▽長老たちの習近平批判(“妄議”)を許さない
前回、李克強首相の経済分野での存在感が大きくなっている(“習降李昇”)と紹介した。しかし、密室政治の中国で、そう簡単にはいかない状況もある。李克強の動きが脚光を浴びたが、他方で習近平派の動きも止まっていない。
5月15日、「新時代の離休(優遇された定年)と退休(定年)した幹部に関する党の建設工作意見」についての記者会見の記録なるものが『新華網』に公表され、物議を醸した。
この「意見」は、中共中央の通達として、「離休と退休した幹部は、習近平を核心とする党中央と高度な一致を保つべき」とした上、党中央の政策を「妄議(好き勝手に議論すること)しない」、「政治面でマイナスとなる言論を広めてはならない」と要求した。平たく言えば、共産党員幹部OBよ、習近平批判をするなということだ。
同時に全国の省、市などの地方部署はこのことを確実貫徹するようにと通達した。記者会見した人物は、「共産党組織部の責任者」とされており、具体的人名は公表されていない。
中国では普通の定年とは別に、「離休」という制度がある。本来は1949年9月30日の前に、革命に参加した軍隊と政府幹部のために作られた特別な福祉制度であるが、今日でも党中央及び政府の高級幹部に適用されている。
その基準は不公表だが、筆者が知っている限りでは、党中央および省、市、自治区政府の庁長、局長以上の幹部が全員適用の対象となっている。「離休」になると仕事上定年扱いされるが、それでも国家の文書の閲覧、組織に対する見解や提案などを述べる資格がある。給料なども在職中と同じ、あるいはもっと優遇される。
「離休」幹部には、江沢民、胡錦濤を筆頭とする長老たちも含められている。だから今度の「意見」は、長老たちにも「好き勝手に党中央の大政方針を議論してはならない」と命じたことになる。実に異例な出来事だ。
この「意見」が“習降李昇”の噂が盛んに流れた時に公表されたことに注目したい。これは「政府の内部で習近平の政策を議論し、“マイナス”の言論を広めた者がいることを証明している」と、筆者の知人は解説してくれた。
確かに『人民網』は、「意見」は「最近、印刷及び通達された」と伝えているが、正確にいつ通達したとは書いていない。本来は内部文書扱いのものだからだ。
「無風不起浪(風が吹かなければ波も起きない)」ということわざがある。本来内部通達であるはずの「意見」が、こういう形で政府系メディアにより盛大とも言える程に報道されるのも尋常とは言えない。
4月29日の政治局会議で「習近平の政策が批判された」という一連の噂を考えれば、辻褄があうだろう。「離休、退休した幹部に対し、“妄議”してはならないと中央が命じたのは、共産中国史上初めてのことだ」と雑誌『北京之春』の名誉編集長胡平(現在ニューヨーク在住)も公に言っている。中国政府の内部でも、習近平に対する不満が述べられており、それに対する措置なのだと思わざるをえない。
親の七光りもあって中国の最高指導者になって以来、習近平が最も恐れるのは自分の政権や政策に対する“妄議”である。今の中国は政治や政策を議論することを禁じ、議論したら罪人のように扱われるのだ。これも改革開放以来、習近平政権になってからのことである。
2015年10月21日、習近平政権は修正した「中国共産党紀律処分(処罰)条例」を公表し、実施した。新しい「条例」は、中央の政策・方針を勝手に議論する者に対して最も厳しい罰として、党籍を剝奪すると定めた。
以来2021年までに「10人の党高級幹部が中央の政策方針を“妄議”し、それとは別に6人が中央の方針に反する言論を公言した」と、政府系新聞『法制日報』〔2021年1月27日)で独自のデータを公表している。それによれば16人のうち、11人は中央直属の高級幹部で、5人は省長級幹部であった。
このデータから見ても、習近平政権は絶対的に安泰とは言い難い。見つかっていない“妄議者”も多くいるはずである。だから「条例」で威嚇するしかないのだろう。
▽第20回共産党大会で習近平は党総書記に再任されるか
習近平派は、長老たちも含めた幹部たちを厳しく管理すると同時に、一連の宣伝で習近平が第20回党大会(本年秋開催予定)で必ず党総書記に再任されるとの印象操作をし始めた。
5月23日『新華網』は、「あなたと共に習近平の足跡を追う」と題するドキュメンタリー・ビデオ(50回のシリーズ)を盛大に公開した。これは習近平が再任するための“準備運動”だと評されている(『ボイスオブアメリカ(VOA)』中国語版)。
外交面でも動きがあった。5月24日、習近平が米国アイオワ州に住む友人サラ・ランディ(中国語から音訳)に返信したと中国外交部の公式サイトが突然公表した。翌日、政府系メディアも報道した。
この返信の中で、習近平は、「中国人民が米国人民と友好交流を引き続き強め、両国人民の友好に新しい貢献をしてほしい」と書いた。返信した理由は、その友人が自分の著書『老朋友(古い友人):習近平とアイオワ州の物語』を送ってきてくれたからだである。
これもまた藪から棒で、サラが手紙を出した日にちと返信日は「最近」とだけ表現され、具体的な日は公表されていない。しかしサラが習近平と会ったのは1985年と2012年の2回だけであった。
「これも対米外交で習近平が受けている批判をかわすための報道だ」と知人の中国政治専門家が分析してくれた。
5月18日の習近平の「中国国際貿易促進委員会設立70周年大会」での長いビデオ談話も政府系メディアのトップを飾り、経済分野における習近平の存在感も強めた。
中国の一部で期待されている“習降李昇”に対抗するかのように、習近平が今秋の第20回党大会で総書記に再任されると共に、彼の威信を更に高めるための何かの新しい称号を得るとの情報(香港の新聞が、「領袖」の称号を得ると報道)もあるほどだ。
習近平の健康不安説もある。2021年3月5日に開かれた全国人民代表大会(全人代)で習近平のテーブルの上にあった2つの茶碗が話題となった。様々な説があるが、ある知人は、1つの茶碗には漢方薬が入っていたと解説してくれた。習近平の健康に問題があるとの見方である。本年3月の全人代でも習近平のテーブルの上には2つの茶碗が置かれていた。
習近平の統治は表面的には安泰と思われがちだが、目に見えない深層では様々な“渦”がうごめいている。
まもなく中国政府にとって一番敏感な「六・四」(天安門事件)記念日だ。ロックダウンで学生たちの不満も高まっている。閉じ込められた学生たちの不満を爆発させないように中国政府は神経を尖らせている。
5月25日から6月15日までに北京天安門広場の管理はさらに厳しくなると、北京市人民政府天安門地区管理委員会が通達した。理由はコロナ感染の危険を防ぐためだと説明されているが、本当の理由が別にあることは言うまでもない。