11月15日午後、ポーランドのウクライナ国境近くの村にロシア製ミサイルが着弾した。
間髪入れずにアメリカは、ロシアからの攻撃ではない、と世界に向けて発信した。上空をモニタリング中の米軍偵察機が、ミサイルの航跡を捉えていたらしい。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、直ちにビデオ演説をおこなって、ロシアによるミサイル攻撃だと断じ、NATO(北大西洋条約機構)が行動する時だと訴えた。
が、逆にアメリカから、証拠はない、と一蹴される。
かくしてアメリカは、NATO自らがこの戦争に巻き込まれかねない重大な危機を回避した。
その日、ロシア軍はウクライナ全土にミサイルの雨を降らせていた。
どうやらこの出来事は、ミサイルの迎撃に失敗したウクライナの地対空ミサイルS300が誤ってポーランド領内に落下した可能性が高い、という見方に収束しそうだ。そしてNATOは、偶発的な事故を引き起した原因はロシアにあるとして、ことさらにロシアを非難することで、あえてウクライナをかばう姿勢を見せている。
だが、単なる偶発的な出来事だったのか、という疑念も残る。
S300は、ミサイルが飛んでくる方角とは逆の西の空へ向って発射された。ウクライナ側に、NATOを巻き込みたい、という秘かな思いがあったとしても無理はない。それこそ、あってはならないことではあるのだが。
他方、この件について、当のロシアは冷静そのものだ。プーチン大統領が表に出ることもない。おそらくロシアにも何らかの確証があり、アメリカとのあいだで阿吽の呼吸が成立したのだろう。大統領報道官が、アメリカの対応をスマートだと讃える余裕も見せた。
アメリカとロシアのみぞ知る、ということか。この戦争が慎重に管理されている、ということ以上に、事件の真相が明らかにされることはないだろう。
そしてロシアは、非情にも、「暗くて凍える冬」をウクライナ全土にもたらそうとしている。
30年前のウクライナの独立が、ソ連の崩壊によって実現したことは言うまでもない。
だが、そこには単に一国の悲願の独立という以上に重要な意味が隠されていた。他ならぬロシアからの独立だったという点に、現在までつながる歴史的な因果をすでに内包していたからである。独立派のナショナリストにとり、ウクライナの独立とは、すなわち「帝国ロシア」からの離脱だった。したがって、国づくりの課題のほとんどは、ソ連の継承国ロシアとの関係をどう清算するか、というほぼ一点に集中していた。
この戦争は、その延長線上にある。ナショナリストの独立信仰に危うさを禁じ得ない。
ポーランド被弾、ほんとうに偶発的な出来事か? |
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【ロシア・ウクライナ戦争(18)】ウクライナのナショナリスト、危うい独立信仰
公開日:
(ワールド)
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を刊行予定。
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