―プーチン大統領の意図は何か?
これまでもウクライナ東部では、親ロシア勢力とウクライナ軍の小規模な衝突はたびたび起こっている。停戦合意はあるが、停戦ラインが不明確なため、相手による停戦ライン侵犯を理由に衝突が起こるのだ。
ウクライナはロシアとの対立が起こった2014年以降NATOおよびEUとの関係強化、究極的にはNATOとEU加盟を目指した外交を行ってきている。
ゼレンスキ大統領は英を訪問し(昨年10月7~8日)、ジョンソン首相と会談し、MAP(Membership Action Plan)とよばれるNATOからの助言・支援を受けるプログラムの開始を求めた。
今回ウクライナ・ロシア国境での緊張が始まってからゼレンスキ大統領は仏を訪問し(4月16日)、マクロン大統領と会談し、またストルテンベルグNATO事務総長、メルケル首相とも電話(ビデオ)会談した(4月6日、16日)。ウクライナのクレバ外相はベルギーのNATO本部を訪問し、ストルテンベルグ事務総長と会談した(4月13日)。
プーチン大統領は、ウクライナがNATOやEUに接近するのを阻止すべく、力を示したのだろう。ウクライナが国境紛争などを抱えていれば、NATOに加盟できないとの計算もある。
ロシアはウクライナ東部に様々な形で介入しているが、さすがに国連安全保障理事会常任理事国として、国際法違反になる武力介入を行った事を認めてはいない。
他方、プーチン大統領が2014年に行ったウクライナ東部への介入は誤算であり、それまでロシアの兄弟国としていたウクライナをEUに向かわせてしまったという意味で、大失敗をしたと言える。
まずウクライナ東部の住民は、ロシアの介入を歓迎したわけではない。ウクライナ東部は19世紀に石炭の炭鉱が発見されたことからウクライナの産業の拠点となった地域であって、その時に各地域の人たちが集ってできた地域である。住民は家ではロシア語を話しているが、すべての人がロシアに帰属意識を持った親ロシアの人々ではない。プーチン大統領は東部の住民はロシアの介入を歓迎するとみていたが、そうはならなかった。
またウクライナ東部での紛争で、これまでで1万人もウクライナ人を殺してしまったことから、ウクライナ全体を反ロシアに追いやってしまった。かつてはウクライナの貿易の四分の1がロシア相手であったが、今や十分の1である。それまではウクライナ国内においてウクライナとロシアは兄弟国であると考える人も多かったが、今やウクライナでは親ロシアを掲げることはタブーとなっている。
ロシア国内には、アフガニスタン介入の失敗から、兵士の母親の会という強い反戦組織があり、ロシア人兵士の血が流れることを容認しない雰囲気がある。2014年にロシアがクリミアを不法に占拠し、ウクライナ東部に介入した時には、ロシア国内にはロシアの兄弟国であるべきウクライナが生意気にもEUに向かうという過ちを罰したとのナショナリズムの高揚があったが、今ではそれも冷めている。
こうしたロシア国内の雰囲気とウクライナ国民の反ロシア意識を考えると、ロシアがウクライナに大規模な戦争を簡単に仕掛けるとは思われない。
―これに対する米国の立場はどのようなものか?
ロシアがクリミア半島を併合した時(2014年3月)、当時のオバマ大統領は激怒し、ロシアとの関係を根本的に見直すべきとの認識に至った。
オバマ大統領は8年間の大統領任期中、一度もウクライナを訪問したことはないが、クリミア半島の問題が起きて以来、バイデン副大統領(当時)は毎年ウクライナを訪問していた。従って、バイデン大統領はウクライナのことをよく知っている。
バイデン大統領が電話会談(4月2日)でゼレンスキ大統領に伝えた「ウクライナの主権と領土の一体性を尊重する」というのが、米国の一貫した立場である。
ウクライナ軍はソ連邦解体(1991年)以降、ウクライナを攻撃する敵国はないとの考えから、弱体化したが、近年は米国とNATOによる訓練で、だいぶ強化された。少なくともウクライナ政府は、2014年に比べ自国軍は強化されていると考えている。
今回、米軍は艦船を2隻黒海に派遣するとしたが、ロシアと戦闘をするつもりはなく抑止の意味合いが強い。他方、もしロシアが更に介入などすれば、欧米は制裁を強化するだろうし、ロシアはそれを望んでいない。
―ロシアからドイツに天然ガスを送るパイプライン「ノルド・ストリーム2」の建設をどう見るか?
欧州はロシアからパイプラインで天然ガスを輸入しているが、既存のパイプラインがウクライナを経由していることで、ウクライナのロシア、欧州双方に対する戦略的価値が高められてきた。ロシアも欧州もウクライナ経由の輸送が止まると困るからである。しかしウクライナを迂回する「ノルド・ストリーム2」は、ウクライナの戦略的重要性を軽減し、その外交的交渉力を弱めてしまう。
トランプ大統領はウクライナにほとんど関心をもたず、ボルトン補佐官に任せていた。同補佐官が「ノルド・ストリーム2」の問題点を指摘したことから、トランプ大統領も「NATO諸国が自国の軍事費には資金を使わずに、ロシアにはノルド・ストリームの建設費という形で資金を供与している」という“分かり易い”説明で反対を唱えるに至った。
ウクライナに加え、バルト3国、ポーランドも「ノルド・ストリーム2」に反対している。
シュレーダー前ドイツ首相は、首相退任後ロシア国有石油会社ロスネフチの幹部を務めているが、「ノルド・ストリーム2」建設も後押ししている。シュレーダー首相の後を継いだメルケル首相も「ノルド・ストリーム2」建設を純粋に商業的な考えに基づくものとしており、止めるとは言っていない。
しかしバイデン大統領は、「ノルド・ストリーム2」は対ロシア戦略に影響するとして参加企業に制裁を科すなど、厳しい態度を継続している。
―中国とウクライナの関係はどうか?
中国は今やウクライナにとっての主要な貿易相手国である。ハリコフという東部のウクライナの製造業などが集積している地域には、中国人も沢山きている。
中国は、ロシアのクリミア併合を積極的に支持はしていないが、国連総会でのロシア非難決議案には中国は加わっていない。中国はこの点をウクライナに指摘されると弁解できないとの弱みがある。こうしたことからウクライナ国民は親中国ではない。
ウクライナから中国への軍事技術の流出は懸念される点だ。
ウクライナは、旧ソ連邦において高い軍事技術を有してきた国であり、大型輸送航空機アントノフを製造し、空母「ワリヤーグ」(改装されて中国の空母「遼寧」となった)を保有していた。
航空機エンジンを製造する企業「モトール・シーチ」というウクライナ民間企業がある。中国は航空機エンジン製造技術を必要としている事から、同社の株を中国企業が極秘裏に取得し始めた。2017年頃からウクライナ政府内(保安機関)でも中国にウクライナの軍事技術が流れることに関して警戒感が出始め、ポロシェンコ前大統領時代に中国側による株の取得を凍結させるなどの対応がとられ始めた。当時既に同社の株の60%以上を取得していたとされる。
2021年3月、ウクライナ政府は「モトール・シーチ」社を再国有化することを発表している。中国は契約違反であるとして国際裁判所に提訴することも辞さないとしている。
―北朝鮮の「火星」系列のミサイルはウクライナの技術が使われていると言われているが?
ウクライナ政府は、ウクライナが公式に関わったことはないと主張している。しかしソ連邦が崩壊した時ウクライナの軍事技術者の多くは職を失っており、これらの技術者が生活難等の状況下で個人的に北朝鮮に協力した可能性は排除できない。
ちなみに北朝鮮は大使館の実館はウクライナに置いていないが、国交はある。
―日本としてウクライナをどう見るべきか?
まずクリミアと北方領土という、ともにロシアにより不法占拠されている問題をどう見るかである。クリミアについては日本も加わった国際的な制裁が発動されているが、未解決の状況だ。国際的な制裁が発動されていない北方領土問題の解決は、更に困難さを伴うことを覚悟しないといけない。
いずれにしても、ロシアにとってみればこの二つの問題は領土問題という意味で関連しているので、クリミア問題が解決しない中で北方領土問題だけが解決することはありえない。ロシアが北方領土問題に前向きの姿勢を見せれば、米国、EUはクリミア問題の解決のための好機とみてロシアに対する圧力をも強めるからである。
言いかえればクリミア問題解決に進展があってこそ、ロシアが北方領土問題にも対処する可能性がでてくる。現時点でロシアはクリミア問題に譲歩を見せるどころか支配を益々強めているが、この問題に端を発したG7、EUによる対ロシア制裁がロシア国民の生活に打撃を与えているのも事実である。制裁によりロシア国民の生活がさらに悪化すれば、ロシアとしてもこの問題はほっておけない問題になる。
いずれにせよこの問題は解決に時間のかかる問題であり、日本としては北方領土もクリミアもどちらもロシアによる不法な占拠であるとの立場を堅持してG7、EUとの連携を強化する必要がある。
次に上述の通り、ウクライナからの中国への軍事技術の流出は、日本の安全保障に直結する問題を引き起こす。日本としても十分留意して対応しないといけない。
経済関係については、ウクライナはEUに原則関税なしで輸出できる協定を結んでいるので、既に日本の製造業(ワイヤハーネス製造など)がウクライナ西部に進出している。このような経済的チャンスもある。
日本はこれまでG7の一か国としてウクライナの領土保全を訴えてきており、この関連でロシアに対する制裁も継続してきている。また日本はウクライナに対し最大の援助国の一つとなっている。こうしたことからウクライナ国民の日本に対する感謝の念は強いし、米国、EUからも評価されている。日本はこのような毅然とした立場を継続すべきである。
ちなみにウクライナ西部(国土全体の約三分の一)は、第二次世界大戦までは長い間ポーランドやオーストリア・ハンガリー領であったところであり、住民の西側志向は極めて強い。ウクライナがEUとの統合を目指す背景に、このような歴史的背景があることを忘れてはいけない。
【角茂樹氏略歴】元外交官。国連、安全保障関連業務等に携わる。国連日本政府代表部次席大使、駐バーレーン大使を経て、2014年10月~2019年1月、駐ウクライナ大使。現在は玉川大学、岩手大学等で国際関係論などを教える。