1月27日、金与正は、米国などからのウクライナへの戦車供与を非難した。北朝鮮は、ストルテンベルグNATO事務総長の韓国、日本訪問にも反発している。
北朝鮮は、ウクライナに侵攻したロシアの肩を持ち、ロシアに恩を売っている。
北朝鮮が第7回目の核実験を行なっても、国連安全保障理事会での制裁決議案などにはロシアとして拒否権を発動するつもりなのだろう。
同時に北朝鮮は、ロシアへの武器供与を何度も否定し(もちろん鵜呑みにできない)、米国を刺激しないように立ち回っている。
しかし、NATOが結束してウクライナを軍事支援していること、また韓国、日本がNATOとの関係を強化していることに強い不安を抱き、繰り返し非難している。
ロシアのウクライナ侵攻以来の北朝鮮の対応を振り返ってみよう。
(1)2022年4月11日、北朝鮮外相は、国連総会によるロシアの人権理事会加盟国の資格停止決議を非難する談話を発表し、ロシアの側に立った。北朝鮮としてコストなしに、ロシアに恩を一つ売った。
(2)7月2日、北朝鮮外務省報道官は、NATO首脳会議に関連して、アジア太平洋地域の「NATO化」を非難した。
(3)7月13日、北朝鮮外相は、ドネツク及びルガンスクの自称「人民共和国」外相宛に国家承認する書簡を送った。(結局、両「国」は10月5日にロシアに併合された。)
北朝鮮外務省の発表は「諸国との友好関係発展は、主権国の固有で正統な権利」とし、またウクライナを「北朝鮮に対して非合理的で不法な敵対政策をとる米国と同盟した」と非難した。
(4)7月18日、マッツェゴラ駐北朝鮮ロシア大使は、ロシアの新聞『イズベスチヤ』のインタビューで、北朝鮮はドネツク、ルガンスク「人民共和国」承認で、何か見返りをロシアから得ようとはしていないと述べた。
同時に対北朝鮮制裁は不合理かつ不法であり、ロシアは従来通り、対北朝鮮制裁の撤廃のために戦うとも付言した。
わざわざこのようにロシア大使が言うのは、ロシアが北朝鮮との関係で立場が弱くなっていることを感じさせる。
(5)7月20日、マッツェゴラ大使は、ラジオ・スプートニクのインタビューで、「北朝鮮の核実験の準備に関する情報はない」、「勿論、核実験をしないほうがよい」と発言した。
北朝鮮が核実験しても仕方がない、ロシアが知ったことではない、という感じがにじみ出ている。
(6)7月25日、『平壌タイムズ』は、ウクライナ問題に関連して対中国を含め制裁が課されていることを非難する論評を掲載した。やはり北朝鮮は制裁が嫌なのだ。制裁に対する文句は、金与正も表明している。
(7)8月9日、ドネツク「人民共和国」外務省は、北朝鮮の建設業者がドンバス復興に参加する可能性を発言した(ロシアのメディア『ガゼータ.ru』の報道)。
もちろん北朝鮮労働者の出稼ぎ受け入れは、国連安保理の制裁決議違反になる。
(8)8月15日、ドネツク「人民共和国」首班プシリンから金正恩宛ての祝電が出され、「互恵的な双務協力」への期待を表明した。
(9)9月22日、北朝鮮国防省装備総局副局長が談話を発表し、「ロシアに兵器や弾薬を輸出したことがなく、今後もその計画はない」と述べた。
(10)12月22日、北朝鮮外務省報道官は、北朝鮮がロシアに鉄道で弾薬を運んだとの日本の報道は嘘だと言明した。
(11)2023年1月27日、金与正は米国のウクライナへの戦車供与を非難する談話を発表した。談話は「米国と西側諸国」、「帝国主義連合勢力」を非難したが、ドイツ、英国など他の戦車供与国は名指しで非難していない。
(12)1月29日、外務省米国担当局長も上記(11)と同趣旨を発表した。「米国がロシアの正当な安全利益を侵害し、NATOの東進をエスカレートさせ」たことで「今日のようなウクイナの事態が起きた」との認識も示した。
(13)1月30日、ストルテンベルグNATO事務総長の韓国、日本訪問を非難する研究者の文章を朝鮮中央通信が配信した。
ポーランドへの韓国製兵器売却、日本と英国、イタリアの次世代戦闘機共同開発に不快感を示し、「NATOは欧州で使っていた集団的対決の手口をアジア太平洋にもコピーしようとしている」と非難した。
▽北朝鮮の立場の分析
北朝鮮は、人権委員会での発言や、ドネツク、ルガンスク「人民共和国」の国家承認で、ロシアに恩を売った。両「国」承認国がなかった中で、ロシアにとり貴重な支援である。
マッツェゴラ大使は北朝鮮専門の外交官として、モスクワの外交団の間でもよく知られた人物だ。彼の最近のインタビューでの発言を読むと、北朝鮮に気を遣い、下手(したて)に出ているという印象だ。
2022年8月19日のマッツェゴラ大使の『ロシア新聞』のインタビューは、北朝鮮がいろいろな困難に打ち勝ち、総じてコロナ・ウイルス対策をうまくやり、死亡率を0.0016%!(原文ママ)に抑えたと絶賛し、またコロナ・ウイルスは中国からではなく韓国(気球、ドローンが落とした物品)からもたらされたと主張した。
このインタビューは、朝鮮中央通信により翻訳されて配信もされた。北朝鮮にとり、マッツェゴラ大使の発言は、利用できるということなのだろう。(なお、私はロシア語原文と、朝鮮中央通信が作成した日本語訳を読み比べたが、訳はところどころ分りにくいものの、だいたいの意味は分る。)
北朝鮮はロシアへの武器売却を繰り返し否定しており(勿論鵜呑みにはできない)、ロシア支援の姿勢を誇示したりして、米国の怒りを買わないようにしている。
北朝鮮が何より強く非難するのは、米国を含むNATOがウクライナを軍事支援し、そのNATOが東アジアにまで拡大しかねないことに対してである。日本の防衛費増への非難も忘れていない。
北朝鮮は、自国への制裁解除への関心を強く示している。この点で中国とロシアからの支援を強く期待しているようだ。
以上の状況下で、北朝鮮が第7回目の核実験をしても、ロシアは国連安保理での対北朝鮮制裁決議案などには拒否権を発動するつもりなのだろう。
(参考サイト)
北朝鮮外務省
朝鮮中央通信
平壌タイムズ
イズベスチヤ
ロシア新聞
ガゼータ.ru
ラジオ・スプートニク
北朝鮮 ロシア・ウクライナ戦争を利用、東アジアの“NATO化”に懸念 |
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【世界を読み解く(32)】ロシアに恩を売り、ロシアも北朝鮮に下手(したて)に出る
公開日:
(ワールド)
金与正氏=Reuters
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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