早くも旧聞になる。
昨年末の12月21日、ウクライナのゼレンスキー大統領がワシントンを電撃訪問したその日、ロシアのメドヴェージェフ前大統領(現安全保障会議副議長、与党「統一ロシア」党首)が北京を訪れ、習近平国家主席と会見した。
バイデン大統領は、ウクライナに地対空ミサイルシステム“パトリオット”一基の供与を含む18億5千万ドル支援(約2400億円)のビッグな“クリスマス・プレゼント”を約束した。
他方、習近平国家主席は、現下の戦争について、対話による解決が重要だとの従来の立場を崩さなかった。
ロシアにとり、事前の前触れなしにおこなわれたこの会談が、太平洋の向こうでおこなわれたもうひとつの首脳会談に当てた「政治ショー」であったことは明らかだ。中国の立場が変わらないことなど事前に承知していたにちがいない。
私が注目したのは、中国側がロシアに対して示した「礼節」だ。
プーチン大統領は、自らのいわば「名代」として、メドヴェージェフ前大統領を北京へ派遣している。そして、これに応えて中国は、いまや力関係の逆転が明白になったロシアの前大統領を、国家主席自らが立って北京の釣魚台国賓館で迎えている。
思い起されるのは10年前。
2013年3月14日、習は午前に開催された第12期全国人民代表大会で中国の新しい国家主席に就任するや、プーチンと電話会談をおこなって「史上もっとも友好的な中ロ関係の構築」を約束し合うと、翌週モスクワへ飛んだ。
そして、プーチンは習をクレムリン宮殿の騎馬儀じょう隊で迎えると、「タヴァ―リシチ(同志)!」と声も高らかに呼びかけて、ふたりの格別な盟友ぶりを世界に示したのだった。
昨年2月24日、プーチン大統領は、専制的権力者としての自らの限りある政治余命を考えて、ロシアから離反していくウクライナを欧米の影響下から取り戻すことを急ぎ、ウクライナに侵攻した。
だが、短期間で終わるはずだった作戦は、未だ終結への出口を見ない。
いま、一年後に大統領選挙を控え、クレムリンの主はいったい何を思うだろう?彼は正義を誤り、兄弟国を侵略した。もはやこの軍事作戦の勝利のみが、彼の政治的立場を救い得る。時折、テレビに映る表情に、追い詰められた独裁者の苦衷が滲むとみるのは私だけではないはずだ。
習近平国家主席は、自らメドヴェージェフ前大統領と会見することで、同じ専制的権力者としてプーチン大統領と結んだ長い誼(よしみ)に最大限応えたとみるべきだろう。
ところで、メドヴェージェフ氏は、プーチンから習に宛てた「親書」を携えていたという。
むろん、その中味は不明だ。
だが最後に、こう記してあったかもしれない。
「タヴァーリシチ・シー(習同志)、彼を宜しく頼む」
メドベージェフ派遣に示した習主席の「同志」への礼節 |
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【ロシア・ウクライナ戦争(22)】10年前の3月には主席就任直後の習氏がモスクワ訪問、プーチン氏は「同志」と呼んだ
公開日:
(ワールド)
習・メドベージェフ会談(2022年12月21日北京)=Reuters
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を復刻。
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