9月末、ウクライナ中銀のシェフチェンコ総裁が突然、辞表を提出した。
同氏は2020年7月から総裁を務めていた。戦時経済の安定に力尽きたのだろう。
今年4-6月のGDP(国内総生産)は、昨年比で37.2%減少した。
この数字は、「破綻」というにほぼ等しい。何とか回っているのは商業、飲食、ホテルといったサービス産業ぐらいで、東部や南部に集中する経済の屋台骨は崩壊している。欧州最大のザポロジエ原発が停止していても、電力が不足することのない現実がそこにはある。
ロシアがウクライナに侵攻して以来、西側は今年の上期だけで総額123億ドルの金融支援を実行した(日本の資金も含まれる)。下期には、さらに180億ドルの支援が予定されている。
それを、政府の維持(ゼレンスキー・チームの給与を含む)、戦費、兵器の輸入などに優先的に当ててきた。国民のあいだでは、給料の遅延が広がっているにちがいない。
それでも、財政赤字は毎月50億ドルに上るという。中銀は紙幣を印刷し、その結果フリブナの為替レートは急落し、民間債務はデフォルトを起している(公的債務の返済は猶予されている)。国連とトルコの仲介で再開された穀物輸出は、毎月せいぜい10億ドル程度にすぎない。8月のインフレ率は23.8%に達した。
「僕たちにはもう失う物はありません。ロシアと戦うだけです」
友人のひとりは、メールでこう伝えてきた。
そもそもウクライナは、東部と西部、中部、南部で、歴史、民族、宗教、文化の背景、産業の分布が異なる国として独立した。30年前にはじめてこの国を訪れた時、私はその多様性に富んだ国土に可能性を見出して、将来は東西ヨーロッパの架け橋にもなり得ると期待した。
だが、裏返して言えば、それは国民国家(ネーションステート)としての一体性を欠くことを意味してもいた。愚かにも、ウクライナの人々はそのような構造的な脆さに突き動かされて、30年後のこの国のもっとも不幸な現在を決めてしまったように思う。
そして皮肉にも、いまやロシアとの戦いだけが、国民の心をひとつにまとめる支柱になった観がある。
ゼレンスキー大統領は、もはやこの戦争を止められない。「停戦」など口にしようものなら、ナショナリストの突き上げを喰らうだろうから。そして、もっと武器を送れ、と声高に繰り返す。ロシアとの戦いに勝利するために。
この戦争がプーチン政権による侵略戦争である限り、非はロシア側にあることは明らかだ。プーチン大統領が犯した罪は糾弾されねばならない。
けれども同時に、私たちは冷静さを取り戻す必要がある。
爆破されたクリミア大橋の看板を背に若いカップルが笑顔で写真を撮っていた昨日から一転して、キーフの街は今日、ロシアによる報復のミサイル攻撃にさらされている。西側は兵器を送る前に、この愚かな戦争を止めさせるべきではないか。悲惨な戦争とその廃墟を経験した日本は、むしろその先頭に立つべきではないかと思う。
報復が報復を生む ウクライナ経済は破綻状態 |
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【ロシア・ウクライナ戦争(13)】愚かな戦争を止める冷静さを
公開日:
(ワールド)
Reuters
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を刊行予定。
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