コロナ・ウイルス禍で,アフリカはどういう状況だろうか。南部アフリカにあるマラウイ共和国で、UNDP(国連開発計画)の常駐代表として駐在している小松原茂樹氏に聞いた(聞き手は井出敬二)。
―アフリカにおけるコロナ・ウイルス禍の状況はどうか?
WHO(世界保健機関)によると、アフリカではこれまでに430万人がCOVID19に感染し、11万4千人以上が死亡した。アフリカには、昨年夏に第一波が襲い、昨年末から本年3月にかけて第二波が襲った。現在もアフリカ地域には22万人弱の感染者がいる。
特に第二波では、アフリカ各国の指導者が死亡する例が多くなり、社会や経済全体に与える影響の深刻さが顕在化した。エスワティニでは首相が、南アフリカ、ジンバブエ、マラウイなどでも複数の閣僚が死亡した。
ケニアでは第三波が始まり、エチオピア、チュジニア、マリ、エリトリア、ルワンダを含む14カ国でも感染者数が再び増加に向かっている。
欧米に比べアジアやアフリカでの感染率は低い傾向があると言われる。地域全体での数字上はそう見える。
しかし死者数を正確に捕捉することが困難な国が多く、物流や人流が止まることによる経済、社会、人間開発への影響は特に発展途上国で大きく、感染症としてだけでなく、経済的・社会的現象としても影響は深刻である。
―マラウイの状況はどうか?
私は2019年6月以来、マラウイで働いている。人口約1900万人の国である。
マラウイでも、昨年4月2日に最初の3件が確認されて以来、6月から9月にかけて第一波が、12月から本年3月にかけて第二波が襲った。
特に第二波では感染者・死者数が激増しただけでなく、複数の閣僚に加えて政府関係機関のトップ、国会議員、中央省庁のトップなどが短期間に次々と死亡し、コロナが経済社会全体へ与える影響の大きさが明らかになった。今日までに3万3千人以上が感染した。
マラウイは一人当たりのGDPが日本の約100分の1の約400米ドル(IMF)という、世界で最も貧しい国のひとつである。人口10万人に医者が3名しかおらず、コロナの検査・治療体制も非常に貧弱だ。
マラウイの公式統計の死者数(これが死者の全てではない)だけで1100名以上、さらに病院に行かずに亡くなる人々(公式統計に表れない)が病院で亡くなる人の4倍はいるとも言われている。
つまり東京都(約人口1400万人)の死亡者1800人弱(2021年4月11日現在)よりも、マラウイの死亡者ははるかに多いと見ている。
COVID19の蔓延を防ぐため、マラウイでも空港や国境が閉鎖され、人やモノの移動や経済活動が制限され、小売業、ホテルやレストランなどのサービス産業、建設業など、経済の広い分野で多くの失業者が生まれた。
マラウイのような最貧国では、一人の稼ぎ手が沢山の家族や親類を支えていることも多く、元々人口の7割近くが一日1.9ドル以下という貧困に苦しんでいた国で、COVID19の影響で新たに200万人近くが貧困に陥ったと考えられている。マラウイの全人口の約8割が1日1.9ドル以下で生き延びているという計算になる。
―コロナ・ウイルスが流行する前のアフリカはどのような状況だったか?
アフリカというと貧困や紛争を連想するかもしれないが、冷戦が終了した1990年代以降、紛争が減り、政治経済が安定化し、経済成長が加速した。
近年ではアフリカ大陸はアジアに次ぐ経済成長を続け、低所得国から中所得国に卒業する国も増え、将来の有力な市場として注目されていた。
政治の不安定や貧困、それにつけ込んだ過激派のテロリズムなどに苦しむ国も確かにあるが、中産階級が出現して消費文化が発展し、ビジネスの幅が広がって発展している国も少なくない。
アフリカ全体として見れば着実に安定、改善、発展してきたのがこの20年来の流れだった。
世界でもアジア地域に次ぐ経済成長を実現してきたアフリカ地域だが、昨年はCOVID 19の影響でマイナス成長(マイナス3.7%―世銀予測)となった。
しかし本年元旦には、アフリカ大陸自由貿易地域協定が発効しており、2021年は2.7%、2022年は3.3%成長が予測されている。アフリカ内での貿易や人の移動の自由化、インフラ整備、さまざまな政策の整備などを通じてさらなる経済成長が期待される。
―そのようなアフリカでの小松原常駐代表の仕事はどのようなものか?
私は2002年以来、UNDP(国連開発計画)で勤務し、UNDP本部、ガーナなどで、一貫してアフリカ開発に関わってきた。
UNDPは貧困の根絶や不平等の是正、持続可能な開発を促進する国連の主要な開発支援機関である。UNDPは1966年に発足し、約170の国・地域で約1万7千人の職員・関係者が人間中心の開発や持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けた努力を支援している。
日本はUNDPにとって最も重要な支援国の一つで、世界各国で80名以上の日本人職員が活躍している。各国におけるUNDPの活動に全責任を負う常駐代表も126名中6名が日本人(女性4名、男性2名)が務めている。
マラウイの首都のリロングエは標高1000メートルにあり、1年を通じて比較的過ごしやすい気候だ。世界で5番目に大きい淡水湖であるマラウイ湖を有し、アップダウンに富んだ風光明媚な国土だ。
しかし目立った資源がない上に、人口の大半が従事する農業の生産性も低く、極度の貧困に苦しんでいる。
そのため、UNDPも支援に力を入れており、貧困削減、ガバナンスの改善、気候変動対策、若者と女性の活躍、民間企業支援、イノベーション促進など、サハラ砂漠以南のアフリカ46カ国中5番目という大規模な支援事業を約150名の職員を率いて展開している。
―コロナ・ウイルス禍は、小松原常駐代表の仕事にどのような影響を与えたか?
マラウイで活動する国連機関もCOVID19で大きな影響を受けた。
マラウイは最貧国で援助を必要とする分野が多岐にわたるため、800名以上の職員がUNDPを始めとする国連機関で働いている。COVID19で各国の大使館や援助機関が次々と職員を引き上げ、活動を縮小・停止する中、国連はほとんどの職員が現場に踏みとどまり、厳しい状況に置かれたマラウイの人々や政府機関の支援を続けた。
活動に当たりCOVID19に感染しないよう、細心の注意を払ったが、直接現場に赴かなければならないことも多く、結果としてこれまで90名を超える国連関係者がCOVID19に感染し、8名が死亡した。
第二波が落ち着きを見せてきた今でも、国連機関ではオフィスに出勤する人数を必要最小限にとどめ、大半の職員は在宅勤務が続いている。
COVID19危機で経済や社会全体がスローダウンしたため、病気としてのCOVID19対策に並行して、マラウイ政府が機能停止になるのを防ぎながら、経済を守り、将来の経済成長や雇用創出の原動力となる民間企業や起業家を支援することが緊急の課題となった。
同時に、デジタル技術の活用や、環境保護と両立する経済成長など、将来に向けた新たな成長分野も生まれた。
これを受けてUNDPではガバナンス、貧困削減、気候変動などの分野で実施していた支援計画を全面的に見直し、デジタル・ソリューションの拡大、イノベーション、起業家・中小企業支援、若者と女性の成長を軸とした支援に組み替えた。
幸い、マラウイでUNDPはCOVID19危機の前から着実にこれらの分野で先進的な取り組みを展開していたことから、迅速かつスムースにプログラムを組み替えて資金を再配分し、マラウイの経済社会の回復に必要な分野を守り育て、具体的な結果を出している。
―先進諸国や国際機関からのアフリカへの支援はどうなっているか?
先進国も大変な状況の中、それまでに決まっていた支援や実施中のプログラムを組み替えたり、緊急対応で新たな資金を獲得することで、緊急の支援ニーズにある程度は応えることができた。
本年3月には、貧しい国にもワクチンが配分できるよう、国連が中心となって創設した枠組みを通じてマラウイにもワクチンが到着し、リスクの高い人々から順にワクチン接種が始まった。
前述のようにCOVID19の中で現場に踏みとどまって支援を続け、大きな犠牲を払った国連職員にもワクチン接種が始まった。
しかしアフリカを含む途上国が入手できるワクチンは十分な量ではなく、途上国でのワクチン接種が遅れることで、人やモノの動きが長く制限され、先進国が復調する中で途上国のCOVID19危機からの回復が遅れたり、貧困が一層深まる中で社会的な分裂や対立が一層深刻化する可能性も懸念されている。
これまで途上国支援に大きな役割を果たしてきた先進国が軒並み大きな打撃を受け、自国でCOVID19対策を進めるだけで精一杯で、肝心な局面で発展途上国には十分な支援の手がどとかない、といった事態も懸念される。
数ヶ月で世界中に広がったCOVID19危機は、我々の安心と安全が世界の動向と切り離せないことを改めて示した。人類共通の危機の克服には、世界的な連携がますます欠かせない。
―日本が開催してきたアフリカ開発会議(TICAD)をどう見ているか?
日本が1993年に発足させたTICADは、アフリカ開発やビジネスパートナーシップに関する世界的なフォーラムとして、UNDP、国連事務局、世界銀行、アフリカ連合を共催者として大きく発展してきた。
またTICADのように、あらゆる関係者に開かれたマルチなフォーラムとは異なるが、その後、EU、インド、トルコ、中国、韓国、米国といった諸国が対アフリカ援助を協議するフォーラムを次々と設けてきた。
このような場を通じ、国連とも協調して、アフリカとの多様なパートナーシップが強化されることを願っている。
―アフリカで活動する日本人の状況はどうか?
私は、世界各地で国際機関に勤務する日本人職員1000名以上が参加する「グローバル国際機関日本人職員会」の世話役をしている。
アフリカでは、ナイロビやアジスアベバなどの、多くの国際機関が集まる拠点やその他の国を合わせると、100名弱の日本人職員が国連機関で活動している。
COVID19の緊急事態で現場密着型の支援が一番求められている時に、不安だからといって職場を離れる訳にはいかない。職員はほとんどが現場に残り、心身ともに容易でない状況で任務を遂行している。
国連としても医療面、精神面など様々な面で職員へのサポート体制を強化している。
―日本にいる私達に伝えたいメッセージは?
日本でもコロナ禍が続き、先が見えない厳しい毎日が続いているが、国民の努力と協力でコロナ禍を欧米諸国に比べても格段に低い水準に抑え込んできた日本の経験は、発展途上国の関係者に特に大きな示唆を与えている。
国民が状況を理解して自発的に行動し、痛みを分かち合う姿勢は、10年前に日本を襲った東日本大震災の際にも世界中から驚きと賞賛を持って迎えられた。
厳しい状況であるからこそ、日本の伝統と経験を自信を持って世界の人々に発信し共有していただけるよう願っている。
【小松原茂樹氏略歴】1992年~2002年経団連事務局勤務。2002年12月UNDPに転職し、それ以来アフリカ開発に一貫して従事。UNDP本部では、アフリカ各国での活動への支援・監督業務や人間の安全保障プロジェクトの形成支援などに従事。2007年からUNDP常駐副代表としてガーナ駐在。2011年から再び本部で日本、世界銀行、アフリカ連合(AU)、国連事務局と共同でアフリカ開発会議(TICAD)の企画運営全般を担当。2019年6月からUNDPマラウイ常駐代表。
アフリカのコロナ禍 首相・閣僚級にまで死者 今年はプラス2.7%成長 |
あとで読む |
【世界を読み解く】小松原茂樹・UNDP(国連開発計画)マラウイ常駐代表に聞く
公開日:
(ワールド)
小松原氏(前列左から2人目)=小松原氏提供
![]() |
井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
|
![]() |
井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト) の 最新の記事(全て見る)
|