王毅党政治局員・国務委員がロシア訪問し、また習近平主席も近くロシア訪問すると言われている。中国がロシアに軍事協力するか否かが注視されている。
両国の力関係は益々中国が上になり、ロシアが中国の主張に同調することが基本的な流れである。中国は、政権維持と米国への対処の面で、ロシアが役に立つ程度に応じて、ロシアとの関係を決めることになる。
そもそも両国の国際秩序観は異なる。ロシアは、今日の国際秩序で居場所を失っている。他方中国は今日の国際秩序から一定の利益を得ており、国際秩序を壊すことよりも、自分の都合のよいものに作り変えたい。
ロシアと中国は共に国際秩序に挑戦している・・・これが西側諸国で広く受け入れられた認識だろう。しかし両国の国際秩序観がどう異なるか、両国の言説から確認してみよう。
気をつけるべきは、中国による国際秩序の“変革”だ。
▼ロシアの国際秩序観
プーチン大統領、そしてロシアの国際問題専門家達は、次の認識を述べる。
(1) ロシアは戦後のいわゆる「ヤルタ・ポツダム体制」と呼ばれる秩序と国連システムは重視する。戦後のソ連邦の領土を認めた連合国の政治的合意であり、ソ連邦解体後も、いまだに「ヤルタ・ポツダム体制」を重視している。ロシアによれば、日本の北方領土返還要求は、「ヤルタ・ポツダム体制」への挑戦であり、日本こそが国際秩序を乱す“修正主義者”だとの主張につながる。
もちろん、これはトンデモナイ暴論だ。ロシアの学者の中にも、戦後の領土についてのヤルタ協定なるものは無効(当事国抜きで勝手に領土を決めることに法的効力など無い)と正しく主張する者もいる。
いずれにせよ、国連での安全保障理事国のポストは、ロシアにとり快適である。
(2) ソ連邦崩壊後、ロシアは国際貿易経済秩序(いわゆる「リベラルな」経済秩序)に組み込まれたが、そこでロシアは発言権を得ることもできず、輸出できるのは資源だけであり、快適な居場所を得られなかったと感じている。
(3) 西側の秩序(いわゆる「リベラル国際秩序」)は、ロシアから見れば実は帝国主義であり、「リベラル帝国主義」との呼び名も使う。
(4) ロシアは、米国及びNATOこそが国際秩序を乱してきたと非難し、以下を例示する。
○NATO拡大により、ロシアの安全保障の利益を害した。
○経済制裁は、国際経済を攪乱し、一般国民の生活を困窮させる。
○米国は、ABM協定(ミサイル迎撃体制に関する合意)を破棄し、戦略的関係を不安定化させた。
○米国・西側諸国は、イラク、リビア、シリアに侵攻し、中東を大混乱させた。
○トランプ大統領は、INF条約、イラン核合意から離脱した。
○西側の「保護する責任」という主張、人権擁護を理由とした紛争国への介入は、「干渉的イデオロギー」だ。
(5) 結局、ロシアからすれば、西側が国際秩序を押しつけてきたが、それに対する様々な不満を募らせていった。プーチン大統領の今日のふるまいは、その不満と反発の集大成と言える。
▼中国の国際秩序観
中国の国際秩序観は、ロシアとは異なる。(『人民日報』、『世界知識』(国際問題専門誌)の記事を検討した。)
(1) 中国は何よりも主権尊重という原則を重視する。この原則が、中国にとっての国際秩序の根幹である。「現行国際秩序がうまく機能しない原因」として「グローバリゼーションが主権国家政府の経済権力に損害を与えた」、「インターネットが伝統的な主権に挑戦した」、「NGOが主権国家政府に挑戦した」、「西側国家が“カラー革命”と西側の民主主義を推進し、発展途上国政府を弱め、いくつかの国を解体した」を挙げる。中国共産党の統治に、誰からの干渉も受け付けないという趣旨である。
(2) 米国からの様々な圧力を非難する。米国のふるまいこそが、国際秩序を乱すと主張する。米国のABM条約脱退、イラン核合意脱退、IMF条約脱退、中東核兵器不拡散条約レビュー国際会議欠席、パレスチナ・イスラエル問題、武器貿易条約署名撤回、包括的核実験禁止条約批准拒否、ユネスコ、気候変動パリ条約への否定的対応を挙げる。「米国はどのような国際秩序を確立しようとしているのか」 と問いかける。「米国式“航行の自由”は国際海洋秩序に衝撃を与える」 と批判する。経済面でも「米国は世界経済と国際貿易秩序を深刻に損ねた」と述べる。更に国際秩序に圧力をかけている状況として「ウクライナ危機」を挙げ、「米国がその危機を利用している」とし 、米国の「覇道の行い」 を非難する。
(3) 西側の国際秩序そのものを悪くは言っていない。この点はロシアと異なる。中国は、「国際規則は国際社会の安定的な発展の保証である」と認める。IMF、世界銀行、WTOなどを肯定的に評価する。同時に、「国際秩序は新たな転換点に面している」 、「第2次世界大戦後に建立された国際秩序は空前の圧力を受けている」と述べる。
(4) 中国は「より公正で合理的な国際秩序構築を促進する」。つまり現在の国際秩序は、公正さ、合理性で改善の余地があると繰り返し主張し、中国は“変革”していくと宣言する。
「中国は責任ある大国としての役割を示している」 、「中国は国際秩序においてますます重要な役割を果たしており、国際システムを補完し、改善する能力を持っている」 と主張する。
平和維持軍への中国の積極的参加、100以上の国際組織加盟、400以上の国際多国間条約加入などを例示し、「中国は国際秩序の維持者である」 と主張する。また“一帯一路”とAIIBは「国際秩序が欠如しているところに対しての中国独自の解決策」 として位置づける。
(5) 中国は国際秩序擁護の一環として、「アジア太平洋地域の秩序の維持にも役立つ」 と自ら述べる。その文脈で「安倍政権の“歴史修正主義”の傾向」に言及し、中国は「ファシストへの勝利に立脚する国際秩序に挑戦する理由はない」と主張する。
(6) 「国際秩序は、新興国の力の成長をより反映すべき」 と、途上国重視の姿勢も打ち出す。
▼ ロシアと中国の状況を踏まえての長期的展望
ソ連邦解体後のロシアは、資源輸出依存の経済構造となり、武器を除き工業品輸出は衰退し、若者たちは仕事を求めてヨーロッパに流出している。自国の居場所を、国際秩序の中で見出していない。国内の民主化は後退し、指導者は民主化に脅威を感じている。経済的に益々中国に依存する。西側との関係が破滅的状況になる前から、中国と同盟関係に入りたいと述べる。
中国は、今日の国際経済体制下で経済発展を遂げ、それが政権安定の基盤になっている。政権にとり都合の良い状況を壊すつもりはない。他方、米国からの圧力には強く反発する。ロシアと連帯するが、ロシアと同盟関係に入るつもりは(少なくとも今までは)ない。政権安定のため、ナショナリズムに訴え、対外的な要求を強める。指導部は、リベラルな価値観(自由、人権の尊重など)を受け入れず、敵視すらする。途上国との連携を追求する。
中国の最大の関心は政権維持であり、また米国との関係である。その中でロシアとの関係が決まってくる。リベラルな理念への反発という点で、中露指導者は親和性が高い。米国からの“圧力”に対して、ロシアと一定程度連携するのは得策というのが現在の計算だ。他方、米国との関係をこれ以上悪化させるのもよくない。ロシアが中国の主張に同調することは歓迎だ。
中国経済・軍事力の更なる強大化が今後も続くことを前提にすれば、領土紛争、一帯一路、FTA圏構築、地域問題(台湾、朝鮮半島、中東)、航海の自由、北極圏開発、国際秩序の“変革”について、ロシアはこれまで必ずしも中国に完全には同調していなかったが、今後はより中国になびく方向で両国の連帯を強めるだろう。
西側諸国としては、軍備管理・軍縮、海洋法、国際貿易・投資、地域問題などでの綻び(ほころび)の修正と秩序強化を図るべきだ。
途上国を中国、ロシアの側に追いやらないようにすべきである。彼らの状況を理解し、彼らから見て不公正と思われる状況への対応も必要だ。
(参考文献)
Alexei Arbatov, “Collapse of the World Order?”, Russia in Global Affairs, 2018, No.1.
Andrei P. Tsygankov, “From Global order to Global Transition”, Russia in Global Affairs, 2019, No.1.
Sergei V. Lavrov, “The World at a Crossroads and a System of International Relations for the Future”, Russia in Global Affairs, 2019, No.4.
Alexander A. Vershinin, “The Empire and the Nation in the 20th Century”, Russia in Global Affairs, 2020, No.2.
Rein Mullerson, “Undemocratic Liberalism, Liberal Imperialism and the Rise of Populism”, Russia in Global Affairs, 2020, No.2.
Evgeny N. Grachikov, “China in Global Governance: Ideology, Theory, and Instrumentation”, Russia in Global Affairs, 2020, No.4.
V. Putin, “Presidential Address to Federal Assembly”, February 21, 2023
黄髪赤「国際秩序要更加反映新興国家力量増長」(国際秩序は更に新興国の実力の成長を反映すべきである)、『人民日報』、2015年10月30日。
張芳曼「塑造更加公正合理的国際新秩序」(より公正で合理的な新しい国際秩序の形成)、『人民日報』、2017年5月4日。
王海林他「構建更加公正合理、穏定友好的国際秩序」(より公正で合理的で安定した効果的な国際秩序を構築する)、『人民日報』、2019年7月10日。
鄭永年「中国在国際秩序中発揮重要作用」(中国は国際秩序で重要な作用を発揮する)、『人民日報』、2020年9月18日。
姜毅「国際秩序改革需要更多“中国主張”与“中国行動”」(国際秩序の改革はより多くの“中国の主張”と“中国の行動”を必要としている)、『世界知識』、2021年No.15
周翰博「推動構建更公正合理的国際秩序」(より公正で合理的な国際秩序の構築を促進する)、『人民日報』、2022年10月3日。
中国はロシアに軍事協力するか 米国との関係悪化は望んでいないので・・・ |
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【世界を読み解く(35)】両国の国際秩序観は異なるが、ロシアは中国になびかざる得ない
公開日:
(ワールド)
習・プーチン(SCOサミット、2022年9月16日)=Reuters
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井出 敬二(ニュースソクラ コラムニスト)
1957年生まれ。1980年東大経済学部卒、外務省入省。米国国防省語学学校、ハーバード大学ロシア研究センター、モスクワ大学文学部でロシア語、ロシア政治を学ぶ。ロシア国立外交アカデミー修士(国際関係論)。外務本省、モスクワ、北京の日本大使館、OECD代表部勤務。駐クロアチア大使、国際テロ協力・組織犯罪協力担当大使、北極担当大使、国際貿易・経済担当大使(日本政府代表)を歴任。2020年外務省退職。著書に『中国のマスコミとの付き合い方―現役外交官第一線からの報告』(日本僑報社)、『パブリック・ディプロマシー―「世論の時代」の外交戦略』(PHP研究所、共著)、『<中露国境>交渉史~国境紛争はいかに決着したのか?』(作品)、”Emerging Legal Orders inthe Arctic - The Role of Non-Arctic Actors”(Routledge、共著)など。編訳に『極東に生きたテュルク・タタール人―発見された満州のタタール語新聞』(出版に向け準備中)
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