米民主党の全国大会でジョー・バイデン、カマラ・ハリスの正副大統領候補が正式に決まった。
コロナ禍の中で本来なら5万人の聴衆を集めてミルウォーキーで行われるはずだったこの指名受諾イベントも、今回は4日間にわたるオンライン配信となった。
独特の熱狂こそ伝わらないが、入念に演出されたプログラムは多様な支持者の多くの声を丁寧にちりばめ、登場する有名人たちの支持スピーチも「熱」に紛れることなく内容が伝わるということで評判は悪くない。24日からはトランプの指名を行う共和党全国大会が、これもまたオンラインで開催される。
ところでその初日24日に共和党が多数を占める上院議会で、ある公聴会がセットされたことで当のトランプが同党院内総務の重鎮ミッチ・マコーネルに怒り狂っている。
「ある公聴会」に召喚されるのは、この6月15日にトランプ政権の後押しで全く無関係の民間から異例の抜擢となった郵便公社総裁(郵政長官)ルイス・デジョイ。
この人、就任直後から赤字削減を名目に残業の禁止や郵便ポストの撤去などに着手してきた。その中にはなぜか600台もの郵便物の高速自動仕分け機の廃棄や、郵便業務監察官ら23人もの上級幹部の解任も含まれる。
解任日が8月7日の金曜日だったことから、これは「金曜日の大虐殺 Friday Massacre」と呼ばれて大ニュースになった。
というのも、コロナ・パンデミックで11月3日の大統領選挙は、かつてない数の郵便による投票が行われる見込み。事前調査では45%が投票所投票、35%が郵便投票、20%が期日前郵便投票を希望しているとされる。
そしてここに、「郵便投票では大規模な不正が行われる」と大反対を繰り返すトランプが立ちはだかる。なぜなら「我々が選挙に負ける時は、選挙に不正があった時だけだ(The only way we're going to lose this election is if this election is rigged)」という論理。
「不正」の根拠は全く示されていないのだが、実は郵便投票となるとこれまで投票所に行かなかった貧困層や人種的マイノリティ層が多く投票するとされ、これが同層に支持者の多い民主党(バイデン、ハリス組)に大きく有利に働くというわけだ。
共和党の知事がいる州では、そのためここ何十年も、有権者の投票所での投票資格のチェックを厳格化し、写真付きの身分証明書を提出しなければ投票所に入れないなど、マイノリティ層が投票しにくいシステムを作り上げてきた。
貧困層は運転免許証を持たない人も多く、それが老人や女性となると自分が有権者である証明はなおさら難しい。さらには民主党支持者層が多く住む地域では投票所の数を故意に削減するなどの"妨害"も行われ、結果、投票するまでに長蛇の列となって結局、刻限を超えて投票できない人も数多く出てこれが大きな問題となってきた。
そんな共和党トランプの「郵便投票阻止」の意向が、デジョイ長官の就任直後からの「郵便事業への意図的なサボタージュ」と連動しているとの疑惑が持ち上がって、24日(初回は21日)の公聴会となった。
実際、デジョイは全米50州中46州の州務長官宛てに「11月3日までに投票用紙が送付されない恐れがある」という書簡も送付したし、トランプその人も郵便事業の迅速化のための緊急補助金250億ドル(2兆7千億円)を「郵便投票阻止のためにブロックしている」とテレビ・インタビューで発言して馬脚を露わした。
結局、デジョイは18日、進めてきた新合理化政策を大統領選挙後まで延期すると発表したが、21、24日の公聴会にメディアの注目が集まるのは必至。上院の日程を押さえるマコーネル院内総務に、トランプが「よりによって自分が指名される全国大会初日に公聴会をぶつけるか?」と噛み付いたわけである。
いずれにしても郵便投票での集計には通常より時間がかかると指摘する声もある。トランプも「数週間、あるいは年が明けても選挙結果がわからないこともあり得る」と脅すが、それだけ「我々が選挙に負ける時」が現実の脅威となっているということでもある。
その場合には「負けるとわかって、黙って大統領の椅子から下りる男ではない」と、かつてのトランプのフィクサー、マイケル・コーエンが、9月初旬に出る新たな暴露本『DISLOYAL(裏切り、背信)』でも書いているそうだ。
それでも最近のトランプは支持率で(50%を超えたこともなく相変わらずバイデンに10〜6ポイントの差をつけられてはいるが)若干の巻き返しを見せている。理由の一つは選挙本部長を交代させて選挙戦の見直しを図り、コロナ禍で批判を受けてもとにかくテレビに多く露出するようにしたこと。もう一つはイスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化をまとめたことだ。
さらに今後は、9月29日から選挙直前の10月22日にかけて3回のテレビ討論会も待っている。トランプとしてはそこで高齢ゆえの記憶障害や失言を心配されているバイデンの弱点を曝け出そうという算段だ。さらには「オクトーバー・サプライズ(10月の驚愕)」として、バイデンの次男ハンターと中国やウクライナとの"黒い関係"を大々的に発表する準備も着々と進めているとも噂される。
カマラ・ハリスという黒人・インド系の女性副大統領候補を選んだことも、すでに「トランプvs反トランプ」という構図の中ではその支持率の振れ幅はそう大きくはない。
「自分が全部トランプの汚い仕事を引き受けてきた」「目撃者ではなく実行者」と謳う前述のコーエンの暴露本も、ことトランプに関してはいくら衝撃的でも「またか」で終わることもありそう。
ただし、前回の大統領選で大きな役割を担ったとされる「隠れトランプ」支持者は、今回は逆に共和党支持者の「隠れバイデン」派に相殺されるのではと見られている。
民主党の全国大会では、共和党穏健派のジョン・ケイシック前オハイオ州知事や脳腫瘍で亡くなったジョン・マケイン議員の未亡人、パウエル元統合参謀本部議長らも次々とバイデン支持を表明して共和党内の「隠れバイデン」掘り起こしに協力した。
一方で、大統領選とともに行われる上下院選挙の行方も大きな鍵を握る。全員が改選の下院は民主党が再び多数派を取るとされるが、共和党が押さえる上院(定数100)は今回は33人が改選組。プラス共和党はマケインの議席など2つの特別選挙を加えて23議席が、民主党は12議席が現有議席。ここで民主党が3〜4議席を奪還すれば、上院でも多数党となる。
上下両院とも民主党が押さえれば、トランプが再選されてもレイムダック化して1期目ほどの好き勝手はできないだろうと、こちらを期待する向きも少なくない。
共和に不利な郵便投票、トランプ派との郵政長官に意図的サボり疑惑 |
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公開日:
(ワールド)
米連邦議会=cc
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北丸 雄二(ジャーナリスト)
1993年から東京新聞(中日新聞)ニューヨーク支局長を務め、96年に独立後もそのままニューヨークで著述活動。2018年からは東京に拠点を移し、米国政治ウォッチと日米社会の時事、文化問題を広く比較・論評している。近著に訳書で『LGBTヒストリーブック〜絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(サウザンブックス社)など。
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