英国ジョンソン首相と与党保守党の支持率低下が止まらない。12月11日、英国有力紙オブザーバー紙の調査によると、57%がジョンソン首相は辞任すべき、と回答した。保守党の支持率も年央の45%程度から低下を続けて32%と労働党(41%)に大幅な逆転を許している。
その不人気を如実に表したのが英国中部ノース・シュロップシャーにおける下院補選で自由民主党(LibDem)に議席を奪われたことだ。この選挙区はビクトリア時代から約200年にわたって勝ち続けてきた保守党の牙城であった。
元々補選となったのは保守党のパターソン議員が企業と顧問契約を結んで関係省庁を斡旋して便宜を図るという違法行為(ロビイング関連法違反)が表沙汰になって辞任したためだ。これだけでも保守党には不利であったが、全英でわずか12議席の自由民主党に敗北したのはジョンソン首相を巡る様々な国民の反発が敗北の原因とみられている。
昨年12月に首相官邸で数十人の政府職員も参加してクリスマスパーティーを開催していたことが暴露された。ジョンソン首相もオンラインで別のクリスマス・クイズ大会に参加していたことが発覚した。この時期は新型コロナウィルスの規制で国民には行動自粛を求めていただけに、自分たちだけがエンジョイしていると国民の怒りを買った。
保守党内でもジョンソン首相に対する不満が高まっている。18日にはフロストEU離脱担当相が突如辞任した。ジョンソン首相の増税方針や新型コロナ対策の強化に反対の意向を示した。
保守党内からは、ジョンソン政権は規制緩和や低税率政策を通じて「テムズ川のシンガポール」を目指せ、と発破をかけてきた。しかし、ジョンソン首相は、増税、大きな政府へと反対方向に舵を切っている、との批判が止まない。
コロナ対策でも、保守党右派は、ジョンソン首相がワクチン証明書の提示義務付けやマスク着用の復活、をアピールしたことに異を唱えた。保守党から99人がジョンソン首相の提案するコロナ感染対策の強化に反対票を投じた。
この辺は日本人には分かりにくいところである。ただ、いわゆるリベラタリアンと呼ばれる個人の自由意志を尊重する立場から政府が規制を強めることに反対する声は英国や米国などアングロサクソン諸国では多くみかけられる。
ジョンソン首相が2019年の総選挙で80議席も野党を上回る決定的な勝利を収めてから2年が経った。EUとの間で難航を続けたブレグジット後の貿易交渉の妥結をみてから1年が経った。
その意味でジョンソン首相は選挙の勝利者であり、党内の欧州懐疑派も巻き込んでEU離脱を成し遂げたヒーローであった。しかし、そのようなマジックの行使が今も生き続けていると証明することは次第に難しくなってきた。
上記の選挙敗北やスキャンダル、保守党の分裂などは首相自身が起こしたものと言える。ノース・シュロップシャーにおける失態は、親しいパターソン議員を救済しようとして失敗したことに起因する。昨年のクリスマスパーティーの件も当初パーティーの開催を否定して、かえって真実を隠す嘘つきとの悪評につながった。
ジョンソン首相の不人気の根底にはブレグジット以降の経済悪化にある。EUとの貿易量減少で成長率は低下する一方、インフレの高進は止まらない。金利もインフレ率が5%を越える中で上昇し始めた。来年4月の新年度に所得税率も法人税で19%から25%へと1950年代以来の高水準に引き上げられる。
ジョンソン首相は、オミクロン株の流行と対決を今後も強いられよう。コロナの新規感染者数は2~3日の間に倍々ゲームをたどって一日あたり9万3千人と既往ピークに達している。何らかの新規対策を導入して感染防止に努めなくてはならない。弱り果てたジョンソン首相はクリスマス期間中の規制強化を見送った。保守党内の自由意志論者(リベタリアン)との対決を避けるためだ。
首相は新規手段を導入する際には議会に諮ることを約束したものの、国家の絶対命令の形で規制を強化することは保守党内で賛同を得られないであろう。
そもそもサッチャーリズムの自由主義思想に対して、ジョンソン首相は増税で得た資金で停滞する英国北部の開発を進める、コロナ感染拡大を人質にして大きな国家を目指している、と不信の目で保守党内右派からは敵視されだした。
保守党内右派にとっての不満は、ブレグジットを通じて英国が低税率、規制緩和で「テムズ河のシンガポール」を作り出すという方針が全く顧慮されないことだ。
ジョンソン首相が英雄的な修辞でもってブレグジットが貿易の増加を生むようなことを言っているものの、現実は全く反対だ。予算責任局による2016年の予測では「英国の輸出入はEUに残存していた時に比べて中期的に15%ほど低くなる」ということだ。
EUに代えて大英連邦、アジア諸国との貿易促進に努めるとしているが、豪州との貿易強化で増える貿易量はGDP比0.01%に過ぎない。EU単一市場との貿易取引がGDP比5%であるのとは比較にならない。また予算責任局ではEU離脱は、中長期的には国民所得の4%にあたる損失と算出している。
いまさら遅いのだが、英国のリサーチ会社として著名なYouGov(ユーガブ)がEU離脱の国民投票から5年経った今年6月に行った世論調査で「EU離脱が正しかったか」との問いに46%が「間違いであった」と「正しかった」の43%を上回った。
ジョンソン首相にとって幸運なことは議員の多くがクリスマス休暇で地元に戻っていることだ。このため、ジョンソン首相のリーダーシップの欠如さに対する直接的な批判が起こりにくい。しかし、ジョンソン首相は急速に彼の政治的資産を食い潰していることは間違いない。
ジョンソン首相はつねに逆境を跳ね返してきた。ジャーナリストとしても、保守党のスポークスマンとしても失態をさらけ出したものの、不死鳥のように蘇ってロンドン市長に就任した。ブレグジットでは盟友キャメロン首相と袂を分かち、ポピュリストとしてEU離脱を扇動、その首謀者に祭り上げられた。
テレザ・メイ内閣の外相となったが、北アイルランド問題などでの妥協に抵抗して、メイ首相の辞任につながった。その後釜を襲って首相に就任した。そこで北アイルランドをEU圏内と犠牲にして英国との「貿易」で関税を設けるという奇策を出した。
つまりアイルランド共和国との国境ではなく、アイルランド海峡上で同じ英連邦の中で関税をかけるという方策に出て、EU離脱協定の成立に至った。一種のマジックであったが、すぐに矛盾が出てきて、「北アイルランドへかける関税は限定的にする」として今度は条約を締結したEUと事を構えることになった。
いままではジョンソンなら何かマジックを掛けるに違いない、といった過剰期待に乗って政権を維持してきた。しかし、マジックを掛けるのが幻想だと分かれば、身内の保守党からも退陣を迫られる情勢にある。気の早い向きは、サッチャーの賛美者であるリズ・トラス女史(外相)などをジョンソン首相の対抗馬に挙げている。