沖縄基地が標的に?
記者A 4月の日米首脳会談の共同声明では「台湾」が52年ぶりに言及されたことが話題になった。52年前とは沖縄返還を決めた佐藤ニクソン会談のことだ。この時の声明は、台湾有事の際に沖縄基地からの自由出撃を日本政府が事実上容認するという「受け身」の内容だったが、今回は日本が米国と並び立つ形で中国をけん制していて重みが格段に違う。

クアッド(日米豪印)オンライン首脳会議=Reuters
記者A 日本はその同盟国の最前列に据えられた形だが、日本政府にその覚悟があるのか疑問だ。中国から見れば、今回の声明は日米が同列の立場から台湾有事に関与しているように映る。その有事の最前線に立つのは沖縄の米軍基地だ。日本政府が集団的自衛権の行使ができるように法改正したことを加味して考えると、沖縄は中国の標的になる可能性が出てきたということだ。
役員 日本外交は対米従属の場当たり主義を重ねてここまで来た。安全保障は米国に任せ、外交哲学を磨かないままやってきて、気が付いたら米国と並んで前線にいるという感じだろう。日本は中国に対しては米国と一線を画し、やはり経済関係の絆を安全保障に利用すべきだ。それが米中衝突を回避するバッファーにもなり得る。
記者B ただ近年の中国の強引ともいえる海洋進出は経済安全保障では食い止められないのではないか。中国は習近平体制になってから太平洋の西半分を影響下に収めようとしているようにみえる。
記者A 最近の中国の強硬路線は習主席の個性と捉えられがちだが、果たして実態はどうなのか。海洋基地の相次ぐ設立や空母、揚陸艦の就航などをみると、人民解放軍の意向が強く働いているようにも感じる。それは習主席の意思なのか。中国の歴史は権力闘争の歴史そのものだが、内部でどのような力関係が働いているのか。このあたりを冷静に分析せずにすべてを主席の個性に帰してしまうと、日米は誤った戦略を描いてしまいかねない。
役員 たしかに権力闘争はあるだろう。ただ習体制になってからのデジタル支配は中国国内の闘争の在り方を変えたのではないか。民間を含めた膨大なデータと監視能力を身に付けた習指導部は過去の権力者の統治とはかなり違うように思う。
記者B そうした不透明な要素がある中で、バイデン政権の包囲網政策は奏功するのだろうか。
記者A そもそも包囲ができるかという問題がある。中国はこれまでも開発援助やコロナワクチンなどでアフリカ諸国をパートナーに組み込もうとしてきた。対立が激化して国連で経済制裁を科すような局面に至ったとしても、自由主義陣営が多数を占めるとは限らない。加えて、一連の海洋進出が中南海というより人民解放軍の意向だとしたら、包囲網政策は抑止の決め手にはならない。
対米追従のリスク拡大
役員 日本は台湾有事の際にどうするかではなく、有事が起きないようにどうすべきかを中心として外交戦略を打ち立てるべきだろう。私はやはり経済を抑止力に使っていくべきだと思う。習指導部は中国経済の国際的な需要力を常に武器にしている。それは中国経済がグローバリズムの中でしか生きられないことの裏返しだ。
記者B トランプ時代はそれを逆手にとってデカップリング政策で締め上げようとした。だが、この戦略が奏功したとはいえない。逆に米経済を傷めた側面もある。

北京・中南海で1972年=PD
役員 そこで問われるのが日本の立ち位置だ。平時には対米追従でなんとかなったが、台湾有事まで視野に入ってくる状況の中で、今後は対米追従のリスクがアドバンテージを上回る局面が増えて来るのではないか。あくまで「米国とともに」でよいのか。
記者B 中国に関しては日本と米国は地理的条件も違うし、歴史的関係も異なる。おのずから対中政策は米国と違ったものになってくる。外務省内にも中国との関係を悪化させたくないという意識はないわけではないが、戦後、日米同盟を貫いてきた外務官僚には、対米追随を主にする他の選択肢が思いつかないという状況だろう。
記者A それは外務省内のヒエラルキーと関係がある。政策決定の主導権はやはり北米局が握っている面が強いのではないか。対中、対韓政策も米国の従属関数という位置付けだろう。公開された外交文書を調べると、安保条約を基軸に日米同盟を外交の柱とする北米局の発言権がいかに強いかがわかる。
役員 たしかに戦後75年を過ぎて日本外交は国際環境の変化に対応していない。国家像を含めて、日本はアジアの中でどのような国を目指すのかという核心部分を構築する必要があるのではないか。日米同盟ありきではなく、日米関係の在り方は国家像を確認してからの話だろう。
記者B これまで左派勢力も含めて、安全保障論をまっとうに議論してこなかったツケだ。アジアで生きていくには日本だけで何かしようとせず、周辺国との融和が大事だ。対中関係が複雑化したのも、韓国とギクシャクを続けているせいでもある。韓国側にも非はあるが、外務省の対応は棒を飲んだように硬直的で、長期的な視野に乏しい。米中のはざまで利害関係が同じになる韓国と歩調を合わせられないのは大きな問題点だ。
記者A 日米関係をみても、重要な政策決定は議事録非公開の日米合同委員会や外務・防衛の2プラス2で行われている。これでは政策判断の妥当性が検証されることがない。外交政策の立案プロセスを洗い直し、アジアでどのような国を目指すのかをまず再定義すべきだ。
日本は米中間の触媒に

TPP発足記者会見(2017年ベトナム)=Reuters
役員 自由主義陣営からみると、中国経済の最大の課題は国有企業の扱いだ。習指導部は国有企業を統治の手段として活用しようとしている。国際ルールの中でそこをどう調整するか。ここがうまくいかないと、中国をグローバル経済のパートナーとして扱うことは難しい。
記者A 米国企業社会の根底にはある種のプロテスタンティズムともいうべき倫理感がある。ふだんは利益のためなら何でもありだが、ギリギリのところまで来るとある種の禁欲主義が発動される。資本主義がなんとか持ちこたえているのはこの精神があるからだとも言えるが、中国がこうした倫理観に与するとは思えない。共産党支配体制の中国経済を秩序ある形で世界経済に融合させるのは至難の業だ。
役員 まずはできるところから成功体験を積み上げるべきだろう。キーワードは共通の利益だ。環境問題や気候変動はお互い損のないテーマになる。
記者B 共存する利益をフォーカスしていくことは重要な視点だ。対立点はいくらでもあるが、ウインウインのテーマも少なくない。そこを日本が触媒のような存在になってつないでいくことは可能だろう。いざという時の対話の回路にもなる。
役員 そうした営みの積み重ねが多層的な安全保障につながるはずだ。
参加者プロフィール
役員:大手製造業取締役。インド、中国など海外駐在歴が長く、アジアのビジネス事情に詳しい。1959年生まれ。
記者A:フリーライター。通信社でニューヨーク駐在、財務、農水省取材を経験。1958年生まれ。
記者B:元新聞記者でマクロ経済、金融に精通。ロンドン、ニューヨークに駐在。1961年生まれ。