噂だから、このコラムで取り上げるまでもないと思っていた。しかし、習近平自ら噂を否定しなければならない事態にいたっては、その背景を取り上げざるを得ない。
9月中旬に上海協力機構首脳会議が開かれ、その後習近平は中国に戻った。翌日の9月17日から、彼の姿は公の場から消えた。政府系メディアでは習に関する出来事がたまに報じられたが、現場での姿は一切なかった。
さまざまな噂はまずツイッターから流れてきた。その一つは中南海でクーデターが起こり、胡錦涛と温家宝が手を組んで、中共中央警衛局に指示を出して習近平を軟禁したというものだった。
ほかには、朱鎔基など長老たちが習近平の内政外交政策に強い不満を持ち、上海協力機構首脳会議参加の隙を狙って、習の三選阻止の政治局会議を開き、彼を罷免したというのもあった。
一連の噂はどんどん広まり、ツイッターの人気検索ランキング入りしただけではなく、ウォールストリートジャーナルなど多くの海外メディアも取り上げるようになった。
中国政府も事態を無視できなくなり、習は9月27日に政治局常務委員を引き連れて公衆の前に現れた。中央テレビの映像を見ると、実に不自然なところがあって、世論を意識した放送であることは明らかだった。
習近平と6人の常務委員らが現れた場所は北京展覧館で、「奮進新時代(新時代の奮闘と前進)」をテーマとする展示を見ていた。解説者も、ほかの観客もいなかった。6人の常務委員が、何かを語っている習近平を取り囲んで耳を傾けている。
新華社に掲載された写真はもっと露骨だ。最初の一枚は習近平と6名の常務委員以外はカットされていた。習近平を核心とする党中央の団結を象徴するシーンだった。和気藹々ぶりを強調した映像や写真は明らかに海外の習近平軟禁説を意識したものである。
訪れる必要もない場所で、習近平を中心に全員集合の映像と写真を撮らせて公表した背景は何だろう。
まず国内情勢である。ゼロコロナ政策で経済が行き詰まり、企業倒産や失業者が増加した。警察など司法部門の権限増大や言論統制に対する不満は高まっている。
厳格なゼロコロナ政策は人々の自由を奪い、抗議デモがたびたび起きている。社会にたまった不満はまさに一触即発だ。
多くの人々が中国共産党第二十回党大会(二十大)の場での習近平降板を望んでいる。特に富豪ランキングに入っているような人たち、その後ろに隠れている党幹部の子弟など特権的地位にいる「太子党」のメンバーなど習近平の閉鎖的な経済政策で損失を受けた人々たちの不満は大きい。
党大会に向けて党内の権力闘争も激しく、習近平の辞任を望むグループも存在する。
習に敵対するこれらの人々は海外メディアを利用して、わざと噂を流し、その噂を国内に還流させて社会不安を起こすことで、習を不利な立場に追い込もうと狙ったに違いない。習は民心の動揺を恐れ、噂を否定する必要があった。
国際的にも、習近平への危機感は強い。習政権は戦狼外交を行い、アメリカと対抗する路線で中国を国際的に孤立させた。外資が撤退したり、投資を減らしたりして、企業の経済活動が停滞している。
イデオロギー色を全面に打ち出した習政権に対し、民主主義国家は疑心を抱くようになった。この強い不信感は習近平軟禁説が蔓延した一因かもしれない。
9月25日、オーストリアの新聞「Der Standard」は習近平が軟禁されたという噂を取り上げた。その報道によると、1000万フォロワーを擁するインドの元大臣が最初にツイッターで軟禁に言及したという。
また、プーチンがインドのモディ首相に軟禁説を話し、噂が広まったという話もあった。どれも信憑性はないものの、習近平をめぐる国際情勢の複雑さの一端を示している。
9月27日に中央テレビが放送した習近平と彼を囲む6名の政治局常務委員の映像には意味深なサインが隠されている。全員マスク姿だが、7人が纏った衣装は派閥別になっている。
習近平と栗戦書、王滬寧、趙楽際、韓正は同じ色のジャケットを着ているが、李克強と汪洋だけはジャケットではなく、白いシャツを身にまとっていた。李克強の改革開放派と習近平の北朝鮮化派の違いを象徴するようないでたちだった。
9月30日、例年通り、建国記念日の式典が開かれた。習近平が六人の政治局常務委員らと共に、日中戦争や国共内戦の犠牲者を弔う式典や夜の建国記念宴会に参加した。
ここで全員マスクをしなかったことが話題となった。中国のゼロコロナ政策に変化が生じていると専門家たちは見ている。
党大会ぎりぎりまで、権力闘争は続く。