米中間選挙(11月8日投開票)はバイデン大統領の民主党が「政権党は不利」のジンクスを覆して連邦上院の過半数を握るかどうかが焦点になっている。
挽回の原動力になっているのが人工妊娠中絶の禁止に反対する有権者のうねりだ。最前線でも中絶をめぐる候補者の一挙手一投足に注目が集まるが、インフレなど重要課題を置き去りにした「ワンイシュー選挙」を危惧する声も上がっている。
9月の米消費者物価指数が発表になった13日、訪問先のカリフォルニア州ロサンゼルスで記者がバイデン氏に尋ねた。「ロサンゼルスのガソリン価格をご覧になったか?ほとんど1ガロン(約3.8リットル)7ドルだ」。
米エネルギー情報局(EIA)によると10日時点のガソリン価格は全米平均で3.912ドルだが、都市別だとロサンゼルスが6.224ドルで飛び抜けて高い。同氏は「ガソリン価格は下がっている。引き続き対応中だ」と弁明した。
民主党が盤石な同州で連邦上院選は現職のアレックス・パディーラ氏が楽勝の観測だが、インフレは同党支持者の投票行動にも間違いなく影響する。
米軍をアフガニスタンから撤退させた2021年8月を境にバイデン氏の支持率は低迷し「不支持」が「支持」を上回るようになった。米兵の生命の守るための決断だったが、撤退の混乱が逆に犠牲を招いた。
追い打ちをかけたのがインフレだ。ロシアのウクライナ侵攻で世界的に原材料価格が高騰し、米国では6月に消費者物価指数の前年同月上昇率(インフレ率)が9.1%と40年半ぶりの伸びになった。有権者が敏感なガソリン価格にも影響したため、バイデン政権の経済運営に不満が噴出。22年7月には支持率が30%台まで下落した。
投票日まで1か月を切った今、支持率は40%台まで回復している。きっかけは6月、人工妊娠中絶を認める「ロー対ウェード判決」を覆した米最高裁の判断だ。1973年、中絶を犯罪とする法律を違憲とした同判決を、トランプ前政権下で保守系が判事の多数派になった今の最高裁は「憲法は中絶の権利を与えていない」と否定した。
新たな判断をうけて中絶が禁止・制限する州が現れる一方、女性の「選択する自由」を守るべきだという意見が台頭。レイプされた女児が中絶手術をするため州境を越えるといった事件もあり、宗教保守を支持基盤とする共和党への猛烈な逆風となった。
連邦上院選で接戦が続く南部ジョージア州。元プロフットボール選手でトランプ前大統領の支持をうける共和党ハーシェル・ウォーカー氏が、民主党の現職ラファエル・ワーノック氏を一時リードしたが、終盤にきて形勢は逆転している。
ウォーカー氏が交際女性に中絶を求めて手術費を支払っていたとの疑惑が浮上。14日の候補者討論会では司会者に事実関係をただされ、「嘘だ。中絶について自分は生命を守る上院議員になる」と抗弁した。「中絶反対」を唱えながら首尾一貫しない姿勢を疑われ、最新の支持率調査でワーノック氏に3.3ポイントの差をつけられている。
ウォーカー氏が討論会でもう一つ強調したことがある。バイデン批判だ。「今回の選挙はラファエル・ワーノックとジョー・バイデンが、あなたとあなたの家族に何をしたのかを問うためのものだ。ワーノックとバイデンは同じ。だから自分は立候補した」。
不人気のバイデン氏を引き合いに出して民主党候補を攻める戦術だが、同時にトランプ氏が敗れた20年大統領選の結果をいまだに受け入れていないことをうかがわせた。21年1月6日に連邦議会を襲撃したトランプ支持者と共通の思いがにじむ。24年大統領選のトランプ出馬について「彼は私の友人だ」と事実上の支持表明。一方、ワーノック氏はバイデン氏の続投に言葉を濁した。
民主党のバーニー・サンダース上院議員は「中絶問題は重要な論点だが、唯一の論点というわけではない」と指摘する。「民主党が経済に照準を合わせなければいけないことは言うまでもない」。
アフガン撤退後、バイデン氏の政策は経済も外交も裏目続きだ。新型コロナウイルス対策の財政出動は、今ではインフレを助長したと批判される。原油高に歯止めをかけようとサウジアラビアに乗り込んだが、減産を決められメンツは丸つぶれだ。
落ち目のバイデン氏に吹いた「神風」が人工妊娠中絶をめぐる最高裁の判断だった。判断を「生命のための最大の勝利」と称賛したトランプ氏に過激派のレッテルを貼り、中間選挙を「過激派が後押しする候補を選ぶか、そうではない候補を選ぶか」という二者択一の構図に導いた。裏返せば、仮に民主党が上院を制しても、それはバイデン政権の2年間が評価されたということにはならない。
「ジャッキーはどこだ?」。9月、スピーチの最中にジャッキー・ワロルスキー下院議員の名前を呼んだバイデン氏の行動が波紋を広げた。ワロルスキー氏は8月に交通事故で死亡。故人に語りかけたバイデン氏の物忘れではないかと、大統領としての資質を問われた。同氏は11月で80歳になる。
本人は「再びトランプ氏に勝つ自信はある」と意気軒昂だが、高齢から再出馬を疑問視する声が絶えない。女性初の副大統領、カマラ・ハリス氏は後継に力不足の感を否めない。2年後に大統領選で誰を候補にするのか。中間選挙後の民主党は勝敗にかかわらず、次なる課題に着手しなければならない。