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文化も戦いの場に―ロシア・ウクライナ戦争

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【世界を読み解く(31)】“文化帝国主義”は文化を破壊する

公開日: 2023/01/27 (ワールド)

ウクライナ首都キーウの独立記念碑=cc0 ウクライナ首都キーウの独立記念碑=cc0

 ロシア・ウクライナ戦争には、文化も巻き込まれている。

 文化は人間の精神性を高め、相互理解を増進する。表現の自由、思想の自由といった基本的人権として尊重されるべきだ。

 他方、ロシア帝国、ソ連邦は、軍事的征服の一環として文化を利用してきた。米国の国際政治学者のモーゲンソーは、このように指摘し、“文化帝国主義”と呼んだ。

 文化と国民国家の形成は、20世紀以来、密接に絡み合ってきた。

 ロシアは、ウクライナ国内のロシア系住民の文化の保護のみならず、ウクライナ全体に対して、文化も巻き込んだ“ハイブリッド戦争”を仕掛けてきている。これがウクライナ側の認識である。

 ロシアとウクライナの間では、アイデンティティ、歴史解釈などをめぐる争いがメディア、教育などの現場で繰り広げられている。

▼  ロシア・ウクライナ間で繰り広げられる“文化戦争”

 ソ連邦の解体後独立したウクライナにとり、ロシア文化、ロシア語との距離の取り方が大きな問題となった。

 2012年7月、親ロシア派のヤヌコヴィチ大統領下で、10%以上がロシア語などの非ウクライナ語を話している地域では、その言語を公式の言語として認める法が成立した。この法には賛否両論が巻き起こり、マイダン革命(2013年~2014年)の中で廃止された。

 マイダン革命後、ウクライナでは、ソ連時代の言説を疑い、“真実”と“歴史的正義”を要求する運動が活発になった。

 いわゆる「非共産主義化法」(2015年)により、“記憶をめぐる戦争”は、ソ連に郷愁を持つ者が敗北し、民主主義者・ナショナリストが勝利した。

 2014年のロシアのクリミア侵略後、ウクライナはロシアを“敵性国家”、“侵略国家”と規定し、ロシア文化を制限する措置をとり始めた。具体的には、ロシアの本の輸入、ロシアの映画・テレビの上映・放送、ロシア人芸術家のウクライナ公演、ロシア人が関わるコンサート・イベント開催などに一定の制限を課すようになった。

 ある調査によれば、2014年8月から2018年10月まで、780ものロシアの映画とテレビ番組の上映・放映が禁止された。(ロシアの映画とテレビ番組を全面的に禁止した訳ではない。)

 ロシアのプロパガンダ、フェイクニュースを警戒して、ロシアのSNSは全面禁止となった。

 ウクライナ文化を発展させるため、ドイツの文化振興機関であるゲーテ・インスティテュートのようなウクライナ・インスティテュート、更に文化財団、書籍研究所などの国家機関が創設された。

 ウクライナ映画への支援のための法も作られ(2017年)、ウクライナ映画は国際映画祭で受賞もした。但し、支援を受けられるのは“愛国”的な映画だけであり、ウクライナ語またはクリミア・タタール語が会話の90%以上を占める映画に限られる。(クリミアにはトルコ(テュルク)系民族であるタタール人が住んでおり、タタール語を話す。)

 プーチンを支持するロシア人芸術家のリストが作成され、ウクライナ入国を禁止した。

 他方、ロシア文化への制限には、ウクライナ国内でも人権擁護団体、自由主義者達から反対論があり、市民の権利を侵害しているとの声もあがった。ウクライナ東部と南部では、ロシア文化を制限する措置に支持する声は少なかった。論争はウクライナ憲法裁判所にまで持ち込まれた。西側諸国からも批判が起きた。

 ロシアの文化関係者の中でも、プーチンを批判する人々はいる。ロック歌手のアンドレイ・マカレヴィチ、ユーリー・シェフチュク、作家のボリス・アクーニン、リュドミラ・ウリツカヤ、女優のリア・アヘジャコヴァらである。

 ウクライナでは、公教育(中学、高校)の場でのウクライナ語以外の言語の使用に制限が課せられた。これはロシア語を標的にした措置だが、それ以外の少数民族の言語の使用にも制限が課せられた。

 ロシア語を母語としていた多くのウクライナ人が、ロシア語ではなくウクライナ語を使うようになった。(ゼレンスキー大統領も、ウクライナ東部出身で、母語はロシア語だった。)

▼プーチン大統領の発言

 プーチンは、ウクライナ国内のロシア系の人々がロシア語で教育を受ける権利を奪われたと、次のようにウクライナ政府を批判した。

 「私達を結びつけ、今でも近づける全てのものに打撃が与えられた。新しい“マイダン”政権は、国家の言語政策の法を廃止しようとした。その後「権力浄化」法、教育に関する法があり、教育からロシア語を事実上追放した。」(2021年7月12日の記事「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」)

 更にプーチンは、ウクライナの歴史、文化、言語の独自性を否定し、ロシアとウクライナは一体だった、ロシア人とウクライナ人は「一つの民族」だったと強調するようになった。

 「ウクライナとはロシアの周辺を意味し、ロシアの辺境にいた人々がウクライナ人と呼ばれた」「11世紀から13世紀にかけては、ロシア語とウクライナ語の区別はなく、16世紀に2つの言語の違いが出始めた」(2020年2月21のタス通信社のインタビュー)

 インタビュアーが「今日(の問題)について話しているのだが」と発言すると、プーチンは、「今日と明日のことを話すためには、歴史を知らなければならない」と述べた。

 プーチンは、歴史に並々ならぬこだわりを示す。ロシア国内では、ウクライナ侵攻前から、歴史の見直しが既に進められていた。

 ウクライナ人にとっては、プーチンがウクライナ人、ウクライナ国家のアイデンティティを否定したも同然だ。プーチンがウクライナ全体に対する野心を示した。これがウクライナ人の受け止めだろう。

▼ウクライナに住むハンガリー人の視点

 ところでウクライナに住むハンガリー人からも、ウクライナ政府の政策には不満の声があがった。西ウクライナにあるハンガリー人学校100校以上でのハンガリー語による教育が、ウクライナ語優先政策から影響を与えた。

 ハンガリー政府も不満を持っており、そのことはウクライナがNATOと関係強化することに対するハンガリー政府の慎重な姿勢に反映されている、とファイナンシャル・タイムズ紙は論評している。

 言語政策で、バルト3国の1つであるラトビアでも、ウクライナと同様の動きがある。

 ラトビアは1991年の独立時は、非ラトビア人が48%もおり、公用語は事実上ロシア語であった。

 しかし徐々にラトビア語の地位は押し上げられ、2025年までに全ての教育現場でラトビア語を使うようにすることがラトビア議会により決められている。

▼破壊されるウクライナの文化

 ウクライナと国際社会は、ウクライナの文化が戦争により破壊されると懸念を強めている。

 ユネスコによれば、236の文化財、3045の教育施設が既に破壊された。

 首都キーウの北西部にあるイヴァンキフ郷土史博物館が焼失した。同博物館は、ウクライナの素朴派の画家マリア・プリマチェンコの作品が所蔵しており、作品の一部は救い出されたが、一部は失われた。貴重な過去の文化が破壊された。

 教育施設の破壊は、未来のウクライナの破壊である。

 共産主義諸国が解体或いは変容して国民国家を形成する過程で、次の課題に直面する。これは、旧ソ連、旧ユーゴスラビアにもあてはまる。

 第1は、アイデンティティの確立だ。

 第2は、過去の歴史の総括だ。過去の歴史にどう“落し前”をつけ、決着させるか。

 第3は、基本的人権の確立と擁護だ。

 この3つを一挙に解決することは、特に戦時下にあっては、大変難しい。旧ユーゴスラビアは、結局、国毎にアイデンティティをもたせるやり方をとり、そのアイデンティティを共有できない少数民族は、一部は国外に出たままであり、一部は国内にとどまっているが、融和は困難な状況にある。ボスニア・ヘルツェゴヴィナは、3民族の共存という、特に難しい課題に取り組んでいる。

 これらの問題は自然に消えることはなく、後までずっと尾を引く。

 それでも再び人々をつなげ、和解に導くにあたり、文化を通じる相互理解が助けてくれる局面もあると思う。

(参考文献)
モーゲンソー『国際政治』(日本語訳)1986年

Tatiana Zhurzhenko, “Fighting Empire, Weaponising Culture: The Conflict with Russia and the Restrictions on Russian Mass Culture in Post-Maidan Ukraine”, Europe-Asia Studies, 2021年8月

“Ukrainians and Lativans are repudiating the Russian Language”, Economist, 2022年10月20日

“Bad blood between Hungary and Ukraine undermines EU unity on Russia”, Financial Times, 2023年1月1日

ユネスコのウェブサイト
ロシア大統領府ウェブサイト

井出 敬二 (ニュースソクラ コラムニスト)

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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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