冬がそこまで来ている。
モスクワ滞在中は、上空に灰色の雲が立ち込めて、ときどき小雨が降った。郊外から初雪の報せもあった。
ロシアは冬を味方にしてきた。ナポレオンのモスクワ遠征時も、ナチスとのスターリングラード攻防戦も、ロシアが最後に持ち堪えることができたのは厳しい冬のおかげだった。
ロシアは冬の戦い方を熟知している。すでにウクライナの電力インフラの30%以上を破壊(許しがたい行為である)する一方、ヨーロッパに対しては、トルコ経由で東欧へガスを供給する構えを見せて、EU(欧州連合)の堅い結束を揺さぶらんとしている。
そのうえ、ロシア人は我慢強い。
帰国間際、ホテルの玄関で空を見上げながら、ふと思った。
ロシアは戦術核で西側を脅しつつ、ウクライナが蛾を使った生物兵器を使おうとしているだの、チェルノブイリで「汚い爆弾」を開発しているから調査せよだのと、見え透いたプロパガンダを放って難癖をつけては西側の手を煩わせる。
が、これは要するに、時間稼ぎをしつつ「冬将軍」を待っている、ということではないのか。
9月に潮目は変わった。ウクライナ軍は勢いを得て反転攻勢に出て、対するロシア軍は形勢一転、守りに入る。
はたして、どういう冬が訪れるか?
私はウクライナがロシアから独立した翌年の1992年に半年間、独立直後の同国の実情を視察した。また96年から3年間、在キーウ日本大使館の専門調査員として現地の課題を調査した。
本連載の第13回で書いたように、ウクライナ経済は破たん状態に近い。欧米からの現金注入で、かろうじて政府機能が維持されているのが実情だ。戦費は言うまでもない。武器の供与もまた然り。2月のロシア軍によるウクライナ侵攻ではじまったこの戦争が、いまやウクライナを戦場とするロシアとアメリカの代理戦争と化していることは明らかだ。
ロシア側に、「併合」を宣言した東・南部4州(ドネツク、ルハンスク、ザポリージャ、ヘルソン)を手放すつもりはないだろう。そして、その限りで制裁はつづく。
かたやウクライナは、皮肉にもロシアの侵略に抵抗する一点で、独立後30年間ではじめて国民がひとつにまとまった。ゼレンスキー大統領が4州を奪還できないまま停戦に向おうものなら、反ロシアの民族主義者たちが許さないだろう。政権は崩壊の危機に直面するかもしれない。
むろん、ロシアの暴挙は許しがたい。
だが、不毛な戦争は止めなければならない。もし停戦のチャンスがあるとすれば、もうすぐ本格化する冬の到来だ。凍てつく寒さで兵士は機動的な展開を妨げられるし、武器の機能も低下するだろう。冬場の3カ月間は、戦火を鎮めるための文字通り「凍結」期間になるはずだ。
冷静な政治リーダーならば、それをわかっていると期待したい。
冬将軍は戦況を変えるのか |
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【ロシア・ウクライナ戦争(17)】厳しい冬が停戦のチャンスかも
公開日:
(ワールド)
モスクワ=撮影・西谷
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西谷 公明(エコノミスト 元在ウクライナ日本大使館専門調査員)
1953年生、長銀総研を経て1996年在ウクライナ日本大使館専門調査員。2004ー09年トヨタロシア社長。2018年N&Rアソシエイツ設立し、代表。著書に『ユーラシア・ダイナミズム』『ロシアトヨタ戦記』など。岩波書店の月刊世界の臨時増刊「ウクライナ侵略戦争」で「続・誰にウクライナが救えるか」(2022年4月14日刊)を執筆。2023年1月に『ウクライナ 通貨誕生-独立の命運をかけた闘い』(岩波現代文庫)を復刻。
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