ニューヨークからマサチューセッツに抜ける道路は、これまでの選挙の年なら道沿いの民家の庭に支持する大統領、副大統領候補の2人の名前を書いたプラカードがよく刺さっていたものだが、今年はその数が少ない。代わりに「BLM(ブラック・ライヴズ・マター)」の掲示。
地域コミュニティ内の分断を煽ることを恐れて控えているのか、それとも伝統的に民主党支持の多いこれらの北東部州で、バイデン、ハリス組への熱意がそれほど高くないということか。しかし全米調査ではトランプを10%ポイントほど上回るバイデン優位の情勢は変わっていない。
そんな中で22日に行われた第2回にして最終のTV討論会では、相手側が話している間はマイクをオフにするという事前の通告が効いてかトランプの不規則発言が抑えられ、横槍と茶々とで混乱の印象しか残らなかった9月の初回よりもずいぶんと聞きやすいものになった。
ウォール・ストリート・ジャーナルによると初回の討論会の後でトランプとバイデンへの支持率の差が9%ポイントから14%ポイントに広がったという。それでも諫言を嫌うトランプに側近たちは何も言えなかったそうだが、危機感を強めた娘婿のクシュナーが善後策を取るよう強く促したらしい。しかしトランプは今回も、前日の21日までにディベートの準備や練習をする素振りは見せなかったと伝えられる。
そのせいか、初回よりは穏やかだったとは言え、支持者ばかりの選挙集会演説ではウケの良かったセリフが出てTV視聴者の失笑を買う場面が頻発した。
相変わらずヒラリー・クリントンやバーニー・サンダーズを言挙げして批判するものだからバイデンに「あんたが戦っているのはこのジョー・バイデンだ」と釘を刺されたり、前日に報道されたメキシコ国境での親子引き離し政策で今も親の見つからない子供が500人以上もいると批判されると「子どもたちは衛生な環境で十分に世話されている」と言ってみたり、あるいはオバマ政権の書類なし移民対策での「キャッチ&リリース」政策を批判して「後日裁判所に出頭するのはIQの低い奴らだ」と言った口で「自分はここにいる全ての中で最も人種差別をしない人間だ」と話したり──。
もっとも、投票11日前のこの時点では、有権者の投票行動にこれで何らかの変化が起きるとは考えにくい。何より、4年前にはこの時点で15%ほどいた「投票先を決めていない有権者」が、今回は2〜5%しかいないという数字があるのだ。前回はその人たちがクリントンへの投票をためらって棄権したりトランプに入れたせいであの大逆転が起きた。しかし今回はその振れ幅がほとんどない。しかも22日時点ですでに4800万人が期日前投票もしくは郵便投票を行ったという、前代未聞の選挙なのである。
しかも、バイデン支持者は(あるいはトランプ忌避者は)初回に続き2回にわたって、トランプ陣営がなおも繰り返す健康不安説や「認知症」疑惑を払拭するパフォーマンスを見せた77歳のこの老人に安心したことは確かだ。したがって、選挙得票はこのままバイデンの勝利になることはほぼ確実と見られる。
選挙人獲得で鍵を握るスイング州でも軒並み、トランプ支持率が4年前の前回よりも落ちている。このことについて、「前回は成功したビジネスマンというトランプのイメージが後押しした。今回はこの4年間のトランプの実績と実像とが足を引っ張っている」と指摘する人も多い。実際、前回はトランプに投票しながら今回は「ここまで酷い人間だとは思わなかった」と民主党に鞍替えする共和党支持者も少なくない。
しかし問題は、バイデンが「勝つ」ことより、トランプが「負けない」ことだ。
前述した期日前・郵便投票の内実は、コロナ禍を恐れるだけでなく、トランプが第1回討論会で「後ろに下がって待機せよ(Stand Back and Stand By)」と指示した白人至上主義ミリシアの脅威を恐れる民主党支持者に傾いている。すると11月3日の投票日に実際に投票所に訪れて投票するのは共和党支持者が多くなると見られる。
そこで即日開票分は、トランプ優位の数字が出るかもしれない。その時点でトランプが勝利宣言を行い、かねてより「不正が横行する」と伏線を張っておいた郵便投票分の集計中止を命令してしまうシナリオもある。
そうするとバイデン支持の若者たちを中心に、抗議行動は全米で広がるだろう。その混乱でトランプが非常事態宣言でも打てば、次はどうなるかは誰も予測できない。しかも裁判に訴えれば、キリスト教右派の新人判事エイミー・コニー・バレットを迎える最高裁は6対3(ロバーツ長官が穏健リベラルに回っても5対4で)トランプに有利な判定を下すと見られている。
今年の選挙戦は、したがって11月3日に終わるのではなく、まさにその日から始まる事態も大いに懸念されるのである。
米大統領選 本当の戦いは投票日から |
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【北丸雄二の「世界の見方」】即日開票でトランプなら勝利宣言で居座りも
公開日:
(ワールド)
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北丸 雄二(ジャーナリスト)
1993年から東京新聞(中日新聞)ニューヨーク支局長を務め、96年に独立後もそのままニューヨークで著述活動。2018年からは東京に拠点を移し、米国政治ウォッチと日米社会の時事、文化問題を広く比較・論評している。近著に訳書で『LGBTヒストリーブック〜絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(サウザンブックス社)など。
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