5月に就任したばかりの韓国、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が低支持率に苦しんでいる。身びいき人事に、自身の妻のスキャンダル、さらには与党内の内紛もからみ、支持率は20%台後半から30%台前半を行き来している。任期は5年1期だけの韓国大統領は、就任当初は支持率が高いのが一般的なだけに、「先行きが思いやられる」との声も聞こえる。対日関係にも影を落としそうだ。
▽大統領選で投票した若者が愛想を尽かす
保守系の尹氏は、3月の大統領選での得票率48・56%を獲得した。進歩系の対立候補とは、わずか0・73ポイント差の勝利だった。伝統的な年齢層の高い保守層をまとめたほか、文在寅政権に不満を持つ若い男性にも食い込んだ。
ところが、尹氏に投票した支持層がつぎつぎに、尹政権を批判し、先行きにも否定的な見方をしている。
もっとも象徴的なのは有力紙、韓国日報が8月中旬に実施した世論調査だ。
満18歳以上男女1000人を対象の調査では、回答者のうち尹氏の国政運営を肯定評価した人は29・5%で3割に届かなかった。一方、否定評価は66・0%。この中には「(国政運営が)非常に間違っている」という厳しい回答(47・4%)が含まれる。
さらに大統領選で尹氏に投票したと答えた有権者の39・7%が尹大統領の国政運営を否定的に評価していた。
年齢別に見ると、若い男性の離反が浮かび上がる。
尹氏に投票した20代男性の60・8%、30代男性の63・8%、20代女性の52・6%が支持を撤回して、政権運営を批判していた。わずかに60代以上は、尹氏の支持率が高かった。
今後国政運営の見通しを尋ねる質問にも「うまくいかない」という答えが全体の全体の59・5%で過半数を占めた。「うまくできる」という希望的な回答は37・5%にとどまった。6割の人は、尹政権にサジを投げている。
この調査を担当した世論調査会社、韓国リサーチの担当者は、「支持率の低下にきちんと対応できず、支持者が怒り始めている。今後の国政運営に大きな負担になるだろう」と分析している。
▽身びいき人事で開き直り
就任100日を越えたばかりの尹政権の、どこがそんなに反感を買うのだろう。
韓国の政界でもっぱら指摘されているのは、「身びいき人事」だ。検事総長出身の尹氏は、政治経験が浅く、政治家の知人が少ない。このため、検事出身者を政権の要職に次々に起用した。
さらに知人を自分の海外出張に同行させ、政府関係の工事に知り合いの工事業者を使い、各方面から批判された。尹氏が、就任前に「公平、公正、自由を尊重する」と強調していただけに、失望も大きかった。
ところが尹大統領は、「身びいき人事は、前の政権にもあった」と開き直ったため、反省が足りないさらなる批判を招く悪循環に陥った。
その一方で、せっかく指名した教育相が失言により、就任わずか1カ月で辞任。福祉相は、尹大統領が指名した候補者が、息子の兵役疑惑を指摘されて辞退し、空白のままになっている。教育や年金・福祉改革は、尹政権の重要課題だが、何も手が付けられないでいる。
▽「モデル顔負け」の妻
次のマイナス要因は、妻、金建希(キム・ゴンヒ)さんだ。
モデルのようなくっきりとした目鼻立ちで、インターネット上にファンクラブまでできた建希さんだが、かつて書いた博士号論文に他の人の論文とそっくりの文言が見つかり、「盗用した」と大騒動になった。大学側は問題なしとしたが、いまもくすぶっている。
さらに、建希さんのファンクラブに、たびたび大統領夫妻のプライバシーが漏れることが続き、こちらも「保安上問題」と物議を醸している。
尹氏と建希さんのツーショット写真や尹大統領の公式日程が、このファンクラブのサイトにいち早く掲載されることが続いたためだ。建希さん自身が、ファンサービスのつもりで漏らしているのではないかとの見方さえ出ている。
建希さんは、水害地域や闘病中の国家功労者の慰問などの奉仕活動を行っていたが、最近は活動を非公開にしている。世論の反発を招かないよう、周囲がアドバイスしたという。
▽口を開けば爆弾発言 李俊錫・前党代表
本格稼働前につまずいている尹政権だが、さらに国民を呆れさせているのが、与党「国民の力」内部のゴタゴタだ。
30代で党代表に選ばれ、日本でも話題となった李俊錫(イ・ジュンソク)氏は、業者からの不明朗な接待を受けた疑惑を指摘され、最近党代表を追われた。これをきっかけに、尹大統領批判をエスカレートさせている。
記者会見を開いて、「羊頭狗肉」(見かけと中身が釣り合わないという意味)との故事成語を使い、大統領選で自分は「羊の頭で、狗の肉を熱心に売った」と強調した。つまり、尹氏は大統領として力不足だが、自分が助けて当選させたと言いたかったようだ。
他にも李氏は、尹大統領を「絶対者」とし、過去に軍事独裁をささえた「新軍部」にたとえ、波紋を広げた。「1日1回爆弾発言」と、その暴れぶりがメディアで報道されている。
ここまで李俊錫氏が挑発的なのは、尹大統領の側近議員が尹大統領から受けたとする携帯電話のメッセージに、激怒したからだ。
その内容は、李俊錫氏が「(党)内部に銃を向けていた」というもので、偶然メディアがそのメッセージが出ている側近議員の携帯画面を撮影し、報道した。
李氏は、尹大統領の側近議員のグループと激しく対立しているが、その姿勢を尹大統領が批判したものと受け取られている。
「国民の力」の執行部は、李俊錫氏を「与党内野党」と皮肉っぽく呼び、何を発言しても無視する戦術に出ている。尹大統領も具体的にはコメントしていない。ただ、同党の若い支持者たちは、李俊錫氏に党改革の期待もかけており、党内抗争は簡単に終わりそうにない。
尹大統領は、元徴用工問題をはじめとする日韓の懸案解決に非常に前向きだ。
ブレーンにも知日派が多く、近年最も日本に親近感を示す政権と言っても過言ではないが、これだけ悪材料出てくると政権の行く末もあやうい。文在寅(ムン・ジェイン)政権とは激しく対立してきた日本の政府も、不安まじりに尹大統領を見守っている。
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【五味洋治の朝鮮半島はいま】検察出身ばかりの身びいき人事、美しすぎる妻、与党元代表との確執
公開日:
(ワールド)
尹錫悦大統領(右)と金建希(キム・ゴンヒ)夫人=Reuters
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五味 洋治(東京新聞論説委員)
1958年生まれ。中日新聞社入社後、韓国延世大学留学。ソウル支局、中国総局勤務を経て、米ジョージタウン大学にフルブライトフェローとして在籍。著書に「父・金正日と私ー金正男独占告白」など。
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