警備の警官に阻止され突入はできなかったものの、ドイツの議会制民主主義の象徴ともいうべき建物に極右勢力が乱入を図ったことは、ショッキングな出来事として政界のみならず、多くの国民に受けとめられている。
ドイツでは、コロナウイルスの感染を防止するためのマスク着用義務などに反対するデモがしばしば行われている。こうしたデモの際マスクは着用はされず、デモ参加者はソーシャルディスタンスを無視してデモが実施される。このため、感染防止の観点から禁止すべきとの意見もあるが、デモなどの示威活動により意思表示を行うことは、憲法で認められた基本的人権であるとの考えから禁止はされてはいない。
8月29日に行われたデモもそうしたデモのひとつであった。デモには様々な集団が参加したが、家族連れをはじめ大勢の一般市民も参加する大がかりなものであった。そのデモに現体制を否定する極右勢力が合流した。
今回、国会議事堂への突入を図った極右勢力は「帝国国民」というグループで、第一次世界大戦で崩壊した旧ドイツ帝国の復活を求め、その後誕生したワイマール共和国憲法による議会制民主主義の体制に基づく、現在のドイツ連邦共和国の政体を否定する勢力である。

ドイツ帝国旗
ちなみに、旧ドイツ帝国国旗は、ナチスドイツの初期に掲げられたことがあり、後のナチの国旗である鍵十字が法で掲揚を禁じられているため、ネオナチや極右が代わりに使うのが旧ドイツ帝国国旗だ。
シュタインマイヤー大統領はこの事件後、ただちに声明を発表してドイツの民主主義に対する重大な挑戦であると非難した。与党CDUのカンプ・カレンバウアー党首は、今回の出来事を伝える映像を見てきわめて腹立たしく思うと、直後のインタビューで答えている。
今回のデモは、コロナウイルスの感染防止のため、種々の制約を受けるようになった日常生活から生じるストレスや不満の蓄積した国民の苛立ちを背景に、コロナウイルスはビルゲーツの陰謀であると主張するグループをはじめ、様々なとんでもない考えを持つ集団が糾合して行ったものである。
今回の突入未遂事件は、そのデモの最中に起こった突発的事件にすぎない。「帝国国民」はそのデモに参加したおかしな集団の一つである。そういう意味では、今回の国会議事堂突入未遂事件をさほど大騒ぎする必要がないのかも知れない。
しかしすでにお伝えしているように、ドイツでは旧東独を中心に、議会制民主主義に懐疑的な考えが強くなっている。
これまで、ドイツでは過去への反省から健全な民主主義体制を重視する考えが国民の支配的意見であった。それにもかかわらず、多くの一般市民も参加したデモの最中、こうした出来事が起こったことはこれまでのドイツの常識では考え難いことである。ドイツ社会の変質を現す出来事でないことを祈りたい。
ドイツでは、第2次大戦後、ナチの独裁体制は、多くの国民の支持で誕生したのではないかとの反省から、ネオナチや極右勢力を容認することを厳しく禁じてきた。
現在のところドイツでは、一時帰休制度の活用で失業者の急増は見られない。また倒産件数も政府の企業延命支援策で当面増えていない。今秋以降これらの施策の効果が薄れてくると、急速に雇用情勢が悪化する恐れがある。そうした時に、今回のデモで存在感を高めた極右勢力への求心力が高まる可能性がある。
多くの難民がドイツに流入した2015年、極右勢力主導の難民受け入れに反対するデモが、旧東独地域で多くの住民の参加のもと行われたことがある。これを機に旧東独地域の極右勢力は存在感を増し、その後勢力を大きく拡大した。今回の出来事も、これと同様、極右の勢力拡大のきっかけになるのではないかと懸念する声もある。ドイツにおける極右勢力の動向を引き続き注視していく必要があろう。