世界に注目されるなか、中国の人民代表大会と政治協商会議の前触れといえる中国共産党の「二中全会」が閉幕した。日本のマスコミはこぞって機構改革や重要人事などを取り上げていたが、詳しく読むと、公表された「二中全会の公報」に習近平の悩みと恐れが透けて見える。
中国共産党の「二中全会」は、3月5日に開かれる人民代表大会と政治協商会議という「両会」の基調を決める会議だ。これで今後一年間の中国の大方針が決められる。だからその「公報」は極めて重要だ。
「(中国の)改革と発展の安定は依然として多くの深い矛盾をはらんでいる。需要が減少して供給にダメージを与えた。期待が弱く、圧力が大きい。経済が回復する基礎が固められずにいて、常に予期せぬ事態が発生する可能性が存在している」
以上は「二中全会」の公報に書かれた中国経済の現状であるが、習近平の三期目の政権が取り掛かるべき最重要の課題でもある。経済が回復しないと、政権の正当性も問われるので、経済は三期目に突入した習近平の最大の悩みだ。
すでに2022年の失業率が5.6%に達して、16歳から24歳の若者の失業率はなんと17.6%にも上った(中国国家統計局により)。また外資企業も在中企業の投資が減少して、増加は見込めない。国営企業を優遇するばかりで、個人企業は圧迫され、萎んでいくばかりだ。
去年の年末から、経済を回復させるために中国の地方政府による海外への「招商引資(外資誘致)」ブームはまだ続いているが、河南の投資誘致の「六皮精神」がまた中国経済の窮地を表している。その「六皮精神」はマスコミに取り上げられ、アクセスランキング入りするほど話題になった。
「六皮精神」とは「硬着头皮(無理して)、厚着脸皮(厚かましく)、磨破嘴皮(唇を薄くなるまで説いて)、踏破脚皮(足の皮が破けるまで歩け)、饿着肚皮(おなかをすいたままでも粘り)、合不上眼皮(眠りができないほど誘致を成功させたい)」である。
この「六皮精神」は河南省南陽市の共産党委員会書記の講話で語られたことでマスコミに報道された。ここまでして経済を回復に取り込まなければならないとは実際の経済状況の悪さが想像できるであろう。習近平の悩みも尋常ではないと示している。
「二中全会」の公報に下記のことも書かれている。
「世界は新しい変動と変革時期に入り、わが国(中国)の発展は戦略の機会とリスクや挑戦と共存して、予想のできない要素が増える時期に入った。風が強く、浪が激しく、甚だしい場合は嵐の試練を受けなければならない」
つまり、習近平は自分の三期目に自信を持てないだけではなく、予期せぬ事態が起こることを恐れている。またその「公報」で繰り返し強調したのは党、つまり習近平個人への崇拝と忠誠。規則違反して三期目政権に入った後ろめたさがにじむ。
習近平が心配したさまざまな予期せぬ事態の一つは李克強にある。本連載でも取り上げたように李克強は国務院を率いて習近平と対抗して、正反対な政策や方針を推し進めてきた。習近平が個人崇拝や権力掌握のため、政府から党への集権をしてきたのに対して、李克強は改革開放を全力で推し進めてきた。
また習近平がゼロコロナを強要してきたのに対し、李氏は経済を守ることに必死だった。どこにいってもマスクなしで民衆と接しながら国務院で経済を阻害する強制隔離をしてはならないと政策作りに腐心した。彼は間もなく総理を辞任するが、最後の力を絞って、習近平と戦っている。
去る2月24日、一つの映像がまた社交SNSから流れ出した。李克強が中国改革発展委員会、略称「国家発改委」を視察した。視察して離れるまえに、職員たちが入口の前に集まり、彼を送別した。在任中の最後の視察だったので、李克強も恐れることなく現場で皆に話をかけた。
わずか2分間ぐらいの間に、彼は8回も改革を強調し、みんなに引き続き中国の経済に開放の姿勢で取り掛かるように呼び掛けた。もちろん、この時の映像も話も政府系マスコミでは報道されないが、彼の改革開放への思いは十分伝わった。現場で心のこもった拍手が響いた。人気の高さは習近平と雲泥の差で、まさに「習下李上」だ。
その前の2月22日、李克強が最後になる国務院常務会議を主催した。その会議で彼は「政府の権力は人民が与えてくれた。施政者は必ず国民の望みに従わなければならない」と強調した。この話も習近平の集権、独裁及び個人崇拝を風刺したのではないかと話題となった。
この会議で李克強が習近平の側近の何立峰「国家改革発展委主任」を指名で批評したという情報もあった。つまり、何氏が国務院常務会議の審議も経ずに医療改革案を推し進めたと。その改革案が国民の不満を買い、本連載も取り上げた「白髪運動」という抗議デモを引き起こした。
李氏が直ちにその医療改革案を是正するように指示し、さもないと自分がこれから開かれる予定の人民代表大会の報告書にまたこの問題を取り上げると釘をさした。
慣例によると、中国の指導者は定年辞任するまえに、慰労の意味も含めて外遊するはずである。栗戦書はすでにロシアなどの国を訪問したが、李克強は外国訪問していなかった。代わりに様々の会見や会合に頻繁に参加し、習氏が中国をソ連化する独裁の動きと対抗することを口にしている。
李克強がいまだに辞任する前の外国訪問もしなかった理由は二つ考えらえる。一つは国内の政治闘争が激しく、また手が離せない。もう一つは習氏が彼の外遊を禁止しているのかもしれない。李克強が外国に行って自分に反対する発言をするのを恐れていたこともあり得る。
3月2日、中国の両会が開かれる直前、李克強が国務院での辞任記念撮影活動の講話で、「人がやっていることは天の神様がみている」と職員に言い残した。この映像もまた流れてきて、話題となった。李克強が習近平に言い聞かせたことばではないかと。
3月5日に開かれた全国人民代表大会で李克強が在職中の最後の政府工作報告を読み上げた。読み上げたあとに、習近平が一秒も足らずに握手してくれて、李克強と目も合わさずに去った。しかし代表たちは37秒の熱烈した拍手を送った。
いつも拍手を強要する習近平との違いは鮮明だ。李は最大限に自分の原則を守り、できるだけ経済面での改革開放を今年の目標に書き入れ、外交面での戦狼色をおさえた。今年の経済目標は5%にして、習近平の新国務院に大きな課題を残した。
李克強が以上のように波風を立てずに、習近平三期目の施政にくぎを刺した。