1月5日~12日の5年ぶりの北朝鮮労働党大会、14日の軍事パレードで金正恩は核兵器・ミサイルへの執着を示した。
金正恩「総書記」就任に習近平主席は祝電を送り、連携の姿勢を示した。バイデン新大統領はすぐには北朝鮮に取り組めないだろうが、かつてブリンケン次期国務長官は北朝鮮との「中間合意」締結案に言及しており、米国が金正恩といかなる合意を目指すことになるのか注目される。その際日本はどうすべきか。
▼金正恩は核ミサイル強硬路線,北朝鮮から譲歩するつもりはなし
金正恩は、米朝首脳会談(2018年6月、19年2月)で、核兵器を完全に手放さず(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)に合意することを拒否)、核・長距離ミサイル実験モラトリアム,寧辺の核施設の廃棄,ロケット・エンジン実験施設撤去と引き換えに米韓軍事訓練中止、経済制裁の大幅解除を求めた。
トランプ大統領はこれを拒否し、会談は決裂した。
国連制裁は継続されている(一部制裁破りはあるが)。そのため北朝鮮経済はコロナ・ウイルスによる国境閉鎖もあり、大きな打撃を受けている。
国連制裁で銀行のチャネルが全く利用できず,船舶の寄港もままならず、ロシアの金融・ビジネスは北朝鮮と関わりたくないという態度だとマッツェゴラ駐北朝鮮ロシア大使はインタビューで嘆いた(2018年7月)。
北朝鮮の対外貿易総額の壊滅的落ち込みは中国でも報じられている(『世界知識』2020年No22)。2019年は2013年の約4割まで,更に2020年は2019年の約3割まで落ち込んだ。
今回の党大会報告が1月初旬という厳寒の時期に開かれたのは、経済制裁解除を狙って、バイデン新政権発足直前にメッセージを送るためと解釈できる(5年前の党大会は5月に開催)。
党大会で金正恩は9時間もの報告をしたとされ、その概要が公表された(5年前の党大会では報告全文公表)。(以下,北朝鮮『労働新聞』のサイト掲載文から引用する。)
金正恩は、次のように発言し,核、ミサイルへの固執を示した。「中距離及び大陸間ミサイル『火星』,水中及び地上発射ミサイル『北極星』が相次いで誕生し,我が国の核国家の地位を更に明確にした」「いかなる脅威にも対応できる強大な戦略抑止力を増強した」「第7回党大会の後,核武力建設の大事業を完成した」「世界一流の核強国,軍事強国になった」
また金正恩は、新兵器開発をアピールした。それは多弾頭型の大陸弾道弾ミサイル(ICBM)(研究は最終段階)、短距離戦術核ミサイル、固体燃料ICBM(燃料注入がないため発射事前察知困難)、高速・変則的軌道の迎撃不可能な「極超音速滑空ミサイル」、潜水艦発射型核兵器(10~12発のSLBM搭載可能との見方あり)、原子力潜水艦(設計関連研究は終わり最終審査段階)、軍事偵察衛星。
もっともこれらの開発はいずれも数年はかかり、実験など外から見て分かる動きが出て来る筈だ。
金正恩は、米朝首脳会談について「労働党中央は自主の立場を堅持し,新型の朝米関係をつくる共同宣言を出した」「世界政治史上,特記すべき出来事だった」「我が国の国際地位は飛躍的に向上した」と自己称賛し,否定的な評価はしなかった。
また韓国に対して,「以前のように我が方(北朝鮮)が一方的に南朝鮮に対して好意を示す必要はない」「まず南側が我が方の正当な要求を受け入れ,北南合意を履行するかどうかを見てから,相応する措置をとる」と述べた。
軍事パレードで新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星5」が登場した。本物か模型か等詳細は不明だ。
短距離戦術ミサイル(射程1000km以下)も登場した。そのうち3種は既に発射実験が済んでいる。米国が付けたコードネームKN-23(変則的な軌道で飛行するロシアのイスカンデルに類似)、KN-24(米国の地対地ミサイルATACMSに類似)、KN-25(多連装ロケットシステム、MLRS)だ。
北朝鮮は2017年11月にICBM「火星15号」(射程1万kmを超える可能性あり)の発射を最後に、長距離ミサイル発射テストはしていない。
しかし、短距離ミサイル発射テストは2019年(20発以上)も2020年(10発程度)も継続した。2019年10月にはSLBM「北極星3」の水中からの発射実験を行った。
つまりICBMの発射実験はしていないが、ミサイル技術の高度化の努力は怠っていない。
2020年10月の軍事パレードで新型ICBMを登場させ、米国にプレッシャーをかけた。
▼金正恩「総書記」に習近平主席は祝電
金正恩は党大会報告で中国との関係について、「友好」、「運命共同体」と形容し、「朝中首脳の5回の会談を通じて戦略的意思疎通と理解を深化させ、両党間の同志的信任を増進させ、朝中関係の強化・発展を保証した」と述べた。
習近平主席は金正恩の「総書記」就任に祝電を送り、金正恩はそれに返礼の電報を返した(北朝鮮『労働新聞』サイトに掲載)。
中国の新聞『環球時報』は、「総書記」就任、軍事パレード、軍事政策を淡々と事実関係のみ報道し、論評は加えていない。
中国は総じて党大会での金正恩の言動を了承する姿勢だ。
中国の対北朝鮮政策はどのようなものか?ロシアの中国ウォッチャーの見方を紹介する。
・中国も朝鮮半島の非核化を目指すと口では言うが、中国の最大の狙いは米韓共同軍事演習停止、韓国からの米軍撤退など米韓同盟の弱体化。
・朝鮮半島情勢不安定化や北朝鮮の核武装が、「核のドミノ」を引き起こすことには懸念。
・中国は2018年前半は北朝鮮への経済制裁を実施していた。
・しかし、中国は、米との貿易紛争、台湾に関する対立、北朝鮮が中国抜きで米国と話すことは望んでおらず、2018年の中朝首脳交流(3月、5月、6月)を通じて北朝鮮との関係を強化し米国の北朝鮮政策への協力を止めた。
・中国は2018年後半から経済制裁を緩和し、物資を北朝鮮に送るようになった。現在は、制裁緩和が中国の政策である。
このように中朝関係は、金正恩の指示によると見られる金正南(金正恩の叔父、中国が保護していた)の暗殺(2017年2月)、北朝鮮のICBM発射(同年後半に4回)と「水爆」実験(同年9月)などで緊張していたが、その後修復され、今や両国は協調関係にあると言える。
▼ロシアは北朝鮮問題への発言権を確保すべく中国の立場に同調
ロシアにとり北朝鮮の非核化は、孤立した問題ではなく、北東アジア地域の平和と安全保障のシステム構築という課題の最重要の部分である(マッツェゴラ駐北朝鮮ロシア大使のインタビューでの発言、2019年2月9日)。
要するに北朝鮮が非核化をするのならば、この地域の米国および同盟国の核戦力その他の軍事力も議論すべきということだ。
ロシアは6者協議などで関与すべく、中国の立場に同調し、2017年7月には「朝鮮半島に関する中露共同声明」を出した。そこでは、ミサイル防衛システムTHAADの韓国配備は朝鮮半島非核化にも有害と主張した。
他方、金正恩は、制裁解除と経済協力でロシアの協力は得たいが、朝鮮半島の平和と安全の問題にロシアを巻き込むつもりはない。そのため金正恩がプーチン大統領と面会したのも、2019年4月になってからと遅かった。
2020年9月、ラヴロフ外相は、韓国の通信社のインタビューで北朝鮮核問題について中露共同の立場を次の通り説明した(ロシア外務省ウェブサイトから)。
・長年の問題を自分達(=米国、北朝鮮、韓国)だけで一挙に解決しようとすべきではない。
・2017年7月、露中の外務省は共同声明を出し、朝鮮半島の問題の解決のための「行程表」を提示した。米韓朝日4カ国はこの案に乗らなかったが、その後数年の展開は、多くの点で露中共同提案に沿っていた。それは第1に、北朝鮮が核実験とミサイル発射をやめ、米韓は大規模軍事演習をやめることで軍事緊張を低減させる、第2に、米朝、南北朝鮮の関係正常化、第3に、朝鮮半島の諸問題を全体として多国間で解決することである。
・この論理に立脚し2019年に「行動計画」を策定した。そこでは軍事、政治、経済、人文の4つの基本的な次元で、各国が共同の歩みをとる。諸措置は相互に並行して実現され、我々は一緒に前進する。
・国連安保理制裁は、北朝鮮の核実験・長距離ミサイル発射後に導入された。
・2018年金正恩は非核化の意向を表明し、核実験と長距離ミサイル発射のモラトリアムを発表した。従って我々は平壌に対し建設的歩みを示すべき。制裁の逐次緩和を行うべき。
・中国と共同して、また米国、韓国。北朝鮮の意見も考慮し、「行動計画」を改訂して、関係国に2019年末に配布した。
ラヴロフ外相が説明する中露の立場は、金正恩の「“行動対行動”の原則に従う」、「一歩ずつ段階的に進んでいけば最終的に全容が見えてくる」(ボルトン前・米国国家安全保障問題担当補佐官の回顧録に書いてある)との主張を支持するものだ。
米朝関係が緊張していた2018年4月、中国魏鳳和国防相(前月の3月に国防相就任)は初の外遊でロシアを訪問し、ショイグ国防相と会談した。軍の間でも北朝鮮に関する協力強化が図られた。
中露は核実験・ICBM発射実験再開は思いとどまるように北朝鮮に言っていると見られる。しかしそれらが再開される可能性は否定しきれない。
▼米国新政権はどう出る?
バイデン新大統領は、トランプのように金正恩に会うことは直ぐにはしないとの意向だ。
オバマ政権は北朝鮮に対して「戦略的忍耐」とよばれる対応であったが、これは結局北朝鮮の核・ミサイル開発の進展を許したと批判されている。
米朝関係ですぐに動きは出てこないかもしれないが、動くとすればどのような方向にだろうか?
ブリンケン次期国務長官は北朝鮮について、できそうもない非核化(少なくとも近い将来に)を追い求めるのではなく、軍備管理に尽力すべきだ、「中間合意」にもメリットがあるとの考えを表明した(2018年、『ニューヨーク・タイムズ』など)。
米朝首脳会談決裂後、『ファイナンシャル・タイムズ』は、完全な非核化ではなくても部分的非核化を約束させ、それに対し部分的な制裁解除する案を探求すべきと主張した。これは韓国も歓迎するだろう。
米国はICBMと核弾頭に関心を集中させているが、日本に届く短距離ミサイルの問題を置き去りにしてはならない。
核・ミサイル施設の破壊、解体には経費もかかり、その分担の問題もでてくる。
北朝鮮を中国が支援し、ロシアも連携する。中国は、対米関係と対北朝鮮関係の双方をにらんでいる。中露は米国との核ミサイル問題も絡ませている。米、日、韓も含め、それぞれの関係の連立方程式を解いていく必要がある。
(最近の北朝鮮をとりまく外交・軍事的動き)
2017年
7月4日 「朝鮮半島に関する中ロ共同声明」
9月 北朝鮮「水爆」実験(推定出力は巨大,水爆だった可能性も否定できない。その後核実験なし)
この年の後半 北朝鮮,4回のICBM発射(その後ICBM発射なし)
2018年
3月25日~28日 金正恩訪中
4月27日 南北首脳会談,「板門店共同宣言」
5月7~8日 金正恩訪中(大連)
6月12日 米朝首脳会談(シンガポール)
6月16日 金正恩訪中
(この年は弾道ミサイル発射なし)
2019年
1月7~8日 金正恩訪中
2月 米朝首脳会談(ベトナム)
4月 金正恩、ロシア訪問。プーチン大統領と初の会談(ウラジオストク)
6月 習近平主席、北朝鮮訪問(主席として初)
(この年は短距離ミサイル(20発以上)とSLBM(1発)発射を行った)
2020年
6月 北朝鮮,南北の共同連絡事務所(開城)を爆破
(この年は短距離ミサイル(10発程度)発射を行った)
(参考文献)
ジョン・ボルトン『ジョン・ボルトン回顧録――トランプ大統領との453日』朝日新聞出版,2020年
К.В.Асмолов、 «Взаймоотнощения в китайско-корейском «треугольнике»»、 ПроБлема Дальнего востока (アスモロフ、「中国・朝鮮/韓国『三角形』の相互関係」、『極東の諸問題』)2019年No2
強硬路線の金正恩――バイデン大統領はどう臨む? |
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【世界を読み解く】「総書記」に中国が祝電 同調するロシア
公開日:
(ワールド)
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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