「検察共和国」と呼ばれるほど検察の権力が強い韓国。その不名誉な別名を思い起こさせたのが、国会で多数派の最大野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)代表への逮捕状請求だった。
最大野党の代表に検察が逮捕状を請求するのは、さすがの韓国でも初めての事態だ。
保守系の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は2021年まで、検察トップの検察総長を務めていただけに、野党民主党は政権による野党弾圧であり、国策捜査だと猛反発している。
李代表は国会議員職にあり、国会会期中の逮捕には、まず国会の同意が必要となる。国会は野党・民主党が圧倒的多数を占めており、逮捕は今のところ実現しない見通しだ。
▽検察は2の矢、3の矢も準備
これに対して検察側は、新たな容疑を突きつけ、「第2、第3の逮捕状請求を行う見通し」(韓国メディア)。「権力乱用」という批判覚悟で、李代表を追い詰める姿勢だ。
ただ、今後、李代表の容疑を裏付ける決定的な事実関係が出てくれば、党代表交代に追い込まれ、民主党の分裂につながる可能性もある。韓国政界には、大混乱の暗雲が広がっている。
韓国検察が16日に明らかにした逮捕状には、特別経済犯罪加重処罰法上の背任、利害衝突(利益相反)防止法違反、腐敗防止法違反、特別経済犯罪加重処罰法上の贈収賄、犯罪収益隠匿規制法違反という、名前からして重々しい5つの罪状が書き連ねられている。
この罪状の多さに、何としてでも逮捕に持ち込もうという検察の執念がにじんでいると言えよう。
いずれも李氏が、首都圏のベッドタウン京畿道城南市の市長を務めていた当時のものだ。中核は大庄洞(テジャンドン)と呼ばれる地区の開発に絡んだ疑惑だ。
検察は、李氏が特定の民間企業に多くの利益を配分し、市の土地開発公社に4895億ウォン(約510億円)損害を与えたとしている。
また同市に進出した複数の有力企業に、地元のプロサッカークラブ「城南FC」への後援金を出させ、見返りとして事業に関わる許認可などで便宜を図ったという収賄容疑も含まれている。
これらの疑惑は、昨年3月に行われた大統領選でも取り沙汰されていたが、今年に入って捜査が急進展。検察は李氏を任意で調べていた。
▽「検事独裁政権に立ち向かう」と李党代表
もともと弁の立つ李代表は、16日にさっそく記者会見を開き、「尹錫悦独裁政権が検察権の私有化を宣言した日だ」「国家権力を政敵の除去に悪用した検事独裁政権は、必ず国民と歴史の審判を受ける」と手厳しく反論した。
国民の多くは、検察が政権寄りの捜査を行ってきたという反感を持っていることを踏まえた発言だ。逮捕状請求は、検察の暴走だと印象付ける作戦なのだ。
会見で李代表は厳しい表情のまま、「検事独裁政権の憲政秩序破壊に、毅然と立ち向かう」と述べ、自分は被害者だとアピールした。
▽支持率伸びず、検察が忖度か
たしかに、今回の逮捕状請求はタイミング的に不自然な点がある。事件自体は、韓国メディアが連日報道し、強制捜査を含め大々的な捜査が行われている。
野党代表である李氏が、いまさら証拠隠滅に動くことも考えにくい。あえてハードルの高い国会開会の逮捕状請求をしなくとも、在宅起訴で十分という意見も専門家の中にはある。
一方で、就任からほぼ1年になる尹政権は、内政外交で目立った得点をあげていない。逆に昨年末に起きた北朝鮮無人機の韓国領空侵入では、1機も打ち落とせないまま取り逃がし韓国軍への批判が集中。大統領の支持率も30%台で低迷している。
検察が、尹大統領の窮状に忖度し、強引に捜査を進めているという説明には、説得力がある。
ただ、野党・民主党側も一枚岩とは言えない。もともと李氏は党内に基盤がなく、大統領選での善戦によって党代表に選ばれた、いわば「外様」だ。党内には、李代表と距離を置く議員も少なくない。
▽李代表に不逮捕特権批判の過去、野党内には動揺も
さらに李代表は大統領選の候補時代、国会議員の不逮捕特権と免責特権の廃止を訴えた経緯がある。そのため民主党内には、「李代表の姿勢は自己矛盾」との意見も出ている。
逮捕同意案への票決は、2月28日に行われる見通し。全299席のうち逮捕同意案への賛成が予想されるのは与党・国民の力(115議席)と、その他の野党(7議席)、計122議席にとどまり、全議席数(299)の過半数に30議席ほど足りない。
しかし、票決は無記名で行われるだけに、野党内からも世論をにらんで賛成に回る議員票が出る可能性もある。このため民主党は党内の引き締めに躍起だ。
▽韓国では来年4月に総選挙が控えている。
政権を失った民主党の支持率はそれでなくとも落ち込み気味で、逮捕否決によって民主党の支持率がいっそう下がるような事態になれば、李代表の辞任を求める声が高まるだろう。さらに李代表が求心力を失い、党が分裂する事態もありそうだ。
韓国検察が国会会期中にあえて野党代表に逮捕状 |
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【五味洋治の朝鮮半島はいま】野党分裂など政界大嵐の可能性も
公開日:
(ワールド)
李在明氏=PD
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五味 洋治(東京新聞論説委員)
1958年生まれ。中日新聞社入社後、韓国延世大学留学。ソウル支局、中国総局勤務を経て、米ジョージタウン大学にフルブライトフェローとして在籍。著書に「父・金正日と私ー金正男独占告白」など。
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