英も5月に最新鋭空母「クイーン・エリザベス」を含む空母打撃軍を、独も8月にフリゲート艦を極東に送る予定だ。ドイツ軍艦が南シナ海を通過すれば、それは2002年以来19年ぶりだ。
欧州諸国の活動は海洋法秩序が深刻な挑戦にさらされていると懸念し、米、豪とも協力して共同対処を決めたことによる。

昨年9月、仏英独は、中国の南シナ海についての主張と活動は国連海洋法条約違反であるとの共同の立場を文書(口上書)で国連に提出した。その立場から、軍艦派遣で中国の主張への反対を行動で示している。
国連海洋法条約(UNCLOS)は、1982年に採択され1994年に発効した、中国を含め世界の168カ国が参加する海の秩序を定める基本的な条約(「海の憲法」とも言われる)である。
本稿では特にフランスの立場を、パルリ軍事大臣の発言などから読み解きたい。
▼軍艦派遣により航行の自由と国際法へのコミットを示す
パルリ仏軍事大臣は、2月9日、自身のツィッターで、フランス攻撃型原子力潜水艦「エメロード」と支援船「セーヌ」が昨年9月以来インド太平洋で活動しており、南シナ海も航行したと発表した。「エメロード」は昨年12月、沖ノ鳥島周辺で日米仏3カ国で対潜戦訓練も行った。
仏フリゲート艦「プレリアル」は本年2月~3月に日本近海で、北朝鮮籍船舶の「瀬取り」(洋上での船から船への船荷の積み替え)への警戒監視活動、日米との海上共同訓練を行った。
また同大臣は、インタビューで、南シナ海情勢への認識とフランス政府の立場を説明した(2月18日付け『フィガロ』紙「中国近辺の海の地域紛争は現実のものだ」と題する記事)。
同記事は、「(南シナ海の)島々の主権をめぐる論争に鑑みれば、地域紛争のリスクは現実のものだ。フランスはどちらかの方につくということはしない。しかし私達は、私達のプレゼンスにより、航行の自由と国際法にコミットしていることを示したいと考えている」と説明した。
フランス軍がなぜ行動範囲を広げる必要があるのかと問われて、同大臣は、フランスの海外領土(フランス本土以外に世界各地に持つ)がインド太平洋地域に多く存在していることを説明した。「約200万人がこの地域に住む」「フランスのEEZ(排他的経済水域)の面積は約1100万平方kmだが、その内約900万平方kmがインド太平洋地域にある」
フランスはインド太平洋にニューカレドニア、仏領ポリネシアなどの海外領土を保有する。海外領土がもつEEZを含めれば、フランスのEEZの広さは米国に次いで世界第2位である。したがってEEZを含め現在の海洋法秩序の基礎となる国連海洋法条約が機能することに、フランスは大きな意義を見いだしている。
▼中国の反発
フランス軍の動きに対して中国は反発している。
2月9日、中国外交部汪文斌報道官は、フランス軍艦の南シナ海航行について問われ、「南シナ海の航行と飛行の自由には何の問題も存在しない。中国は各国が国際法に従い、南シナ海で航行と飛行の自由を一貫して尊重する。しかしどの国家も『航行の自由』の名の下に、中国の主権と安全に危害を与え、地域の平和と安寧を破壊することに反対する」と発言した。
3月1日、中国国防部報道担当部局は、仏海軍艦艇の南シナ海の「自由航行」任務と英国海軍艦艇が将来南シナ海で活動する件について、「現在南シナ海は全体として安定しており、地域の諸国は南シナ海を平和の海、友好の海、協力の海にするために努力している。南シナ海を平和で安定させることの中国の決意はゆるぎない。いかなる国家も『航行の自由』の名の下に、南シナ海での軍事的プレゼンスを増大させ、緊張させ、地域の事項に手を突っ込み、地域の諸国の共同の利益を害することに強く反対する。我々は、関係国が南シナ海の平和と安定の維持に建設的な貢献をし、南シナ海情勢を悪化させるように挑発的行動をとらないことを希望する」と回答した。
3月3日、汪文斌報道官は、今度はドイツ軍艦の南シナ海航行予定について問われ、2月9日とおおむね同じ内容の発言を繰り返した。
以上は公式な反応だが、中国のメディアの反応を見てみよう。『環球時報』は、欧州諸国の軍艦が南シナ海を航行する件について報じ(2月22日付、3月4日付)、米国と連携して欧州の軍艦がプレゼンスを示すことに不快感をにじませた。
『環球時報』がより大きな紙面を割いたのは、南シナ海における米軍の活動に対する非難である(2月25日付、3月11日付、3月12日付)。その中で、航行の自由も、航行安全、反テロ、不拡散、海洋環境保護、持続可能な発展、発展途上国の国家利益など「新しい国際法の理念」による制約を受けると主張している。
それ以外に、2月22日付の『チャイナ・デイリー』紙(中国当局の英語新聞)は「フランス軍に南シナ海での居場所はない」と題する論評記事を掲載した。執筆者はモスクワ在住のコリブコ氏で、同人はロシア当局系(軍情報部と関係ありとの指摘もある)のメディアにしばしば投稿している人物である。中国が国連海洋法条約に違反しているとの指摘があることには言及せず、ひたすらフランス、米、英の行動を非難している。
中国は航行の自由に「何の問題もない」とは言っているが、いろいろと問題をつくっているのが現実である。
▼南シナ海をめぐる仏独英の共同の立場
中国は南シナ海全体に「9段線」とよばれる「U」字型の線を一方的に描いて、「歴史的権利」を有すると主張している。最近では2009年に中国が大陸棚限界委員会に提出した文書に添付された地図に「9段線」が描かれており、これが「9段線」が公式に国際舞台に登場した最初だと言われている。ただし「9段線」がいったい何を意味するのかは曖昧なままである。中国は南シナ海の島の領有権について周辺諸国と紛争があることに加え、領海、EEZの設定の仕方がおかしい(基準線の設定など)と批判されてもいる。中国はその主張が国連海洋法条約に合致していることを説明できていない。
2013年1月、フィリピンは国連海洋法条約に基づき仲裁手続きを開始し、中国の主張を無効だと主張した。2016年7月にハーグの常設仲裁裁判所の判断が示された。フィリピン側は15の申し立てをしたので、その全てについてここで説明はしないが、重要な判断として「9段線」海域への「歴史的権利」の主張は国連海洋法条約に反し法的効果を持たないとの判断がある。またスプラトリー諸「島」にはEEZや大陸棚を持ちうる島嶼は存在しないとの判断も示された。
仲裁裁判所の判断は、係争の島の領有権争いを決着させたものではない。しかしそれでも「歴史的権利」の主張は否定され、また南シナ海の係争海域の大半は公海あるいはフィリピンのEEZであるとされた。
中国はこの判断は無効であり受け入れないとの立場を表明したが、仲裁裁判の結果は最終的なものである。国際社会はこの判断を基にして、紛争への外交的取り組みを一層強化することができる。
2019年8月、仏英独3国は南シナ海に関する共同の立場をプレスリリースで発表した。2016年の国際仲裁裁判所の判断に言及し、国連海洋法条約の遵守を求めた。
2019年12月から中国及びマレイシアなど周辺諸国との間で大陸棚をめぐりその立場の表明が文書(口上書)でなされた。
これに対し米、豪も口上書で南シナ海に関して次の立場を表明した(2020年6月と7月)。2016年の国際仲裁裁判所の判断が尊重されるべきと主張し、また中国の「歴史的権利」、南シナ海の中国領土とされる島(礁)々を結んだ線を領海・EEZの起点とするやり方、島でないものを島扱いすることなどを、国際法違反だと指摘した。
2020年9月、仏英独3国は、南シナ海に関する共同の立場を表明した文書(口上書)を国連に提出し、次を指摘した。
―国連海洋法条約が認めるとおり、南シナ海を含め、公海での航行の自由と公海上空の飛行の自由、そして(領海での)無害通航権が重要である。
―国連海洋法条約第4部(群島国)の規定は、群島にのみ適用される。大陸国はこの規定を利用できる法的根拠はない。(中国が島(礁)々を結んだ線を領海・EEZの起点としようとしているが、それはできない、との指摘。)
―島に関する規定は、自然にできた島に適用されるのであり、人工的に島を作っても国連海洋法条約での扱いを変更するものではない。(つまり自然の島でないものは、いくら人工的に島のようにしても島扱いできない。)
―2016年の国際仲裁裁判所の判断に言及し、南シナ海で「歴史的権利」なるものは国際法、国連海洋法条約に適合しない。
―南シナ海での全ての争いは、国連海洋法条約の原則に従って平和的に解決されるべき。
▼フランスはインド太平洋戦略を遂行し、EU全体にも広げる
2014年1月、第1回日仏外務・防衛大臣会合(「2+2」)が開催されており、毎回国連海洋法条約を含む国際法の遵守の重要性が確認されている。
2017年、フランスの練習艦隊「ジャンヌダルク」が日本に寄港した。仏英米日の4カ国共同訓練(ARC17)を日本周辺などで初めて実施した。フランスは南シナ海において、2017年に少なくとも5回軍艦を航行させた。
2018年、フランスは「フランスとインド太平洋の安全保障」という文書を公表した。その序文でパルリ軍事大臣は、北朝鮮の問題や国連海洋法条約の遵守をめぐって緊張などがあるインド太平洋において、国連安保理事会常任理事国、EUとNATOのメンバー、そしてインド太平洋に領土を有するフランスとして、役割を果たしていくと述べた。
パルリ大臣は、この地域におけるフランスのパートナーとして、インド、豪、米、日本、さらにマレイシア、シンガポール、NZ、インドネシア、ベトナムを挙げた。
2018年2月にはフリゲート艦「ヴァンデミエール」が日本の関東南方海域で海上自衛隊と共同訓練を行い、東京港に寄港した(フランス海軍艦艇の訪日は1961以降63回目)。仏は英軍艦とも共同の活動を行った。
2019年1月の日仏外務・防衛閣僚会合(2+2)では、南シナ海及び東シナ海への状況への懸念を表明し、国連海洋法条約に規定さる海洋秩序維持へのコミットメントを再確認した。
2019年4月にはフリゲート艦「ヴェンデミエール」が北朝鮮籍船舶の「瀬取り」の監視に従事し、また九州西方海空域で海上自衛隊と共同訓練を実施した。同艦は台湾海峡を通航し、これに対し、中国は「中国領海を侵犯した」として抗議した。
2019年5月、インド洋スマトラ島西方海空域で日仏米豪海軍共同訓練「ラ・ペルーズ」を行った。フランスは原子力空母「シャルル・ド・ゴール」、ミサイル駆逐艦「フォルバン」、フリゲート艦「プロヴァンス」及び「ラトゥーシュ・トレヴィル」、補給艦「マルヌ」が参加した。
2019年9月、日仏は第1回包括的海洋対話を開催した。様々な政府機関間の情報共有、連携・協力について話し合われた。EUの計画にも留意しつつ、インド太平洋地域沿岸国における能力構築のための日仏協力も検討していくこととなった。
パルリ大臣は、インタビューで、来年フランスはEU議長国になるが、EUとしての「インド太平洋戦略」を策定したいと述べた。
国連海洋法条約を南シナ海でしっかり適用させるためには、米国以外に、豪、仏英独などとの協力も必要である。そのことについて、関係国が同意し、フランスも積極的な対応を表明し行動で示している。
(参考文献)
Ministére des Armées, «La France et la Sécurité en Indo-Pacifique», 2018年6月
Florence Parly: «Le risque de conflits régionaux est réel en mer de Chine», Le Figaro, 2021年2月18日
Andrew Korybko, “French military has no place in the South China Sea“, China Daily, 2021年2月22日