米国に撃墜された中国スパイ気球は世界の注目の的となった。世界一の強国、米国の上空に忽然と現れた巨大な飛行物体は人々に衝撃を与え、中国に対する警戒感を一層強めさせた。
中国政府はその気球は気象観測のための「民用飛艇(民間飛行船)」で、西風でアメリカの上空に流れたと主張。アメリカはスパイ気球だと断言し、お構いなく撃墜した。ちょうどブリンケン米国務長官が中国を訪問する直前に事件が起こったので、訪問が延期され、中国は米国との対話も拒否。米中関係の改善の気運も消えた。
日本の報道を見ると、この事件は現場が独自の判断で起こった事件で、習近平が知らなかったという見方が多かった。しかし、そうとは言い切れない点もある。
解放軍が仕掛けた謀略説もあるが、3選に成功した習近平政権だから、考えにくいだろう。
中国のスパイ気球がアメリカで話題になった直後に、中国政府は民用だと説明して、遺憾の意を表した。また中国政府がすでにブリンケン米国務長官の訪問を受け入れて、アメリカと関係改善へと動いていたところだったから、中国スパイ気球事件は習近平の意向に反した動きと分析する向きも多かった。
しかし、中国政府の対応や政府系マスコミなどの報道を見ると、これは事前に計画した行動だとも解釈ができる。
それを説明するにはまず中国の軍事気球に対する研究を見なければならない。
2021年9月28日に開かれた第13回中国国際航空航天博覧会に「中国電子科技」が自社の気球監視システムと新型の気球装備を出品した。それは「JY-400系留气球侦察监视系统(JY-400繋留気球探偵監視システム)」と言う。
このシステムは中国の繋留気球の最新製品だと「新華社」は報じた。また「新浪網」の報道によるとこの最新の繋留気球は空中警報、超低空の目標への接近を目的とする。違う設備を搭載することによって、探偵、通信の中継、電子の対抗戦などの任務が完成できるという。
中国の気球を軍事に応用する研究は第10回5ヶ年計画(2001年から2006年)の期間中から始まり、数多くの一流大学と科学研究院および民営企業が共同でプロジェクトを推進してきた。
北京航空航天大学が2007年から2017年までの間に数多くの航空実験を行った。2015年10月、北京航空航天大学と北京南江空天科技株式会社が「圓夢号(夢が叶う号)」と言う低空の飛行艇の長時間飛行実験を成功させた。
飛行ルートをコントロールし、安全に回収することに成功した。同時にデータ、音声と映像の転送実験、地面の観測と空中の感知などの実験を行った。これら成果は中国が低空の飛行艇の研究分野で、世界の先端入りしたことを示した。(2022年3月11日中国ポータルサイト「網易」が「艦裁武器」より転載)
ロイター通信も中国の軍事部門と政府系研究機構がこの2年間で低空気球と技術を買ったと指摘した。解放軍に関係する新聞や雑誌にも気球の軍事用途に関する報道と論文が多く掲載されている。
2009年に中国政府が気球飛行器研究センターのために新しい研究基地を作り上げて、最大100立方メートルの低空気球と1立方メートル繋留気球を研究開発することができるようになったと「中国気球飛行器研究センター」が公表した。
中国の軍事気球の研究はかなり進んでいる。飛行ルートのコントロールもできた。ならば、ブリンケン米国務長官が中国訪問する直前の時点で忽然と米国の軍事区域の上空に現れたスパイ気球は偶然だとは言い難い。米国に、国務長官の訪中を受け入れる一方で軍事的に威嚇する「软硬兼施(あめとむち)」の戦略を使って失敗した可能性もあるだろう。
三期目に入った習近平政権にとっては成果と威信が何よりもほしい。特にゼロコロナが失敗し、「白紙革命」が発生したいま、評価される実績がほしいのだろう。
その上、習近平及び彼の追従者は「東昇西降」を固く信じて、競争ばかり強調して、対話を続けるバイデン政権は軟弱だと見ている。「東昇西降」は習近平の内部講話で伝わってきた国際情勢を判断する言葉で、つまり中国の力が増す一方、欧米の衰退が進むという意味であった。
習近平政権はこの判断で、鄧小平の唱えた「韬光养晦(実力を隠して時期を待つ)」外交方針を放棄し、「戦狼外交」に軸に移した。その上、米国も他の先進国も中国の市場を捨てるはずがないと習近平と腹心たちは固く信じている。だから、何かがあると、中国はすぐ対話の拒否や輸出の停止などの措置に動きたがる。
このたびのスパイ気球事件も同じだ。中国外交部が1月17日、ブリンケン米国務長官の訪中を記者会見で歓迎した。しかし、米国主導で中国を念頭に多くの制裁法案が審議され、サプライチェーンの再構築で脱中国する動きが広がっている。
特に日本の岸田首相のEU訪問、アメリカ大統領との会談での共同声明などで、中国からみると、これは全部中国に向けた剣に見え、怒りを募らせている。中国共産党の飯を食っているのに中国共産党の悪口は許さないとは習近平の言葉だ。
ブリンケンの訪問を受け入れたあとに米国および関係国から中国を念頭に制裁法案や対抗の声明などが出てきて、中国側の不満は普通ではない。
中国スパイ―気球が撃墜されたあと、中国のポータルサイト「網易」に「東アジアの空に戦雲、中米戦争一触即発!中国が小さな気球で米国の陰謀を破滅させた」と言う論評が掲載された。
米中が激しく駆け引きをしている最中に、米国が日本と韓国を率いて台湾問題を利用して東アジアに戦争を引き起こそうとし、「中国はふわふわとした気球を飛ばせて、直接、米国へ行かせた。米国は事前に察知できなかった。発見した後もなすすべがなかった」と書いた。
中国軍事評論家なども次々とマスコミに登場し、中国の気球が飛んでいる高さでは米国は撃墜したくてもできないと解説した。また気球事件のあと、中国政府がすぐアメリカに「遺憾」の意を伝えたのも珍しい。
中国スパイ気球事件は中国政府が米国を試しているかもしれない。中国側には抵抗のメッセージを伝えたいのかもしれない。ブリンケンを歓迎しながら、気球をアメリカの上空に飛ばせた。もし撃墜されなかったら、米国が中国の巨大市場の甘い汁に抵抗力がないことが証明される。撃墜されても、中国が謝ってブリンケンがまた予定通りに尋ねてくると、また中国の勝ちだ。しかし、スパイ気球に対してアメリカ人の憤怒を軽く見過ぎた点は中国の失敗だろう。
中国が飛ばしたこのスパイ気球は中国に大きなダメージを与えている。しかし、情報のコントロールで多くの中国人は米国が中国の気球に負けたと楽観的に見ている。中国外交部は米国に対して更なる必要な対応の権利を留保すると公言している。
それに関連して、中国の軍事専門家、泰安が二つの選択を挙げた。一つは米軍が中国の周辺で活動する軍艦及び飛行機を撃墜すること。その二はたくさんの気球を絶え間なくアメリカの上空に送る、であった。
大変危険な提案で、油断ができない。アメリカの盟友である日本にとっても他人事ではない。