしれないが、原発をどのような形であるにせよ軍事利用すること自体が常軌を逸している。
▼消えない核戦争の恐怖
プーチン大統領は2月24日にウクライナ侵攻を発表した際の国民向け演説で、「介入を考えている連中はロシアが即時に対応することを知るべきだ。結果は歴史に前例のないものになるだろうと」と述べた。米欧諸国が戦争に介入した場合には核戦争も辞さないと示唆したかのようだった。
その3日後の27日には国防相と参謀総長を前に、「抑止部隊」、つまり核戦力を「特別戦闘警戒態勢особый режим несения боевого дежурства / special regime of combat duty」に置くよう指示した。軍事専門家はこの聞き慣れない用語が何を意味するか考えあぐねたが、要するに高度警戒態勢に置いたということだろう。
その後は、ロシア側からはウクライナで核兵器を使うことはないといった類いの発言が相次ぎ、火消しに回っている。ショイグ国防相は今月16日にモスクワで開かれた国際安全保障フォーラムで「軍事的観点からは目標を達成するためにウクライナで核兵器を使用する必要はない」と述べた。
プーチン大統領は今月1日にニューヨークの国連本部で開幕した核不拡散条約再検討会議に書簡を送り、核戦争には勝者はいないと指摘、核戦争は決して起きてはならないと強調した。
こうしたロシア側の最近の発言からその可能性は低くなっているように思われる。だが、先のプーチン演説もあり、クレムリンの言うことをすんなりと額面通り受け止めるわけにはいかない。加えて、ロシアがすでに米国が戦争に直接介入しているとの判断を示していることも気になる。
ウクライナ軍事情報機関のワジム・スキルビツキー副長官が今月1日付け英テレグラフ紙掲載のインタビューで、米国がハイマースのミサイル攻撃に関与していると明らかにした。副長官はハイマースで攻撃する際には、米国のリアルタイムの情報提供に頼っているし、さらに毎回米国の了解を得て攻撃している旨述べた。
マリア・ザハロワ外務省報道官や国防省のイーゴリ・コナシェンコフ報道官は翌2日、米国が紛争に直接関与していると断言した。
ザハロワは、米国がウクライナに武器を提供、兵士を訓練しているだけでなく、自らロシアを攻撃していると強調、戦場からの距離は関係ないと述べた。
米国の国際政治学の大家、ジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学教授はこのほど、戦争が「破局的エスカレーション」に発展し、核戦争にまで行き着く可能性を否定できないと警告した。彼は、米ロとも最大限の目標の達成をめざすマクシマリスト思考にはまっている、つまり相手を徹底的に打ちのめすまで戦うと考えていると指摘し、妥協による停戦・和平の機運が高まらないことを嘆いた(注3)。
▼外交の出番なし
戦争は最後には外交で収拾するとよく言われるが、ウクライナ戦争に関しては、今、その展望は開けていない。
1998年から2005年までドイツの首相を務め、プーチン大統領と昵懇の仲でもあるゲアハルト・シュレーダーは7月末にモスクワを訪問、プーチン大統領と会談した。シュレーダーは帰国後、ドイツのメディアに対し、モスクワは停戦交渉の用意があると述べ、多くの人を驚かせた。
ロシア大統領報道官のドミトリー・ペスコフはシュレーダー発言を受けて、ウクライナがロシアの要求を受け入れるなら和平に応じる用意はあると述べた。こんな態度では交渉が始まるわけがない。
一方、ウクライナ側も今交渉しても意味はないと考えており、応じる姿勢は皆無だ。ゼレンスキー大統領は今月9日、戦争はクリミアで始まったのだからクリミアで終わるべきだと強調した。クリミアは2014年のウクライナ政変(マイダン革命)を機にロシアが併合していた。ゼレンスキーはこのクリミアを奪還するまで戦争を続けると言ったのだ。
こうしたにっちもさっちもいかない事態に対し、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官やミアシャイマーらリアリストは、米国が伝統的な外交を放棄してしまったと嘆くが、彼らの提言には米国内でも反発が強く、バイデン政権も今は聞く耳を持たないようだ。
注)
(1) Uwe Parpart, “Ukraine – the situation,” Asia Times, August 16, 2022.
(2) Andrew Milburn, “Time is not on Kyiv’s side: Training, weapons, and Attrition in Ukraine,” Modern War Institute at West Point, June 27, 2022.
(3) John J. Mearsheimer, “Playing Fire in Ukraine,” Foreign Affairs, August 17, 2022.
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公開日:
(ワールド)
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小田 健:ロシアと世界を見る目(ジャーナリスト、元日経新聞モスクワ支局長)
1973年東京外国語大学ロシア語科卒。日本経済新聞社入社。モスクワ、ロンドン駐在、論説委員などを務め2011年退社。
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