この冬、無辜のウクライナ国民が暗くて凍える夜を過ごす。お湯は出ない。キーフに住む友人は、ティッシュペーパーで体を拭いていると伝えてきた。厳寒の朝がくるのは、まだこれからだ。
ゼレンスキー大統領は、ジュネーブ条約(市民への攻撃を禁止)を盾に、ロシアの非情を訴えて緊急支援を呼びかける。人道支援が必要なことは言を俟たない。
しかしながら、戦争はいったん始まると、止めることすら難しい。
ゼレンスキー大統領に徹底抗戦の構えを変える気配はない。プーチン大統領はロシアの勝利がはっきりするまで矛を収めないだろう。
9月におこなったZOOMインタビューで、元カーネギー・モスクワのD.トレーニン代表の語った言葉が心に刺さる。
「アメリカのねらいは、ロシア国家そのものを無害化することだ。つまり、この戦争にはロシアの運命が懸っている」
10月下旬、私は部分動員令下のモスクワを訪れた。そこで得た印象は、まさしく「鎖国下の泰平」ともいうべき、制裁に対する経済の耐性であった(訪問記を本連載の第14回から第17回にわたって書いた)。
すでに半年以上、日本を含む西側が、力づくともいえる強力な制裁を矢継ぎ早にロシアに科してきたことは周知の通りだ。去る12月5日には、G7とEUにオーストラリアが加わって、ロシア産原油の輸入価格に上限を設定して、戦費の流入を抑えこむ挙に出ている。
けれども、制裁で戦争を止めることなどできないことは、すでに明白だ(長期的な効果を別にすれば)。それどころか、きっと今ごろ、ロシア国民は地域集中暖房の室内で半袖Tシャツ一枚の温かい冬を過ごしていることだろう。
他方この間、西側はウクライナに武器を供与し、政府機能と戦費を賄うための現金を送って、対ロシアの抗戦を事実上、後押してきた。同時に、戦場がウクライナ領外へ広がらないよう、慎重に監視してもきた。
つまり、西側はこの戦争が始まったときから、すでに間接的な当事者であり、また管理者でもあるのだ。
領土と主権の一方的な侵害は、いかなる事情があっても許されない。戦争犯罪は未来永劫に断罪されるべき蛮行と言うべきだろう。
けれど最後は、リアルな現実が帰趨を決めるのが戦争である。ウクライナ経済は半ば破綻している(本連載第13回参照)。ウクライナは長くは持ち堪えられないだろう。それに、ロシアが時にほのめかす戦術核使用の脅威にさらされて、リスクを管理する西側による援護は慎重にならざるを得ない。
何よりもアメリカに、ウクライナと心中するほどの覚悟があるとは思えない。おそらく多くのEU諸国にとっても、本当は厄介な問題でしかないのだろう。
要するに、最後に打ちひしがれ、捨て石になるのはウクライナの人々に他ならない。
そうであるならば、もっとも優先すべきは、この戦争を早く終わらせること。ゼレンスキー大統領にもはやそれを期待できないとすれば、それこそが西側リーダーたちの役目であるはずだ。
第一に、ロシアによる攻撃を止めること。
第二に、ウクライナへの兵器の供与を止めること。
まずはそこからだ。この冬、真価を問われるのは、日本を含む西側による外交と叡智である。
ウクライナ停戦、西側リーダーの力量に懸かる |
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【ロシア・ウクライナ戦争(20)】経済制裁では戦争は終わらない
公開日:
(ワールド)
岸田首相(左)とバイデン米大統領(2022年5月)=Reuters
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を復刻。
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