タイの通貨バーツの為替相場が対ドルで急落を続けており、1ドル=35バーツ近辺とリーマンショック後の2009年以来の安値圏に突入した。
タイと言えば、日本の企業も1,600社以上が進出していて「東南アジア発展の原動力(powerhouse)」とも呼ばれていただけに通貨の下落には意外感も大きい。しかし、タクシン元首相の妹であるインラック首相の失職後、政権を掌握した軍政下では経済が停滞を続けている。2014年の実質成長率は0.9%と低水準を辿った。
問題は単に景気循環から停滞しているというだけでなく、中長期的な課題が山積みだ。
まずは補助金重視の農業政策だ。タイではこの夏に未曾有の大干ばつに襲われた。例年6月から雨期に入るはずだが、7月に入っても雨量が少なく、田植えの時期を迎えるコメをはじめとする農産物の収穫が激減する予想だ。コメについては前年比15ー20%程度の収量減となるようだ。農民は全人口の4割を占めているだけに消費が一段と冷え込むことが予想されている。
タイの農民層と言えば、タクシン政権の誕生につながったタクシン派の大票田である。コメ価格の高価買取りなどの大衆迎合政策を実施して票を稼いできたが、そのため生産性が上がらず、米、天然ゴムなどで国際競争力を喪失してきた。そこにこの大干ばつ。国際競争力を涵養する農業政策を導入すべき時だ。
第二には、東南アジアの成長センターと呼ばれた製造業部門の不振だ。良く知られているようにタイは自動車の産業集積基地としてトヨタの三工場をはじめとして自動車、同部品メーカーのサプライチェーンが発達している。しかし、新興国向けのピックアップトラックなどの輸出基地になっているものの、ハイブリッド車や水素電池車を作れるわけではない。
電気・電子部品では、ハードディスク駆動装置(HDD)分野においては世界第二位の生産国。それでも需要の拡大が著しい大容量のサーバー向けなどの大容量製品の生産技術が弱い。
タイ政府によると、今年の輸出は中国の景気減速と国際競争力の低下により前年を4%下回ると弱気の見通しを掲げている。要は外資主導で労働、資本を大量投入してきた時代には高成長を享受できたが、労働生産性の向上で高付加価値商品を生み出す産業構造に変換できていない。その弱みが出てきたといえよう。
タイの一人当たりGDPは5,400ドルと近隣諸国とくらべるとかなり高い。そこで日系企業でもタイ+1という形でカンボジア、ラオス、ミャンマーなどに製造拠点を移し始めている。賃金上昇に耐えうる高品位の製品を中心とする製造業に移行できるか。これが今後の成長の鍵を握っている。
注意しなければいけないのは、タイでは、高齢化と人口減少を目前に控えていることだ。既に65歳以上の高齢者比率は8.5%であり、2023年をピークに人口が減少すると予測されている。産業構造の高度化に挑むために残された時間は多くはない。
第三は家計債務残高の急増に示される信用バブルだ。タイの自動車販売は大きく落ち込んでいる。今年に入ってからの国内販売台数は37万台、前年を16%下回る落ち込みぶりだ。この背後にあるのが家計部門の過大な債務負担であり、既に4月の家計部門債務残高のGDP比は85%を超えている。
筆者が数年前にバンコクを訪れた際にも「政府の自動車保有奨励策もあって無理な借金をして車を手に入れる若者が増えている。どこかで借入れが滞って来よう」と現地銀行のスタッフが予測していた。
タイ政府と中銀はバーツ安による輸出振興と金利引き下げで景気刺激を図るものとみられる。しかし、為替・金融政策には限界がある。補助金に頼った農業政策の見直し、産業構造の高度化、過剰債務の是正という構造調整策を取れるかどうかに今後がかかっている。