中国政治の専門家たちが固唾を飲んで見守っている。もしかして大きな出来事が密かに進行しているかもしれないと。
さる5月30日、香港の次期行政長官、李家超(7月1日就任)が習近平、李克強とそれぞれ会談した。この二つの会談を林鄭月娥行政長官が昨年末に北京に来たときと比べてみると、非常に興味深い。

広い部屋で参加者わずか、習主席(中央)と新香港行政長官李家超(その左)2022年5月30日=Reuters
時間を遡って2021年12月22日の出来事をみてみよう。この日、習近平は北京にやって来た林鄭の表敬訪問を受けた。場所は中南海の瀛台であった。
テーブルに並べた茶碗の色は‘‘帝王黄“で、特別に作られた専用品だった。中国の古代、黄色は皇帝しか使えなかった。現代では古代皇帝の服の色を「帝王黄」と称する。習近平が座った椅子も古代皇帝の専用龍椅(椅子)を彷彿させる高級品。自分は皇帝だとアピールしていることが一目でわかる。

習主席と香港行政長官・林鄭氏の会談(北京 2021年12月)=Reuters
周知の通り、故宮は明、清時代の皇帝の宮殿である。1945年10月1日に共産党が新中国を建国した後、博物館になった。しかし、毛沢東は一度も故宮を使って行事をおこなわなかった。毛沢東は一生のうち、三回だけ故宮の外掘の石垣を登り、歩いたが、故宮の中に入った記録はない。理由の一つは新中国の皇帝になりたくないからだと中国のポータルサイト『網易』(2021年4月15日付)は解説した。
建国の一番の立役者の毛沢東さえ故宮を封建制の皇帝の象徴と見なして、意図的に避けてきたので、その後の歴代指導者も故宮を国の行事に使わなかった。
習近平だけがその暗黙の了解を堂々と破り、トランプの接待に使った。彼が林鄭と会談した場所の瀛台も中南海にあって、昔は皇帝たちが政務を行う場所だった。
林鄭と違って、習近平と李家超の会談は中南海の瀛台ではなく、格下の釣魚台国賓館になった。その上に「帝王黄」の茶碗もなければ、椅子も普通のものになった。
特に注目したいのは会見の同席者である。「林鄭のときに韓正(国務院副総理)、丁薛祥(党中央弁公庁主任)、郭声琨(公安部長),尤权(中央統戦部部長),王毅(外交部長),夏宝龙(香港マカオ弁公室主任)などが同席した」と「新華社」は報道(2021年12月23日付け)した。
しかし、李家超のときには「韓正(国務院副総理)、夏宝龙(香港マカオ弁公室主任)などが同席した」としている(新華社2022年5月30日付け)。習近平と李家超の会談に同席した者は林鄭の時より減少したのはあきらかだ。
習近平の李家超と林鄭、それぞれ会談を比べると、習近平の権力は「今非昔比(いまは昔の権勢と比べものにならない)」だという気がしてならない。CCTVが放送した会談の画面で釣魚台国賓館の会見場は孤独と寂しさが漂って、かつての皇帝の要素は消えていた。
おそらく習近平は中南海での「皇帝ごっこ」をやめさせられたのであろう。「さる4月30日の政治局会議以降、中国共産党の中枢では一連の会議が行われた。習近平のゼロコロナ政策は是正されて、経済の回復に全力で進むために李克強と国務院(行政府)の権限は大きくなった。党内で習近平の路線の間違いを指摘する声が多くなった」と知人の中国政治専門家が教えてくれた。
習近平と同じ日に李克強も国務院のトップとして李家超と会談したが、その場所は中南海の紫光閣であった。しかも昨年末に林鄭と会談した場所と同じで、調度品などもほぼ変わらなかった。
現場にいる中国側の同席者は3名で、習近平のときより一人が多かった。職務から見ると習近平が上級なのに会見の場所から同席者のランクまで李克強の方が上だ。異変が起きたのだろうか?
様々な説が流れて来た。「習降李昇」の勢いは確かだが、習近平は完全に引退したくないようだとの内部情報もある。一つの可能性として、習氏は江沢民と同じように「半退」かもしれないと知人が教えてくれた。習と李の戦いは第三幕に突入した。
習近平と李克強、それぞれの李家超との会談内容にも大きな違いがあった。習近平は李家超の愛国行動を讃えて、香港を動乱から安定させた自分の功績を強調した。
李克強は香港人が香港を管理すべきだと強調し、香港の国際金融、運輸、貿易の三大役割をさらに強化するように指示した。
習近平はイデオロギーに大きな時間を費やしたが、李克強は経済の発展と香港人の福祉に重点を置いた。この二人の言動の食い違いはすでに中国のコロナ政策など大きな政策方針まで及び、「各自為政(各自が勝手に政策を行う)」の様相を呈している。