規制道路に立っていただけの杖の老人を押し倒す警官隊、白人商店主に襲いかかって瀕死の重傷を負わす暴徒たち、黒人抗議者を守る盾として一列になって鎮圧部隊に立ちはだかる白人女性たち──
5月25日の警官によるジョージ・フロイド死亡事件を機に、最初の週末となった31日にかけて全米大小150の都市で抗議活動が吹き荒れた。
当該警察署が焼き討ちされたミネソタ州ミネアポリスを発端に、アトランタ、ワシントンDC、ロサンゼルス、シカゴ、ニューヨーク、シアトル、コロンバス、デンバー、メンフィス、インディアナポリス……
暴動激化の40都市では夜間外出禁止令が発動され、米国は1968年のマーティン・ルーサー・キング牧師暗殺事件以来の大混乱に陥っている。
黒人差別の歴史は長く深いが、1992年ロサンゼルス暴動の引き金となった黒人運転手ロドニー・キング事件同様、今回の怒りの爆発も白人警官の暴行の一部始終が映像となって全米で視聴されたのが契機だ。
同事件以降、白人警官による黒人への過剰捜査=暴行致死事件は跡を絶たず、2013年には「#BlackLivesMatter(黒人の命だって大切だ)」というハッシュタグを得て、大きな反差別のうねりとなって現在に至る。
しかも今回は新型コロナ禍で黒人層への医療や経済上の不平等が露呈し、鬱々たる空気が募っていた。
事件同日のニューヨーク・セントラルパークでは飼い犬にリードを付けずにいた白人女性が黒人男性に注意されて逆上し、警察に「アフリカン・アメリカンの男に脅迫されている!」と虚偽通報する様子がSNS上で拡散された。これも人種偏見に基づく愚行。
しかし差別や暴力に対する今回の群衆の焼き討ちや略奪は、例えば当のミネアポリスは市長も警察署長も歴代アフリカ系が多いという伝統があり、わが身に対する自傷行為と同じだ。
しかも個人商店主の半数が人種的マイノリティであって、コロナによる閉店休業を余儀無くされ、かつてなく疲弊していた層だ。有名ラッパーのキラー・マイクは「敵への怒りで自分の家を燃やすな。燃やすべきは組織的な差別体制の方なんだ」と涙声になりながら訴えた。
こういう混乱時に冷静と宥和を説くべき大統領は、しかし「When the looting starts, the shooting starts(略奪が始まるとき射殺が始まる)」とツイートし、ツイッター社から「暴力賛美」のお墨付きを得て非表示にされた。「暴徒は射殺しろ」との大統領令に等しいからだ。
このフレーズは1967年、黒人コミュニティを敵視するマイアミ警察署長ウォルター・ヘドリーが言ったセリフだった。コロナ禍にあっても「ウイルスなど幻想だ」とする支持層ウケを狙ってマスクなしを貫く大統領は、怒れる黒人コミュニティの痛みに寄り添うメッセージはこれまで発していない。
結果、抗議行動は反トランプのアンティファ運動家や、逆に暴動をより混迷させようというトランプ支持派による故意の騒擾行為も加わって一層の混乱を見せている。
31日にはスターバックスの店舗に「BLM(Black Lives Matter)」の落書きをスプレーで大書する覆面姿の白人女性を、「ヤメて! 私たち黒人がそんな落書きをしたと非難される」と止めようとする黒人女性たちの姿がツイッターに投稿され、数時間で数万件の閲覧を集める。
週末を経て、現在は手のつけられないこの混乱がどう落ち着いていくか。各局のニュースキャスターやTVマイクを渡されたデモ組織者たちは、大統領に代わって懸命に平和的な抗議・抵抗活動を訴えている。
そのために芸能やスポーツなどの有名人たちにも積極的な政治発言を求めている。Netflixも「こういうときに黙るのは共犯と同じ。私たちには発言の場所があり、黒人の会員、従業員、制作者、タレントもいる。彼らのために、私たちは言挙げする責務を負っている」とツイートした。
平和的抗議行動を主導していたキング牧師もまた、「暴動は、声を聞いてもらえなかった者たちの言葉だ。アメリカが聞き逃してきたものとは何なのか?(A riot is the language of the unheard, and what is it that America has failed to hear?)」と言っていた。
黒人差別と戦い続けた作家ジェイムズ・ボールドウィンも「テレビに手を伸ばして略奪者と呼ばれる者たちは、べつにそのテレビが欲しいわけじゃない。彼らはクソッタレと言ってるんだ。自分がここにいるということを見せつけてるんだ」と言っていた。それが21世紀の今もまだ続いている。
ところで、暴動の発端となった白人警官デレク・ショーヴィンは「殺意はないが、不道徳に人命を無視して死亡させた」第3級殺人罪などで起訴された。
彼はその19年間の警察勤務において、2006年10月には刺傷事件容疑者を射殺、2008年にはドメスティックバイオレンスの加害男性を銃撃、2011年にはネイティブアメリカンを銃撃負傷させた事件など、過去十件ほどの懲戒審査事案を抱えている。
そして06年末までこのミネソタ州ミネアポリスの地区検事だったのが現在、民主党大統領候補ジョー・バイデンの有力な女性副大統領候補とされるエイミー・クロブシャーだ。
このクロブシャーに対し、ショーヴィンら警官の悪事を見逃したのではないかという批判が巻き起こり始めた。
1999年から8年間の彼女の検事任期で、ミネアポリス市は計122件の司法捜査官の不法行為で計480万ドル(5億円)の示談金を支払っている。このうち民間人29人が警官と保安官によって死亡した。
クロブシャー検事はしかしこのいずれにおいても警官らを自ら起訴はせず、起訴の判断を大陪審に委ねた。同市の大陪審は、大体が警察側の証言を採用して不起訴とするケースが多いと批判されている。
クロブシャーは警察の肩を持っていたのか?──暴動が落ち着いたころ、この疑問は再燃すると思われる。
事件の元地区検事は、民主党副大統領候補 |
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【北丸雄二の「世界の見方」】暴動を増幅したトランプ大統領
公開日:
(ワールド)
事件直後に起きた抗議行動、ミネソタ(2020年5月26日)CC BY / Fibonacci Blue(cropped)
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北丸 雄二(ジャーナリスト)
1993年から東京新聞(中日新聞)ニューヨーク支局長を務め、96年に独立後もそのままニューヨークで著述活動。2018年からは東京に拠点を移し、米国政治ウォッチと日米社会の時事、文化問題を広く比較・論評している。近著に訳書で『LGBTヒストリーブック〜絶対に諦めなかった人々の100年の闘い』(サウザンブックス社)など。
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