中国の人権抑圧に対する「抗議の焼身」が続くチベットに潜入し、撮影を敢行した映画「ルンタ」が公開されている。チベット亡命政府があるインドのダラムサラで30年間、チベット人を支援してきた中原一博氏を「水先案内人」とし、チベット問題を30年以上追いかけてきた池谷薫監督が中原氏と二人で「焼身の現場と背景」を探った問題作だ。中原氏はこみ上げる感情を抑えながら、淡々とした口調でチベット人が置かれた状況を語っていく。7月18日から東京・渋谷で公開されており、今後、全国各地で上映される。
題名の「ルンタ」はチベット語で「風の馬」を意味し、旗や紙に馬の絵が印刷されている。一緒に経文が印刷されていることも多い。仏法が風に乗って広がるよう願いが込められている。
この映画(上映時間111分)が、亡命政府側に立つ視点で描かれたことは否めない。中国側は「焼身」についてダライ・ラマ側の勢力が扇動し、強要している、と主張し、「扇動者」の摘発に力を入れている。中国が支配するチベット地域の取材も自由ではない。そうした点を考慮してもなお、チベット人はなぜ「焼身」を選ぶのか、といった疑問に何とか回答を見つけようとする二人の日本人の心情が伝わってくる内容となっている。
チベットは中国の西南部に位置する。亡命政府側の説明によると、チベット人居住区(チベット仏教文化圏)はチベット自治区のほか、青海省、四川省、雲南省、甘粛省にまたがり、面積は約240万平方キロで、中国全土の約4分の1を占める。
1949年、中華人民共和国成立後、1951年には人民解放軍がラサに進駐し、チベットを「平和解放」した。その後、チベット人による抗議活動が続き、動乱に拡大。1959年3月には最高指導者ダライ・ラマ14世がラサを離れて、インドに亡命。現在、ダラムサラに亡命政府がある。ダライ・ラマは1989年、ノーベル平和賞を受賞。今年7月6日に80歳となった。
米国にある支援組織「チベットのための国際キャンペーン」によると、2009年2月27日以降、「焼身による抗議」(self-immolation)をしたチベット人は142人に達している。
現在のチベットでの抗議活動は、北京オリンピックを前にした2008年3月に始まった。中国当局が厳しい弾圧を加えたため、反発は強まり、焼身による抗議につながっている。焼身によって亡くなった人に、その理由を聞くことはできない。しかし、映画の中では、焼身を選ぶ背景に「人のために自己を犠牲にする」「人を傷つけない」「中国人には危害を加えない」といった考え方がある、との見方が示されている。
映画の「水先案内人」となっている中原一博氏は1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科で学び、旅先のインド北部ラダックでチベット仏教建築に魅せられ、卒業論文のテーマに選んだことがチベットとの縁の始まり。その後、1985年にダラムサラに移住。亡命政府専属の建築士として、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール、チベット伝統工芸センター・ノルブリンカなどを設計。NGOルンタプロジェクトを始め、元政治犯らを支援している。
監督の池谷薫氏は1958年、東京生まれ。同志社大学卒業後、数多くのテレビ・ドキュメンタリーを制作。初の劇場公開作品「延安の娘」(2002年)はカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞、ワン・ワールド国際人権映画祭ヴァーツラフ・ハベル特別賞ほか多数受賞。中国残留日本兵を描いた2作目「蟻の兵隊」(2005年)もロングランヒット。東日本大震災を扱った3作目「先祖になる」(2012年)はベルリン国際映画祭エキュメニカル賞特別賞、香港国際映画祭ファイアーバード賞(グランプリ)、文化庁映画賞大賞、日本カトリック映画賞を受賞した。
【注】
映画の公式ホームページ
http://lung-ta.net/index.html
池谷薫監督の公式ブログ
http://blog.lung-ta.net/
中原一博氏のブログ
http://blog.livedoor.jp/rftibet/
チベット支援組織の資料
http://www.savetibet.org/resources/fact-sheets/self-immolations-by-tibetans/
チベットの今を問う映画「ルンタ」 |
あとで読む |
【中国をよむ】「抗議の焼身」続くチベットを亡命政府の視点から撮影(8月3日の記事を再掲)
公開日:
(ワールド)
「ルンタ」のポスター
![]() |
鈴木 暁彦(関西学院大学非常勤講師、元朝日新聞北京特派員)
早大法卒、放送大院修士課程修了。1985年朝日新聞入社、東京経済部、北京支局(中国総局)、大阪経済部次長、広州支局長などを経て、2011年より現職。調査研究報告「中国の報道規制とチベット取材」(朝日総研リポート08年7月号)、共著に「奔流中国 21世紀の中華世界」、「奔流中国21 新世紀大国の素顔」(いずれも朝日新聞社)
|
![]() |
鈴木 暁彦(関西学院大学非常勤講師、元朝日新聞北京特派員) の 最新の記事(全て見る)
|