ロシアの息の根を止めるにはどうしたらいいか?
バイデン大統領が急遽、サウジアラビアを訪問。GCC(湾岸協力会議)諸国首脳に対して原油増産の必要性を訴えたという。
結果がどうだったか?いまのところ、そこは定かでない。
現下の原油高が、ロシアにとり強い追い風となっていることは言うまでもない。
だが、逆もまた然りだ。私はその落差のスケールを肌で経験している。
私がロシアトヨタ社長をしていた2004年から2008年まで、油価(ブレント原油)は40ドル/バレルほどからいっとき140ドル/バレル超へ、まるで急な斜面を駆け上がるように急騰した。
この間、トヨタ車の販売は年間4万6000台から20万5000台へ5倍ちかくに増えた。現地メディアは、トヨタの躍進を「オイルロケット」と呼んだ。
ところが、油価は2008年7月にピークアウトする。そこへ9月にリーマンショックが襲って、油価は下落へ転じ、ルーブルもいっきに売られた。その冬、ロシアは不況のどん底へ沈んだ。
明けた2009年、ショックの痛みがロシア全土に重く垂れ込めて、ニュース番組のアナウンサーたちは、「こんにちは!ロシアは世界金融危機に襲われています」というフレーズを合言葉にしていた。トヨタ車の年間販売は前年の3分の1ちかい7万8000台にまで激減した。市場は崩落し、会社は債務超過に陥った。
2022年2月、ロシア軍は、まるで油価がピークを打つまえを見計らったかのように、ウクライナへ侵攻した。
主要国がアフターコロナへ向かい、エネルギー需給が逼迫するなかで、ロシアをめぐる地政学リスクが原油の先物価格を押し上げた。最近では、EUがエネルギー資源輸入の脱ロシア依存に動きだしたことで、上昇圧力はいっそう高まっている。
鍵を握るのはOPEC(石油輸出国機構)だ。
30年前のソ連崩壊時、供給増による油価の下落がソ連財政への一撃となった。その背景にサウジアラビアによる大幅な増産があったと、D.ヤーギンは『石油の世紀』で書いている。
だがいま、OPECは値崩れをおそれて増産へ動こうとはしない。2年前のマイナス油価ショックはいまだ記憶に新しい。
それに、そもそもOPECは、ロシアに対する制裁そのものに与していないのだ。
他方、プーチン大統領は制裁の炎の中にありながら、そうしたバイデン大統領の動きを睨みつつ、ウクライナを執拗に締め上げる手をやすめない。
だがしかし、原油高は永遠ではない。油価はいずれ下がるだろう。それはロシア経済への決定打となるにちがいない。プーチン大統領は、油価がピークアウトするまえに「特別軍事作戦」の決着を急ごうとしているように見える。
プーチンは油価が天井つける前の停戦急ぐ |
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【ロシア・ウクライナ戦争(7)】トヨタ・ロシアでは油価連動のロシア経済を身をもって体験
公開日:
(ワールド)
プーチン大統領=Reuters
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を復刻。
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