12月30日、習近平とプーチンがビデオで会談した。ロシアのウクライナ侵攻について習近平は曖昧な形で懸念を表明し、交渉を通じた解決を求めているが、ロシアを非難することは避け、他方ロシアからの石油購入を増やし、結果的に西側の制裁の埋め合わせをしている。
ロシア・ウクライナ戦争勃発以来、中国人学者達がどう論じているかを分析すると、やはり中国独特の認識が見えてくる。
▼プーチンの国家観を分析する
龐大鵬・中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所副所長は、ロシアの国家観念の展開を説明し、それが、今回のロシア・ウクライナ間の衝突と密接に関係があると論じた。ロシアの国家観と、西側の価値観が対立し、そのことが衝突の重要な原因だとする。「ウクライナ危機は一つの国家の問題ではなく、冷戦後の世界の基本矛盾の展開の産物である」と主張する。
ロシアには伝統的に国家について独特な認識を持つ“国家学派”があり、それは西側とは異なる。プーチンは政権初期の2003年に“大欧州”の理念を提唱したが、それは失敗に終わったという歴史も説明する。
龐大鵬は、プーチンが“文化主権”を重視することも注目している。西側からの文化侵略、そして「カラー革命」を防ぐことが重要であり、「ウクライナ問題は文化主権の危機とロシアは見ている」。
趙会栄・中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所ウクライナ室主任も、「カラー革命」、NATO拡大へのロシアの懸念に触れ、ユーラシアの主導権を追求するロシアとグローバルな覇権を追求する米国の間にあって、ウクライナが西側陣営に加入し独立を求めることに、ロシア・ウクライナ衝突の主要矛盾があると主張する。
米国はこの衝突を「最も積極的に扇動した者」、「衝突から最大の利益を得た者」であり、ウクライナは「衝突の最大の被害者」とする。
龐大鵬も趙会栄も、プーチンの考え方を「ロシアの考え方」として説明しようとしている。プーチンが「カラー革命」を恐れているのはその通りだろう。それは中国が“和平演変”(武力によらない政権転覆)を恐れるのと共通している。しかしプーチンの考え方が、どれだけのロシア人により支持されているのかは説明していない。
▼ウクライナの国家建設の困難さから中国が引き出すべき教訓
劉顕忠・中国社会科学院ロシア東欧中央アジア研究所研究員は、ウクライナの歴史を概観し、宗教、文化、言語などが様々で、国民文化と呼べるものも形成されておらず、国としてのアイデンティティを確立することに困難があると主張している。
ウクライナにおいてロシア語、ロシア文化を圧迫・排斥し、ウクライナ化を強行したことは、「法的根拠もなく、(以前から住む)ロシア人その他の少数民族の感情を傷つけ、社会の分裂を悪化させた」と指摘する。
劉顕忠は、多民族国家においては、国家の共通語を普及させると共に、「少数民族の言語・文字も学習・使用できることを尊重・保障する」ことが必要であり、そのことは中国にとっても教訓になると結論を述べる。この結論は、結構なことである。
劉顕忠の論説を読んで読者が疑問に思うであろうことは、それではなぜ国家建設やアイデンティティ確立でいまだに苦しんでいるとされるウクライナ人が、このように団結して戦いを継続しているのかである。それは民主化という過程を通じて、ウクライナの人たちが勝ち得た一つのアイデンティティなのだろう。アイデンティティには様々な要素があり得る。
▼世界秩序への影響と中国の対応
楊潔勉・前上海国際問題研究院院長(楊潔篪前国務委員・元外交部長の弟)は、ウクライナ危機の本質は、米露間のゲーム(賭け事)との認識を述べ、その背景には米国が中国とロシアを攻撃していることがあると述べる。
ウクライナ危機は、国際秩序の根幹たる国家主権と領土の一体性の原則に関わるが、この点について楊潔勉は、ロシアがコソボの先例に言及していることを引用している。コソボがセルビアから独立した際、欧米そして日本はコソボの独立を支持したが、ロシア、中国はコソボの独立を認めていない。
この問題について、コソボに関して、西側が“保護する責任(R2P)”を唱えて、「(セルビアへの)内政不干渉という基本原則が空っぽにした」と楊潔勉は指摘する。この点で、楊潔勉はロシアの主張を支持しているかのようである。
しかしだからと言って、中国はドンバスなどの“独立”や、ロシアによるドンバスなどの併合を認めてはいない。少数民族の独立は、中国にとり扱いが極めて厄介な問題であり、何かを言えば“両刃の剣”となって自分に返ってくる。
楊潔勉は、ウクライナ危機に途上国がいかに対応するかを注目しており、中国としてこれら諸国の行動に二国間、多国間の枠組も通じて、積極的に関与し、グローバル・ガバナンス、国際システム作りに貢献していく意欲を表明している。
このように楊潔勉は、ウクライナ危機を、中国の見方である二極対立と多極化という観点で解釈し説明している。多極化という観点からは、中国は途上国への働きかけを強めていくのだろう。他方、国家主権と領土の一体性の原則については、国連憲章上の大原則を守るために、中国としてどう尽力するのかについて、明確な立場を示していないように見受けられる。
ウクライナ危機が、核拡散、気候変動、テロリズム、海賊、貿易、金融、様々な物資の供給等のグローバル・ガバナンスに悪影響を与えるとの懸念と、対応の必要性を訴える論文も発表されている。その点では協力できることもあるだろうが、中国は自国の経済発展に悪影響が及ぶことをやはり強く恐れている。
更に于遠全・当代中国世界研究院(中国のシンクタンク)院長は、中国の対応が西側から非難されていることに言及し、また徐明棋・上海国際金融経済研究院特別招聘研究員は、台湾問題と結びつける議論に警戒感を示している。
▼中央アジアなど旧ソ連諸国への波紋
鄭潔嵐・上海外国語大学ロシア東欧中央アジア学院講師は、ロシア・ウクライナ戦争が旧ソ連諸国に様々な波紋をもたらしたと指摘している。たとえば旧ソ連諸国からロシアへの出稼ぎ労働者が大量に失業した。物価上昇も経済に打撃である。「中央アジア諸国の指導者の殆どが曖昧な中立の立場をとっており、その理由は理解に難くない」と指摘する。(同じような立場をとっている中国が、中央アジアをそのように評しているのは興味深い。)
更に米国が中央アジアとの関係強化に動いていることも注目している。
中央アジア諸国などの旧ソ連諸国の「政治、経済、安全等各方面の形勢が更に複雑になり、地域が“一体化に逆行する”傾向が増大している」との認識を示し、中国としてこれらの地域の動向への懸念を持っていることを示している。その上で、「ロシア・ウクライナの和平達成を促進するよう国際社会が尽力すべき」との結論を述べる。
▼まとめ
中国は、ロシア・ウクライナ戦争を自分の“眼鏡”を通して、独特に解釈している面がある。(どこの国も、自分の立場から見ていると言えば、そうなのだが。)ロシアの実情、ウクライナの実情についての理解も、我々とは異なる面が少なからずある。
同時に様々な悪影響が中国自身に及ぶことに強い懸念も持っている。
“グローバル・ガバナンス”という言葉を使って、中国として貢献する意欲も表明している。
コロナ禍の下で世界的にコミュニケーションが途絶えがちになっているが、ロシアのウクライナ侵攻という大事件を受けて、その原因や対応などについて意識的に意見交換、認識のすり合わせをしていく必要があると言えるだろう。
(参考文献)
龐大鵬「俄羅斯国家観念対俄烏衝突的影響」(ロシアの国家観念がロシア・ウクライナの衝突に与える影響)『俄羅斯研究』2022(4)
趙会栄「烏克蘭危機的多維探源」(ウクライナ危機の多元的な源を探る)『俄羅斯東欧中亜研究』2022(4)
劉顕忠「歴史与認同砕片化:烏克蘭国家建設的困境与鏡鑑」(歴史とアイデンティティの断片化:ウクライナの国家建設の苦境と戒め)『統一戦線学研究』2022(5)
楊潔勉「烏克蘭危機下的世界秩序変局和発展中国家的使命担当」(ウクライナ危機下の世界秩序の非常事態と開発途上国の使命を負うこと)『国際問題研究』2022(4)
王戦、李永全、姜鋒、于遠全、徐明棋、紹雷「俄烏全球政治経済転型及其対中国的影響」(ロシア・ウクライナの衝突、グローバルな政治、経済の転換、そしてそれが中国に与える影響)『俄羅斯研究』2022(3)
黄宇韜「俄烏衝突対全球治理形成挑戦」(ロシア・ウクライナの衝突がグローバル・ガバナンスに挑戦をもたらす)『世界知識』2022(10)
劉貞曄「俄烏衝突下全球治面臨的問題与挑戦」(ロシア・ウクライナの衝突下でグローバル・ガバナンスに直面する問題と挑戦)『世界知識』2022(12)
鄭潔嵐「俄烏衝突対“後蘇聯空間”地縁政治格局産生深遠影響」(ロシア・ウクライナの衝突が“ポストソ連空間”の地政学に与える深遠な影響)『世界知識』2022(14)
中国の“眼鏡”を通して見たロシア・ウクライナ戦争 |
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【世界を読み解く】中国人学者 「米国の扇動」を指摘、中央アジアの不安定化を懸念
公開日:
(ワールド)
習・プーチン、オンライン会談(2022年12月30日)=Reuters
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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