英国下院では9月8日(水)、ジョンソン政権から提案のあったNHS(国民健康保険)にかかる給与税(payroll tax、日本の健康保険税に相当)や配当課税の1.25%引き上げなどを与党議員の一部反対がありながら319対248で可決した。
NHSは英国におけるコロナ感染の急速な拡大で数百万人の患者を抱えて収支が大幅に悪化して資金調達に四苦八苦していた。
ジョンソン首相は、給与税を引き上げないという保守党のマニフェスト(選挙公約)を反故にして増税提案をした。このため、一部保守党議員の造反を生んだわけだ。
英国政府は現在、一定水準以上の所得層に対して12%の給与税を課している。2022年からこれを1.25%引き上げることによって年間120億ポンドの増収を図ることができる。本増税で年収3万ポンド以上の所得層では給与税が年間255ポンド、同5万ポンド以上では505ポンド増加することになる。
政府は配当課税の1.25%引き上げなど他の増税で得た資金も合わせてコロナ感染で急激に膨張した医療費コストの穴埋めに使う方針だ。さらに、長期的には社会保障システムの拡充に充てるとの方針を掲げた。
ジョンソン首相は「我々にとってNHSの資金不足は破滅的な規模(catastrophic cost)となっている。これをいかにファイナンスするかという困難な、しかし責任のある決定をしないで、そのコストを一段の借り入れや国債発行で賄おうとするのは無責任だ」と明言した。
世界中の政府がコロナ感染によって生じた莫大な財政上の穴とどう取り組んでいくか戦っている。米国のバイデン政権は3.5兆ドルの支出計画の一部は増税によって賄い、欧州諸国も概してこのパンデミックの負担を増税によって賄おうとしている。
こうした中で英国は先鞭を切って増税路線を打ち出した。伝統的に英国政府は低い借り入れコストにもかかわらず、歳出増に対しては財源の手当てをしてきた。ジョンソン首相は「社会保障システムのコストを借り入れで賄うことは将来世代にコストを転嫁するだけで無責任だ。給与税の引き上げはマニフェストに反するが、世界的なパンデミックは想定外であった」と議会で説明した。
英国は20年中の実質GDPが-9.8%と300年ぶりの落ち込みを見せた。コロナ感染による感染率、死亡率も一時は世界最高の部類に属した。そこから厳しいロックダウンに加えて、国を挙げてワクチン接種を急いだ。この成果が出てワクチン接種率が80%を越え、ソーシャルディスタンスのルールが緩和される中で、英国政府はNHSの建て直しへと一歩前に進めた。
NHSはコロナ危機によって最大の試練を受けた。NHSは長年に亘って続いた苦しい資金繰りの中でパンデミックと戦い550万人の治療待機者をかかえることになった。もし政府が今回のような追加的なファンディングを決断しなければ、その数は1,300万人まで膨れ上がるところであった。
ジョンソン首相は保守党の伝統である低税率路線を大幅に修正することになった。3月の予算編成時にはいったん19%に引き下げた法人税率を2023年4月から25%に引き上げることを発表した。法人税の引き上げはおよそ半世紀ぶりのことになる。
さらに今年であれば8%の引き上げとなるはずの年金の物価スライドも一時的に停止する。NHSの給与税は経営サイドと雇用者の双方が按分負担する。現に労働党では富裕層への増税で負担を賄うべきと主張しているが、ジョンソン政権では最富裕層14%がおよそ半分の税負担を行うと反論している。また英国商工会議所もこのような雇用拡大が不可欠な重大な時期における増税に反対の声を上げている。
しかし、ジョンソン首相が率いる保守党は議会で多数派を占めており、保守党内の造反をしのいで可決に漕ぎつけた。国民の中でも「ゆりかごから墓場まで」と称された代名詞ともいえるNHSを評価する人々にとって増税は概して好評である。
英国のこのような動きを見ていると、我が日本は、コロナ感染の拡大で一段と膨らんだ財政赤字や医療費の負担をどうするつもりなのだろうか。すでに国債残高のGDP比が250%を越えるという世界最悪の財政ポジションにある中、ジョンソン首相が明言したように安易に借金で賄うようなことは次世代に負担を転嫁するだけで無責任な政治、とジョンソン首相に指摘されそうだ。