ブラジルのボルソナーロ大統領は新年早々、とどまらぬコロナ感染拡大の中で「ブラジルは壊れた。私にできることはもう何もない」と正直な告白を行うにいたった。ブラジルの感染者数は現在の第二波が昨春の第一波よりはるかに多く、累計で224万人、死者数は22万人と各々世界第3位、同第2位と深刻である。
ブラジルは密回避など不可能にみえる世界最大のファベーラ(貧民窟)を持ち、インフォーマルワーカー(後述)が多いため、世界の感染死亡者の1/3が集中するラテンアメリカ諸国の中でも頭抜けて感染者が多い。冒頭の大統領のボヤキにつながってくる。
ラテンアメリカ最大の経済大国ブラジルでは州知事主導で都市封鎖を行ってはきたが、ボルソナーロ大統領が当初、トランプ米大統領と同じく、コロナの影響を軽く見たことも影響していそうだ。ちなみに強力な感染防止を訴えた保健相は解任された。
それでもボルソナーロ政権はコロナ対策として昨年、GDPの9%近い空前の規模の経済刺激策を取った。内容的にはファベーラなどに住む低所得の非正規労働者に月600レアル(約12,000円)を支給する、企業に対しても労働時間の削減幅に応じた政府保証金を支給する、など総額6,015億レアル(11兆7千億円)に達する。
この結果、2020年のGDP成長率はコロナ感染の急拡大、都市封鎖から昨年4~6月に-10.9%と統計作成開始以来の大きなマイナス成長となった。しかし、上記の大型経済政策が奏功して2020年通年では-5%とラテンアメリカ諸国の中では相対的に小さなマイナス成長にとどまった。ちなみに2020年実質成長率は、ラテンアメリカの大国であるメキシコが-9.5%、アルゼンチンも-11.9%と大きなマイナス成長となっている。
今年に入ってもコロナウィルスの感染が蔓延し続ける中で失業者の増大(1,410万人)、構造改革の遅れなどからIMFも2021年の成長率をわずか+3.6%と予測している。2022年までコロナ前の水準に達しないことを意味する。ブラジル議会では野党を中心に「貧しい国民が多いうえ、コロナ禍でダメージを受けたことを考えれば、社会保障や公共投資など巨額の財政需要がある」と歳出拡大を主張している。
ボルソナーロ大統領は景気浮揚のため新たな財政刺激策を打つ余地はないと言明している。しかし、政府の景気刺激策を停止することは、最もパンデミックの打撃を受けたインフォーマルセクターを危機的状況に追いやる、と懸念の声が広がっている。インフォーマルセクターとは公式の雇用データにはでてこない夜の飲食店や娯楽産業などを指すし、同セクターの大半を占めるこれらのサービス部門は依然としてパンデミック前の活動水準を大きく下回っている。
そこで働く非正規雇用者をインフォーマルワーカーと呼ぶ。昼はバスの運転手やスーパーの店員などで生活費稼ぎのため夜は別の仕事を持っていることが多い。そこで働くブラジル人は数百万人に達する。政府はそこに働く人にも上記の通り俸給の補助を行った。それがなくなることは一般国民にとっては大打撃である。
いま心配されているのは政府がウィルスの第二波を抑え、かつワクチン投与による免疫獲得を進めることができるかだ。それに失敗すれば、先行きへの警戒から貯蓄率が高まり消費を一段と冷え込ませることになる。
ブラジルは、本来、緊急の憲法改正によって政府の義務的な歳出を削減する必要がある。歳出のうち、9割は義務的支出(公務員給与、社会保障費、地方への財政移転支出)に充てると決められている。ここに大きくメスを入れない限り弾力的な経済対策も打てない。
しかしながら、2月に休会が明ける議会は、公共部門の利益擁護に極めて熱心であり、そのような法案を通すことは極めて困難である。それでいてコロナ対策としての経済政策も継続、拡大せよ、という矛盾した要求を掲げている。
来年の連邦議会選挙が近づくにつれて、いまは財政悪化に慎重なボルソナーロ大統領としても多くの選挙民に不人気な経済的な痛みをもたらす構造改革の先頭に立つような真似はしたくないであろう。
同大統領は2019年1月の就任直後に年金受給開始年齢の引き上げを骨子とする社会保障制度改革にかかわる憲法改正を発議するなど、改革には熱心とみられた時期もある。しかし、今回のコロナ対策が大統領としての支持率の急上昇をもたらしただけに、ポピュリズム的な歳出増に逆戻りする恐れをもたれている。
ブラジル政府の債務の多くは、アルゼンチンと違ってドル建てでなく、自国通貨建てであり、一般的には債務危機を回避できるはずだ。しかし、日本も含めて海外の投資家はレアル建ての国債への需要が強かった。
ブラジルの一般政府総債務残高のGDP比2013年末の51.5%から20年末には101.4%(IMF見通し)と倍増している。財政ポジションの悪化に伴い投資家の懸念が強まれば、海外投資家の需要も大きいレアル建ての国内債券市場での危機は十分ありうる。現に国債市場では昨年後半には国債が売られて長期金利が急騰した。大型経済政策は国債発行により賄われてきたからだ。すでに中国を除き、ブラジルは新興国の中では最高の債務水準にあり、投資家の懸念を誘っている。