去る5月25日に開かれた中国国務院の「国内経済安定化テレビ電話会議」は大きな話題となった。李克強首相がその場で重要な講話を行ったが、習近平国家主席の姿はなかった。
全国の省や市、県単位で会場を設け、村長レベル以上の幹部が参加、10万人を超える規模だった。その規模の大きさなど異例ずくめの会議は、「習降李昇」(詳しいことは本連載の1を参照)が噂されるタイミングで開かれたので、余計に注目を集めた。
◆党内半数以上が開催を支持
上海のロックダウンで国際的な物流が停滞、外資企業も大きな打撃を受けて、ほぼ業務停止に追い込まれた。サービス業も含めて失業者が急増している。中国経済を代表する都市でさえこのような厳しい状況だ。
コロナ感染が拡大して以降、各地の経済は次々と打撃を受け、上海にまで広がるに至って、国内経済全体が崩壊へ向かった。
危機が深まった5月初めに、中国経済の最高責任者である李克強が経済成長の停滞を憂慮、経済安定化のために注意を喚起する意味もあり、大会の開催を提案した。
『ウォールストリート・ジャーナル』中国版(6月7日付け)は「李克強が5月初旬に中央政治局常務委員会に10万人規模の大会を提案、多くの委員が賛成し、習近平も黙認した」と報じた。
「これは中国政治局常務委員会内部でも意見の食い違いが大きいことを意味している。習近平は自分が握っている政府系メディアを使うなどして、ゼロコロナ政策はまだ続けているように宣伝したが、李克強の提案は党内で少なくとも過半数の支持を得ている」と中国政治専門家は分析する。
経済をとるか? ゼロコロナにこだわるか? 一つを選ぶように求められ、多くの政治局委員が経済を選んだ結果といえるだろう。今回の習の「黙認」はやむを得ず同意したように思われる。
◆習李政策の対立?
過去の経済関係の会議と比べると、今回の大会の特異さは明白だ。2021年12月8日から3日間、中央経済工作会議が盛大に開かれた。習近平が出席しただけではなく、重要談話も発表された。
しかしわずか半年後の重大な経済会議に、習近平は出席しなかった。習は中国共産党中央総書記や国家主席、中央軍事委員会主席の重責を兼任するだけではなく、「中央財経指導グループ」など三つの経済グループのトップでもある。
今回の会議に出席してもおかしくないはずだ。しかし、習近平は四川を視察していた。一方、李克強は「ゼロコロナ政策」にほぼ触れなかった。二人の意見の食い違いは鮮明になった。
習近平は出席しなかったが、中共中央政治局常務委員の韓正や国務院副総理の孫春蘭、胡春華、劉鶴、国務委員で国防部長の魏鳳和、公安部長の趙克志ほか二名の国務委員が会議に参加した。
国防部長と公安部長が経済をテーマとする大会になぜ参加したのか。「軍隊と警察の両方が李克強を支持する姿勢とみていいだろう」と中国政治専門家が解説してくれた。
◆政令は幹部たちを動かせるか?
経済安定化のための「大会」がけた外れの規模で行われた理由はもう一つあった。「政令不出中南海(政令が中南海から外部につたわらないこと)」を防ぐことだ。
中南海とは政府最高機関が所在するエリアを指し、「権力の中枢」を意味する。「政令不出中南海」は胡錦濤政権時代から存在し、習近平政権も同じ問題に悩まされている。
政府系メディアは2014年から、この問題を取り上げて、李克強はしばしばテーブルを叩くほど怒り、中央の指示に対する地方幹部の不作為を糾弾し続けたと報じた。
今回の大会を通して、地方幹部に事の重大さと中央政府の決意を直接理解させる狙いがあった。地方幹部たちにとって、習近平が推し進める「ゼロコロナ政策」はもっとも重要な政治任務だ。
その優先順位を転換させるために、李克強は中国経済が直面する危機を直接訴え、経済回復対策に本気で取り組ませる必要があった。
だが、「10万人大会は習近平と李克強の政策上の違いを鮮明にし、二人の対立を公けにした」と見る知人も複数いる。
李克強は大会を通して、中国経済が直面する危機を隠さずさらけ出した。『ボイス・オブ・アメリカ』中国語版は「もし中国が低迷する経済を顧みず、ゼロコロナ政策にこだわって各地でロックダウンを行えば、甚大な災難を中国社会にもたらすにちがいがない」と論じている。
だが、習近平派はメディアなどを通じて、まだ「ゼロコロナ」の必要性を訴えている。困ったのは地方幹部たちだ。
◆李克強を批判?
「脱ゼロコロナ」で経済の不安要素を取りのぞく。李克強はその方向で動きだしたが、その道は平坦ではない。10万人大会後の6月1日、『中国紀検監察雑誌』網が「摒弃精致的利己主义(精緻な利己主義を排除しよう)」と言うタイトルの論文を掲載した。
二人の歴史上の「宰相(天子を助ける最高の行政首長)」を例に挙げ、「巧みに貪欲な本性を隠した者だ」などと厳しく批判した。その二人の宰相とは秦時代の李斯と唐の李林甫である。
二人の李姓の宰相を公けに批判したこの文章はネットで広く拡散されて、物議を醸しだした。「李克強への闇討ちではないか」と国内外で驚きが広がった。
しかし、その全文は6月14日にネット上から消えた。タイトルで検索すると、文章が存在したことはわかるが、全文を読むことはできない。
中国政府の指示だろうと噂されているが、文章が消えたこと自体が今の中国政治の異常さを物語っている。