かつて中国の公安部を牛耳っていた高級幹部の裁判が今月次々と開かれた。元公安部党委員会委員の孫力軍・副部長ら七人「政治団伙(不法活動をするグループ)」のメンバーほぼ全員に重い判決が言い渡された。
孫力軍副部長が9月23日、元中国司法部長・副傅政華と江蘇省政治法律委員会書記・王立科が9月22日、それぞれ2年の執行猶予つきで死刑を言い渡された。2年が経過し無期になっても、減刑や仮放免の権利は剥奪され一生牢獄にとじ込められる運命だ。
9月21日に、元上海副市長兼公安局長の龚道安が無期懲役、元山西省副省長兼公安庁長の劉新雲が14年の懲役、元重慶副市長兼公安局長の鄧恢林が15年の懲役を言い渡されている。
元国家安全部党委委員兼国家安全部紀律委員会監察グループ長の劉彦平は9月9日に逮捕されている。これで七人の「孫力軍政治団伙(不法活動をするグループ)」全員が摘発され、第二十回党大会(二十大)に向けて駆け込みで重い刑が科された。
「わずか3日で6の虎(大物の汚職腐敗者)が裁かれた」と「中国新聞週刊」が成果を強調した。罪名は主に賄賂や汚職だが、「政治団伙(不法活動をするグループ」との呼び方は権力闘争での敗北を意味している。
元中国公安部党委員会委員、副部長の孫力軍はオーストラリアの大学に留学した経験があり、公共衛生で修士号を取得している。2008年から公安部や衛生部門などで様々な職務を担当してきた。
中国共産党中央政法委員会書記の孟建柱との関係が親密で、2018年3月、公安部副部長に抜擢された。
2020年4月19日、孫は中国紀律検察委員会の調査を受けて、党員籍をはく奪され、公安部副部長を免職された。2021年11月5日に中国最高人民検察院が孫力軍を収賄罪で逮捕との通達を発表した。
通達によると、孫は「二つの維護(習近平を首長とする党中央及び党の核心地位と党中央の権威及び集中統一指導地位を擁護すること)」に反したという。通達の文面を読むと、高額の収賄罪よりも習近平に反対したことの罪を問われたようだ。
孫力軍は元中国共産党中央政法委員会書記,政治局委員の孟建柱を補佐する立場だった時に、病気の孟氏の妻に米国まで同行し、親身になって看病したという。孟氏の信頼を勝ちとり、公安部副部長に任命された。
孟建柱は江沢民派で、習との関係は微妙だった。孟の信頼が厚かった孫を習は信用していなかった。中国政治の残酷さを心得えていた孫も用心して、多くの秘密資料を隠していた。
中央紀律委員会が後に公表した孫に関する通達には「私藏私放大量涉密材料(大量の秘密資料を無断で隠匿した)」と書かれていた。
2020年2月、武漢で新型コロナ感染が爆発的に拡大した。中国政府は現地指揮にあたる数人の「中共中央工作組(政府直属グループ)」を派遣した。孫もそのメンバーだった。
公衆衛生の専門知識を持ち、また副部長だった彼はWHO調査団も視察することがかなわなかった武漢P4実験室に自由に出入りし、新型コロナに関する資料を入手したと言われる。
正確な感染者数などの重要資料に接することができる権限も持っていた。一方、中国政府は感染人数も含めて感染源に関する情報をすべて公表していない。
武漢入りの後の4月19日、孫力軍は「重要な紀律違反」の疑いで調査を受け、姿を消した。
孫の失脚は武漢のコロナ感染と関係があり、彼が無断隠匿した資料は武漢の新型コロナ状況など政治的に微妙なことと関係があると「RFI」中国語版が報じた。
孫はオーストラリアに機密資料の内容を漏らしたと言われている。モリソン首相がコロナ発生源を国際調査すべきと求めたのは、この資料に基づいたためとされる。結果、中国は報復措置をとり、石炭をはじめ豪産品の輸入を差し止めた。
ブルームバーグも孫力軍のことを取り上げ,「2020年4月ころにモリソン首相がコロナの発生源を国際独立調査すべきと言った数日後に、中国から大規模なハッキングが豪政府に仕掛けられた」と報じた。
その後、中豪両国の間で制裁合戦が起こり、関係は凍り付いた。孫が漏らした情報と関係があるとみられている。
孫が外国に流した情報は習政権に不利であった。さらに、孫が習近平の武漢視察に同行した際の態度が逆鱗を触れたともいわれている。
「孫が党内で政治派閥を作り、個人の権勢拡大に励み、利権集団を形成させた。その利益集団が政府の主要部門をコントロールし、党の団結を破壊させて、政治の安定を危うくした」と中国中央紀律委員会が通達で公表した。
その後、孫が習氏の失脚を狙ったと言う噂も流れてきた。その根拠の一つは「孫氏は無断で二つの銃器を持っている」と中国政府に公表されたことであった。無断でいうのは政府の許可なしで隠し持ったことで、銃器の個人携帯を禁じる中国では大きな罪になる。
孫力軍の逮捕後まもなく、孫氏の政治グループの二番目メンバーで元中国司法部長傅政華は免職、すべての資格も剥奪された。
傅氏が調査を受けているとの突然の発表で、謎はさらに深まった。そのあとグループ全員の七名全部摘発されたことで、傅氏も孫氏に加担して、習氏を反対したことで粛清された。
一連の裁判で孫力軍が傅政華と手を組んで七人の「政治団伙(不法活動をするグループ」を組み、習氏に牙をむいたことは明らかになってきた。
孫力軍たちが習を含む政治局常務委員たちを盗聴監視していたと言う噂が流れていたが、今となると単なる噂ではなかったようだ。
共産党大会が間もなく開かれる。その前に習が孫力軍一味に判決を下したのは見せしめだろう。裏返せば、習近平が三選を果たしても、安心できないことを意味している。