欧州委員会では7月14日、EU各国の気候変動防止のための包括的な対策を発表した。
2050年までに温室効果ガスのゼロエミッション(排出ゼロ)を達成するために、経済ならびに貿易にわたるすべての分野に目標を示しているのが特徴だ。
EUは個人情報管理に続いて気候変動対策でも世界のルールメーカーとなるという強い意思表示の表われと言ってもよい。
フォン・デア・ライアン欧州委員長は「EUは気候変動対応にあたって目標値を示した世界最初の大陸である」と強調したうえ、具体的な目標としては温室効果ガスを1990年に比べて2030年には55%減(従来は40%減)、2050年にはネットゼロとするとしている。
しかしながら、今回の画期的なプランが実現にいたるまで道のりは遠いと言えよう。
まず、今回のような税制変更を伴う政策にはEU27か国の全会一致を必要とする。大規模な投資負担を担いきれない東欧、南欧諸国からすでに行き過ぎた政策との批判が生じている。
さらにドイツ、フランスなど富裕国に比べて削減目標数値を小さく抑えられていたポーランド、ラトビア、リトアニアなどはEU削減目標の国ごとへの再配分を均等化すべきだ、という富裕国の圧力にもさらされている。
またエネルギー多消費型の業界で多大の資金負担を強いられるため、ここでも性急な対応を迫られるとして大きな反発を生むことになろう。
さらに新たに提案された国境調整の枠組みでは、鉄鋼、セメント、アルミ、肥料など炭素を大量に産む輸出国企業にペナルティーが科されることになる。
ロシア、トルコなどセメント、肥料などのEU輸出ウェイトの高い国の反発を招くのも必至だ。
国境調整措置(国境炭素税の賦課)はEUが初めて打ち出したものでEUほど厳しい気候変動対策を打ち出していない鉄鋼などの輸出業者に炭素税を課すという内容だ。
最も大きい批判はEUの一般国民からの予想される反発だ。EUの今回の包括的な提案では温室効果ガスのコストを負担させる排出権取引システム(ETS)を自動車、ビル暖房などにも大きく拡大することにある。
これは、一般国民の生活に大きなウェイトを占めるガソリン価格、暖房費の大幅値上げを意味する。一般国民の大きな反発は必至とみられる。
フランス政府が燃料税の引き上げを図ろうとして、「黄色いベスト運動(gilets jaunes)」を招いたのは周知のとおりだ。すでにフランス政府の閣僚からも懸念の声が上がっている。
EUも貧困層に大きな影響が出ることを否定することはしておらず、それを防ぐために7,200億ユーロの基金から貧困層へのショック緩和措置を取るとしている一方で、政治的な産物として、負担が緩和された別体系のETS適用には抵抗を示した。
1990年以来、一貫して炭素コストが上昇してきた輸送部門にも大きな打撃となる。自動車産業はETSに組み込まれるとともに厳しい排出削減を求められる。
新規のディーゼルならびにガソリン車は事実上、2035年以降販売できないこととなる。EUの平均車齢が15年であるため2050年にゼロエミッションとするためには15年前の2035年が分岐点となるとの考え方だ。
欧州自動車工業会などが反対声明を出しているが、一方で莫大なグリーン化投資を続けてきたフォルクスワーゲン社が欧州委員会の意向に歓迎の意を示すなど、業界の対応は分かれている。
ゼロエミッション達成のために2035年から新車販売を停止するという大胆な目標達成には、自動車業界が軽量、廉価なバッテリーの開発を急ぐとともに、公的当局も充電ポイントの大幅な増設、電気自動車(EV)への転換促進の補助金制度などが必要となり、莫大な財政支出を伴うことになる。
ちなみにEUでは60キロごとにEV用の充電ステーションを、またバン・トラック用に水素ステーションの増設方針を示している。
航空産業、海運業界にとっても先行きは厳しそうだ。航空機ではケロシン燃料からコストが数倍かかるクリーン燃料への転換が促進されようが、コスト上昇から航空運賃の値上がりは避けられない。
海運業界にとっても船舶燃料が初めて課税対象とされたのは衝撃的である。海運業界は2023年からEU域内の運航に100%、EU域外との往来で50%のETSが賦課されることになる。
これには海運国ギリシャやキプロス、マルタのような地中海の島国国家からの抵抗が予想される。
このほか、欧州委員会は再生エネルギーの普及率を現行の32%から40%に引き上げるとともに、温室効果ガスを封じ込める「カーボンシンク」(炭素吸収源)として土壌・森林面積の拡大などもうたっている。
このように意欲的なEUの気候変動対策には、東欧・南欧諸国、自動車、船舶などの輸送業界、ガソリン・暖房費の大幅値上げに抗する一般国民から大きな反発が予想される。
しかし、メルケル首相がドイツで起きた未曽有の大洪水を気候変動のせいである、と断定したように気候変動対策はもはや待ったなしである。
紆余曲折を経ても最終的には、今回の包括的なEUの気候変動対策が世界をリードしていくことになろう。