今月15日、中国の武漢と大連で定年退職者らがデモを行った。抗議の矛先は政府が推し進めた医療保険改革だ。参加者たちはSNSなどでデモへの参加を呼びかけ、指定の公園に集まって、政府に対する要求を叫び、革命の歌を合唱した。当局の取り締まりで、今は沈静化しているようだが、人々の不満は収まっておらず、いつ爆発してもおかしくない状態だ。
定年退職者が中心の今回のデモは、「白髪運動」あるいは「白髪革命」と呼ばれる。3年に及ぶコロナ対策で医療保険基金は底をつく寸前だ。そこに追い打ちをかけるように、61年ぶりに人口が減少に転じたと国家統計局が公表した。
対策を迫られた政府はまず医療保険改革に手をつけた。政府は昨年末、2023年の医療改革案を決定、個人の薬代が減らされたことで、大きな論争となり、市民の間に不満が広がった。
中国の医療保険は病院での医療費の減免と薬代双方に使われる。町中の薬屋でも日常的に買える薬も対象となり、代金は個人の口座に直接送金される。金額は多くはないが、慢性疾患を抱える高齢者にとっては命綱だ。
武漢市のある市民によると、薬代の振り込み金額は昨年毎月130.61元(約2600円)だったが、今年1月は79.16元(約1600円)だった。月額250元(約5000円)だったが、80元(約1600円)に減らされたという人もいた。
薬代の振り込みは1月23日だったので、抗議デモは2月に起きた。武漢の場合、まず2月8日に1回目のデモが行われ、政府の対応がなければ「2月15日に再びデモ」と決められていた。
1回目の抗議デモで参加者と警察がもみあいになった。群衆が大声で「国際歌(インターナショナル)」を合唱したことも政府を刺激した。政府から学校への指示で、教師は教え子の親に、高齢者の家族を15日に外出させないよう念を押す羽目になった。
また「居民委員会(町内会)」が年寄りの家の前に見張りを置き、外出させないようにした地域もあったという。
中国の医療保険には様々な不公平が存在している。高級幹部たちは全医療行為を公費で賄えるうえ、高級幹部向けには専用部屋があり、専用棟や病院までが設けられている例もある。高級幹部専用の医療チームもあり、国家指導者の寿命を延ばすためのプロジェクトさえあった。本来は退院すべきなのに、あまりに待遇がよいので、病院に居座った「老幹部」もいる。
一方、「白髪運動」の参加者たちは働いた時に多額の保険料を納めなければならなかった。今度の改革で薬代が大きく減らされただけではなく、病院診療の個人負担額が約15%から最大40%にもなった(武漢の例で個人差もある)。さらに、薬の値段は高くなる一方だ。特に外国からの薬には医療保険がほとんど適用されず、高価格が社会問題となっている。
改革は本来、国民に利する方向になるはずだが、中国政府は今回、その逆の政策をとった。3年間の「ゼロコロナ」政策による無料のPCR検査や無料のワクチン、無料の隔離施設新設などで、医療保険基金がひっ迫したことが原因だ。赤字を垂れ流していた地方政府もあった。
政府がPCR無料検査に1年間費やした額は約4100億元だった。その内80%が医療保険金で賄われ、残り2割は地方政府が負担した。全国民に2日に1回の無料PCR検査を続けられるのは約3年半と「華創広観団隊」報告書は警告していた。
また、一部の地域は、無料PCR検査で医療保険基金が赤字のリスクに直面しているとも警鐘をならした(財新網 2022年5月23日)。中国政府は3年ぐらいで「ゼロコロナ」政策を突然撤回した。
三期目の習近平政権は今、コロナ対策終結に向けて動き、三月の国務院などの重要人事に集中する時期にきている。この大事な時に、デモなどの面倒は避けたいはずだ。
政府は人民日報などの政府系メディアに連日、医療保険基金改革は国民に大きな利益をもたらすとの解説や報道を多く掲載させる一方、密かにデモの主導者らを逮捕して、抗議行動の抑制に必死になっている。
しかし、医療保険基金改革はよりによって、恐れを持たない定年退職者のチーズを盗んだのだ。老人たちの反抗は政権に大きなダメージを与えうる。2020年10月、習近平が下記のような名句を言い残した。
「いまや中国人民は組織されており、手出しができない。怒らせたら、やっかいである」
その「中国人民」は今、「定年退職者」になって、習近平を悩ませている。