• tw
  • mail

カテゴリー

 ニュースカテゴリー

  • TOP
  • 独自記事
  • コロナ
  • 統一教会
  • 政治
  • ワールド
  • マーケット
  • ビジネス
  • IT/メディア
  • ソサエティ
  • 気象/科学
  • スポーツ/芸術
  • ニュース一覧

中印国境 部分撤退合意の意味

あとで読む

【世界を読み解く】中国軍から吹く「北風」 周辺国の警戒感高める

公開日: 2021/03/05 (ワールド)

インド軍=HPから インド軍=HPから

井出 敬二 (ニュースソクラ コラムニスト)

 昨年5月以来、中国とインドはヒマラヤでの国境係争地で対峙・衝突し、にらみ合いを続けてきたが、2月10日に両軍が一部地域(インド北西部ラダック地方のパンゴン湖の地域、標高4500メートルもの高地)から撤退することが発表された。両軍の現地司令官が過去9回協議をして合意したものだ。

 今回の撤退はあくまでも係争地域の一部から。他にも軍のにらみ合いが続いている地域があり、両国間の火種はたくさん残っている。ラダック地方のデプサン高原、ホット・スプリングといった地域や、昨年6月15日、死者も出す衝突が起きたガルワン渓谷での状況も解決していない。

 今回の部分的撤退合意について、インドにとっては譲歩し過ぎたとの批判がある。一方、インドとしては中国にやり返すべく特に軍事力でがんばっているとの評価も聞こえる。

 中印衝突や南シナ海と東シナ海の状況を見渡すと、中国からの強烈な圧力を周辺国がおしなべて受けていることを感じる。インドの経験から得るべき教訓もある。
(中印国境衝突のこれまでの経緯は、拙稿「中印『実効支配線』で衝突 いまも両軍にらみあい」(ソクラ1月2日掲載)を参照願いたい。)

▼中国では人民解放軍が本件対応を仕切る

 今回の合意で、両軍はパンゴン湖での駐留状況を昨年4月以前の状況に戻すこととした。周辺の一定地域(湖には陸地から突起があり、3番突起から8番突起までの間)を緩衝地帯とし、同地帯に建設されたインフラ(中国側は道路など)を撤去し、同地帯ではパトロールもしないことになった。

 改めて印象付けられるのは、中国側は人民解放軍が主導的役割を演じているという事である。

 現地協議も両軍の現地軍(中国南疆軍区、インド第14部隊)司令官が行った。インド側では外務省の高官もこの協議に参加していたことが公表されているが、中国側では中国外交部の高官が参加していたか不明である。(外交ルートでも協議のメカニズムはあり、これが全く役割を果たしていないわけではないだろうが)

 衝突の詳細に関する情報は、人民解放軍が厳しく管理しているようだ。そして透明性がとても低い。

 衝突による中国側死者については、人民解放軍の機関紙『解放軍報』が2月19日になって初めて4名(将官1人と兵士3人、氏名も公表)と伝えた。昨年6月以来、中国外交部の記者会見で何度も中国側の犠牲者の人数が質問されたが、中国外交部にはその情報を出すことは許されていなかった。

 2月19日、中国外交部華春瑩報道官も、記者会見で中印国境衝突での死者4人を認めた。しかしパンゴン湖以外の兵力引き離し交渉について問われて、華報道官は、「国防部に聞いてほしい」と答えた。やはり実際の交渉は国防部(人民解放軍)主導なのだ。

 2月20日に、第10回の現地軍司令官間協議が開催された。そして未解決の諸問題(他の紛争地の兵力引き離し)に引き続き取り組んでいくことに合意したとの発表があった。

 2月25日、両国外相(王毅・ジャイカンシャル)が電話で会談したが、既に軍が合意した事の確認をしたとの印象である。

 中国外交部が中国の対外政策で果たす役割は、日本の外務省ほどには大きくないということは、よく言われている。それでも、中露国境交渉の歴史などを見ると、国境問題全体を妥結させる段階では中国側も外交部が前面に出ていた。

 いわば領土の“陣取り合戦”をしている最中は人民解放軍が前面に出て対応するが、国境問題そのものを決着させる(協定を結ぶ)段階には、外交部が前面に出てくるということかもしれない。

 つまり、撤退は部分的なものにすぎず、今は軍が“力”で“陣取り合戦”を仕掛けている段階ということなのかもしれない。その一方で、中国指導部は、軍事力をたのみとしており、外交力をたのみとはしていないようにも見受けられる。

▼なぜ中国は戦闘・被害の状況などを詳しく公表しないのか?

 中国は、透明性のある説明をしていない。上述の通り2月19日付け『解放軍報』は、インドとの戦闘で人民解放軍に4人の死者がでたと報じたが、相手を「インド」と名指しをせず、「外国軍」と表記した。

 (2月19日に公表したということは、やはり部分的でも兵力引き離し合意ができて、一つの節目を迎えたとの受け止めが中国側であったからであろう。逆に言えば、それまでは、節目はまだ来ておらず、戦闘もまた起きるかもしれず、更なる犠牲者が出る可能性すら念頭に置いていたのかもしれない)

 他方、中国外交部の記者会見や、中国人が見ることができるウェブ・サイトからは、インドと戦って犠牲者が出たということは明白である。

 中国外交部の記者会見などは、インドに対する批判は抑制的であり、中国人の対インド敵愾心を煽ることは避けようという意図がうかがえる。

 中国は今、豪州、英国、カナダや米国と激しく対立している。その中で、国境問題のことはあるが、インドとはこれ以上関係を悪化させたくない(そしてインドを米日豪との協力に追いやりたくない)ということなのかもしれない。

 しかしインドとの間で死者も出すほどの武力衝突をしておいて、関係を悪化させたくないというのも、理屈が合わず理解できない話ではある。インド側ではかなり対中警戒心が高まっている(詳細後述)。

 中国の行動で、理屈が合わずに理解できないのは、沖縄県尖閣諸島領海を意図的に恒常的に侵犯しておきながら日本と良い関係を築きたいとか、日本や豪州の心証をさんざん悪くしておいて、日本、豪州が加盟問題でも大きな影響力を持つTPPには参加したいなどと言う点もある。

▼大規模な軍事力の動員

 今回の中印両軍の対峙に、いかに多くの軍事力が動員されていたかは驚かされる。両軍の対峙が昨年後半ずっと続いていたが、報道によれば、双方合わせて10万人もの兵士が配置されていた。

 パンゴン湖から中国軍が撤退した際、1日で200両もの戦車と100両もの兵員輸送車両が移動したということである。そして1日で撤退する軍事力は、逆に1日で配備することもできるとの中国人専門家のコメントも掲載されている(2月15日付け『環球時報』英語版)。

▼インド側にとっての評価―対中警戒感を強め、確固たる姿勢で臨む

 インド国内では、パンゴン湖周辺でかつて占めていた場所からインドが後退することになったとの野党からの批判がある。これに対しインド政府は、中国に一切譲歩はしていないと説明している。

 当然のことだが、インド側で対中警戒感は強まっている。インドは非同盟政策をとってきており、中国との関係が悪くなっても、基本的には非同盟政策を守るだろうとの見方がある。しかし、それにしても、米国などと連携していく姿勢は今後強まっていく可能性はある。

 駐中国インド大使やインド安全保障問題顧問などの重職を歴任したメノン氏は、回想録(2016年出版)の中で、中国との関係強化に尽力し、中国側が提案してきた国境の「実効支配線」という概念も受け入れて、現状維持を約束する諸合意を締結したと説明している。

 しかし国境をめぐっての近年の中国のふるまいにメノン氏は大変落胆し、中国と作った諸協定ももはや実効性を持たず、インドは対中戦略を抜本的に再検討すべきと述べている(2020年11月のビデオ講演)。

 『インド・エクスプレス』紙に寄稿したアルピ氏(インド在住の外交・チベット問題研究者)は、インドが、米国とフランスから支援を受けて確固たる立場で対応したことから、ラダックからの中国の撤退を勝ち取ることができたと評価している。

 『フォーリン・ポリシー』誌に寄稿した英キングズ・カレッジ教授のパント氏とシンガポール国立大学南アジア研究所研究員のジョシ氏は、インドが中国にやり返すことを決心し、近年では例のないほどの軍事力をラダックに動員し(陸軍3個師団相当、空軍はMig-29、Su-30、ミラージュ2000を、海軍も偵察機をヒマラヤ上空に派遣)、対中経済制裁を発動し、米豪との連携を強化したことを評価している。

 特にインド軍の創意工夫のある対処ぶりが、中国軍にとって、占領地に居座り続けるコストを高めたと特記している。

▼中国はムンバイの電力システムを攻撃?

 2月28日付け『ニューヨーク・タイムズ』紙は、インド政府筋からの情報として、中国は昨年10月にムンバイの電力システムをネットで攻撃し、2000万人が住むこの大都市の機能を麻痺させたと報じた。これは、国境紛争の後、中国がインドに送った警告だったとの解釈が同紙に書かれている。

 これに対し3月1日の中国外交部記者会見で、汪文斌報道官は、中国はそのような攻撃を仕掛けたことはないし、ネット攻撃を誰がしたかを調べることは困難な筈だと応答した。いずれにしても、インドの対中警戒感は部分撤退ぐらいでは収まりようはないようにみえる。

▼中国は、「北風」で周辺国を益々警戒させる

 中国がヒマラヤと南シナ海で展開している領土関連の戦術は同じとの論評がなされている。中国が領土と主張している場所の占拠固めを、どこでもやっているということだ。これは、中国の領土問題に関する著書もあるフラヴェルMIT(マサチューセッツ工科大学)教授の見方で、昨年11月27日付け『ニューヨーク・タイムズ』に記事が載っている。

 フラヴェル氏は、たとえば中国はブータンとの領土問題でも、1990年代には妥協策を考えていたが、今ではそのような妥協策はなくなったようだと指摘している。

 そのようにして、中国は冷たい「北風」を周辺に吹かせている。そして軍を動員し、衝突の死者まで出している。中国からの軍事力をたのみとした「北風」に対して、風を受ける人々は益々コートを着込み、同盟国や友好国との関係を強め、守りを固める。それが今、中国の周辺で起きていることだ。

 そのことを中国外交部が中国指導部にしっかり伝えてくれないのであれば、人民解放軍を通じて中国指導部に伝える必要があるということだろうか。人民解放軍にどうしたら分かりやすく周辺国の決意を伝えることができるのだろうか。インド軍の対応からも学ぶべきことがあるかもしれない。

(参考文献)

Shivshankar Menon, “Choices-Inside the Making of India’s Foreign Policy”, Brookings Institution Press, 2016

Shivshankar Menon on India & China: Past, Present & Future,2020年11月30日,https://www.youtube.com/watch?v=ogi1IJRsRbA&t=111s

Steven Lee Myers, “Beijing Takes Its South China Sea Strategy to the Himalayas”, The New York Times, 2020年11月27日

Harsh V. Pant and Yogesh Joshi, “Did India Just Win at the Line of Actural Control?”, Foreign Policy, 2021年2月24日

David E. Sanger and Emily Shcmall, “China appears to Warn India: Push too Hard and the Lights Could Go Out”, The New York Times, 2021年2月28日

Claude Arpi, “India’s firmness, Xi Jinping’s political goals, explain China’s withdrawal in Ladakh”, The Indian Express,  2021年3月1日
続報リクエストマイリストに追加

以下の記事がお勧めです

  • 【世界を読み解く】 強かったソ連を知らない世代は中国をどう見るか

  • 【世界を読み解く】 バイデンの中東政策 イラク、アフガンから徐々に撤退

  • 井出 敬二のバックナンバー

  • LGBT 国際政治の舞台でも対立

  • 中国国務院人事、改革派一掃か

  • 気球で延期の国務長官の訪中、習氏の訪露阻止で早期実現か

  • 朝日、毎日、東京、日経 同性婚差別発言に政権の姿勢問う

  • プロフィール
  • 最近の投稿
avator
井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
avator
井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト) の 最新の記事(全て見る)
  • 【世界を読み解く(33)】ロシア、中国、東欧では「排撃」 -- 2023年2月8日
  • 【世界を読み解く(32)】ロシアに恩を売り、ロシアも北朝鮮に下手(したて)に出る -- 2023年2月2日
  • 【世界を読み解く(31)】“文化帝国主義”は文化を破壊する -- 2023年1月26日
Tweet
LINEで送る

メニュー

    文字サイズ:

  • 小
  • 中
  • 大
ソクラとは 編集長プロフィール 利用案内 著作権について FAQ 利用規約 プライバシーポリシー 特定商取引法に基づく表示 メーキングソクラ お問い合わせ お知らせ一覧 コラムニストプロフィール

    文字サイズ:

  • 小
  • 中
  • 大
  • 一覧表示を切替
  • ソクラとは
  • 編集長プロフィール
  • 利用案内
  • 著作権について
  • メーキングソクラ
  • お知らせ一覧
  • FAQ
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー
  • 特定商取引法に基づく表示
  • お問い合わせ
  • コラムニストプロフィール

Copyright © News Socra, Ltd. All rights reserved