ウクライナがロシアに全面侵攻されている最中に、ウクライナのゼレンスキー大統領が2月28日、EU加盟に向けて審査を極力早めて(fast track)行って認めてほしいと訴えた。これに続いて3月2日、ウクライナと同様にソビエト連邦から分かれたジョージア、モルドバの両国も迅速な審査でEU加盟を認めてほしいとの申請書をEUに正式に提出した。
しかし、フランスのベルサイユで開催されたEU首脳会議(3/10~11日)ではウクライナ情勢に関する意見交換がテーマであったが、声明の中でウクライナのEU加盟申請については「ウクライナはEUの仲間であり、今後も協力を深めていく」との表現にとどまった。フランスのマクロン大統領はウクライナ加盟問題について「戦争中の国と加盟の手続きを始めるわけにはいかない」と否定的に記者団に語った。
これら旧ソ連の構成国がEU加盟を熱望しているのは、「EU諸国との結びつきを強めることがロシアの侵攻に対する防御策となる」(ジョージアのガリバシビリ首相)との認識のためだ。ジョージアはウクライナに先んじて2008年にロシアの軍事侵攻を受けた経験がある。
このため、ジョージアは2024年にEUに加盟することを目指してきた。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻とそのウクライナのEU加盟申請を見て加盟前倒しを図ったものである。
EU内部では旧ソ連から分離したウクライナ、ジョージア、モルトバ三か国などのEU加盟に関する扱いについては深刻な分裂がある。ポーランド、ハンガリーなどの東欧諸国は旧ソ連に属した三か国が加盟してEUの拡大を図ることは東欧地域の安定につながると歓迎している。
西欧諸国では、「こうした国は、経済力、民主主義の価値観、法の支配といった統合を維持する要因で大きく見劣りする」ことを懸念している。経済力が劣るので農業、インフラ整備に多額のEU補助金が出ていくことが嫌気されている。
さらに汚職が蔓延している国も多いこと、司法の力が弱く国民の権利が守られていないこと、などもEU加盟の条件を満たさないとみている。
さらにこれら三か国の審査を迅速に行って早期加盟を図ることは、バルカン諸国を中心に加盟申請から最長で18年も待たされている国々とのバランスを欠くことになる。現在、アルバニア、北マケドニア、モンテネグロ、セルビアそしてキリスト教文化圏から外れるトルコの5か国が加盟国候補として扱われている。これらの国をスキップすることは大きな反発を招くであろう。
EU加盟には当然のことながら厳しい審査があり、これまでのケースの場合、審査基準のクリア判定に1年半~2年はかかっている。そのうえで27加盟国すべての合意がいるのも難関である。これらをクリアして加盟が認められるのには、通算すると3~4年かかるのが常である。
EU(欧州連合)は欧州27か国の経済的、政治的連合であり、ここからスタートして共通通貨ユーロを導入しているユーロ圏19か国が存在する。ユーロ圏に属するためには、さらに厳しいインフレ率、金利水準、財政赤字などの一定水準への収斂も要求される。三か国がここに至るには相当の距離がある。
EUの執行機関で加盟問題を扱う欧州委員会のフォンデアライアン委員長は前向きな対応姿勢を示している。一方、欧州理事会(EU首脳会議)のミッシェル議長は「この問題についてはEUの中には多様な見解がある」と述べて先行きの難航を示唆している。
ロシアの侵攻を恐れて防衛を強化したいのであればNATO加盟が本筋だ。同条約第5条に規定されているようにNATOに加盟すれば「加盟国の一つに対する攻撃はNATO全体への攻撃とみなす」という集団的自衛権が発動されるからだ。
1999年3月にポーランド、ハンガリー、チェコが、また2004年3月にバルト三カ国がNATOに加盟したのもそのためだ。ロシアのウクライナ侵攻を機に、スウェーデン、フィンランドのNATO加盟の憶測も高まっている。スウェーデン、フィンランドではソ連時代から中立的なスタンスを守るためにEUには加盟してもNATOには加盟していなかった。
三か国とも取り敢えずEUに加盟すればロシアも簡単に軍事的侵攻はできまいという読みをしている。たしかにEUが軍事同盟ではない経済・政治連合に過ぎないとしても一定の抑止力はあるのかもしれない。しかし、上記のような理由で、迅速な審査でEU加盟を認められる可能性は乏しそうだ。