9日に、中国外務省のスポークスマン趙立堅が更迭された。3年間も務めた外交部の新聞司副司長(局長に相当)から辺境と海洋事務司副司長に。昇進ではなく、同格ポストへの異動。実際は降格だ。
このアメリカなど西側の先進国を敵視する戦狼外交官がスポークスマンを勤めた3年間は、中国の対外関係が一番孤立した3年間だった。彼が更迭されたことにはさまざまな憶測が生まれた。
彼の妻の個人SNSでの発言が原因ではないか?
彼が更迭されたことは中国が戦狼外交を止めたサインだと見る向きもある。
趙立堅を更迭したのは新任外交部長、秦剛だとの説がある。「秦剛は外交部長に選ばれ、習近平に趙立堅の更迭を進言して、許可された」と言う。秦剛も戦闘的な外交を貫いてきたが、趙立堅のように低俗で舌鋒鋭くはなかった。
趙氏のアメリカへの露骨な攻撃は、駐米大使であった秦剛の仕事に悪い影響を与え、非常に働きにくかったので、二人の相性はあまりよくないと言われる。
そもそも中国共産党第二十回大会のあと、外交部の人事調整が始まった。秦剛がこの大会で中央委員になったことで、外交部長になると予想され、部内人事が動き始めた。趙立堅も11月末ころには自分が異動することを知った。
使い捨てにされて、不満を持った趙氏の妻が11月30日に自分の「微博」で次のように書き込んだ。
「スポークスマンの仕事は特別だ。毎日12時間も働いて、家に帰るのは深夜12時過ぎ。待遇はいいと言われたが、デリバリーサービスのお兄さんのよう。残業代も奨励金もなく、家に帰る時間もなかった。すべて組織に従い、国家を護る世論戦争の最前線にたっている。彼にあるのは愛国の情と理想及び固い信念のみ。その代償は国内外からの噂と罵りだけ。おまけに家族も巻き添えに。誰が彼を気にしているの?誰が彼を理解できるの?誰が彼をまもるの?(以下略)」
この文面をみると、その時点で趙氏の異動はもう決まっていたのだろう。だから、遠慮がなくなって、彼の妻が公に人事異動に文句を言った。それまでに趙氏の妻のSNSはフォローワー数が十万を超え、注目を集めていた。自分の「微博」で常に夫と同じ論調で愛国や外国の悪口を書き込むのが特徴だった。
しかし、その書き込みをきっかけに変調し始めた。12月19日、趙氏の妻はまた書き込みをして、政府批判を思わせる文面になった。なんと夫の趙スポークスマンが新型コロナに感染し、一週間を超えた熱にも関わらず、薬がなかったと言い、最後に「風邪薬も熱が下がる薬も買えず大変心細い。これら薬はいずこに?」と問いかけた。
これは明らかに中国政府のコロナ防疫に対する批判だ。突然、ゼロコロナを放棄して薬などの不足が社会現象になったことに対する不満を述べたこの書き込みは大きな波紋を引き起こした。
それでも懲りずに、さらに不可解な書き込みをした。1月9日には中国政府が趙立堅の人事異動を公表。11日に、趙氏の妻は「微博」に意味深なコメントを書いた。
「牢记使命(使命を銘記する) 不忘初心(初心を忘れずに) 砥砺前行(励んで前進する) 荣辱不惊(栄辱を気にしない)」
ここで注目すべきなのは最後の「荣辱不惊(栄辱を気にしない)」である。誰に侮辱された?趙氏の妻はこの言葉をもって自分の夫が使い捨てされた怒りを表しているのだろうと思われた。政府の要職に就く幹部の家族としては、してはならないことを彼女はした。
ここで書かれた言葉は全部習近平が愛用することばで、語録として常に政府系マスコミに報道されてきた。だが、この書き込みは習近平に対する不満を言っているではないかとまで憶測を及んだ。また、習近平の外交は戦狼派と親米派の間に挟まれ、バランスをとる難しさの一端が見えた。
案の定、そのあと、趙氏の妻の「微博」のアカウントはほぼ閉鎖状態に追い込まれ、もちろん上述の書き込みはすべて削除された。
趙立堅の新しい仕事は辺境と海洋事務司の副司長だ。外交部の「辺境と海洋事務司」は主に陸地と海洋に関係する外交政策を作り、海洋に関わる対外関係の仕事を指導する部門である。
隣国との陸地の境界線などの事務のほかに海域の境界線及び共同開発の交渉にも携わる。まさに日本と関係がある部門だ。戦狼外交の筆頭人物をこのような部門の要職に据えることは日本にとっても要注意であることは言うまでもない。
趙立堅が更迭され、秦剛が外交部長に昇任したことで、「中国の外交は戦狼外交ではなくなるではないか」と期待が寄せられたが、そう簡単に変えることはできない。
経済の危機に直面している習近平は、米国への懐柔策として、外交部に今回の人事異動をさせたが、「斗而不破(戦うが、体面をつぶすほどやり合うことしない)」と言われる、これまでの外交方針は変わることがないだろう。
(敬称略)